第四話 本屋で老婆と
少しだけ不穏感ではじめます
長い深緑色のスカートをフワリと遊ばせる。上の服はシンプルな洋服に薄桃色のポンチョ。先はフワフワのファーで風ではそう捲れないようになっていた。フードには猫耳がついており、ルゥトはそれがお気に入りのようだった。
肩に鞄をかけ、少しモコモコのブーツを履き外に出るといつもより街は白く神話のおとぎ話に出てきそうな雰囲気に包まれていた。
息をするだけで白い気霜が視界を覆う。
「じゃぁ行ってきます!」
眠そうに出入り口に佇む男に手を振ると7軒ほど隣の本屋に入る。古い本から新しい本まで所狭しと並べられており、古い本には保護魔法がかけられていた。
レジの店員はルゥトとそう大差ない年齢の少年で、眠そうにうつらうつらと船をこいでいるのが見える。
初めて自分で本を買うのだ。何を買おうかと物色していると、老婆に声をかけられる。ローブで顔は見えず、腰が曲がっていることと足が悪いようで杖をついていることしかわからなかった。
あと、それなりに大きな魔力を持っていること。
「嬢ちゃん、未来を見通す目を持っているね?」
ルゥトは持っていた本をもとの位置に戻すと老婆に向き直る。
「それだけじゃないね。人には過ぎたものを持っている。隠しても無駄だよ、私にはこれがあるからね。」
老婆はフードを少し上げると、ルゥトに眼を見せる。
──その目は紫水に少し濁りが入っており、若干視力の衰えが見えていた。
「もう年だからね、弱くはなっているけどそれでも大抵のことはわかるさ。どうだい?よかったらあたしの弟子にでもならないかい?」
「でも、私…。」
「なに、普段森に住まう魔女には関係ないさ。それに、近々あんたには一つの不幸が降り注ぐ。
ある程度知っているんだろう?」
ルゥトはスカートをきゅっと握りしめると俯いてしまう。その顔は泣きそうな顔をしていた。
「私のもとに来ればその目の有効活用のしかたと強化のしかたを教えてやるよ。どうだい?」
老婆はヒヒッと笑うと手を差し出す。ルゥトはその手を握り返そうとしたその瞬間、「ルゥトちゃん?」 と後ろから声をかけられる。
「どうしたのボーッとして。」
以前店に来ていた騎士団のよく食べる若い男だ。確か名はスチース。
「……?」
ルゥトは再び振り返ると老婆は消えており、代わりに手に“西ノ森にて”と書かれた紙があった。ルゥトは慌てて
「本を何にしようか迷っていたの。」
と答えるとスチースは「本、好きなんだね」と笑いかける。
「俺も本好きでよく読むんだけど、神話とか好きだなぁ。
あとは英雄の話とか、冒険譚とか…。でも女の子なら恋愛ものが好きな気がする。ほら、よくあるのが身分違いのやつとか年齢差のやつとか。」
ピンっと閃いたように人差し指を立てながらそう提案をするが、当の本人は「恋愛…?」 とよくわかっていないようだった。
「そう。例えば心がドキドキするとか、他の女の人といるのが嫌とか、ずっと一緒にいたいとかそんな感じかな。」
ルゥトはふーんとあまり興味なさ気に返すと目の前にある本を一冊取り出す。
『神様の愛』と書かれてあり、少しペラペラと頁を捲るとなんとなく内容を察してしまう。
「俺それ好きなんだ。気になるなら貸そうか?」
「いいえ、結構よ。」
「読んだことあるの?」
「えぇ、嫌というほど知っているわ。」
ルゥトは本を元の場所に戻すと冷たい視線を本に向ける。まるで憎しみが篭っているかのようだった。
「良いよね。親の愛情って感じで。」
スチースはうっとりとした様子でそう感想を述べるがルゥトは鼻で笑いながら
「本当、最高のエゴって感じで心底うんざりだわ。」
まるで咳をするかのようにそれだけ吐き捨てるとスチースを置いて本屋をあとにした。
次に寄ったのは魔導書店だった。中身を開くのは厳禁で、厳重に保護魔法だけでなく無理やり開くと炎が噴射される魔法が掛けられていた。
周りは本だらけの中でこれをかけるということは死なばもろともということだろうか。
ルゥトは店主に一つの本の所在を確認すると、カウンターの下から取り出した。
ルゥトはそれを受け取り、代金を支払うと店をあとにする。他にもまだまだ見たいものはあるが、今日はこれだけだ。
目当てのものを買えたことにより軽い足取りで中央にある噴水に向かうと、よく来てくれる騎士団たちが治安部隊の人間たちと話をしているのが見えた。
「こんにちわ!」
ルゥトがそう挨拶をしながらパタパタと駆け寄ると、騎士団のいつも素寒貧で懐の空いている男は笑顔で挨拶を返してくれた。
基本店に来るときは私服だが、今日は街の見回りも兼ねていたので制服を着ていた。
制服と言っても甲冑などのごてごてしたようなものではなく、正装に外套といった服装で、外套には王都の印であるユニコーンの刺繍があしらわれていた。
「なにかあったの?」
「あと数ヶ月後に族長会議が控えているからな。その打ち合わせと見回りを兼ねているんだ。」
「だからそんなにかっこいい服を着ているのね!」
うっとりとした表情で制服を見るルゥトにドヤ顔でポーズを取っていく。
「ギンソウさん何やってるんですか。」
呆れた様子の部下であろう人たちがそう声をかけると、こんにちわ。と少し屈んで挨拶をしてくれた。
「ねぇ、族長会議って何?」
ルゥトは首を傾げながら問いかける。
「ん? そっか、嬢ちゃんが来たときには前回の族長会議は終わってたんだっけか。
族長会議は名前の通り、世界に点在する一族の長たちが一同に会する2年に一回の大きな政だ。
炎、雷、水、風、土、空間と時間をそれぞれ崇める一族たちが主だな。それに俺達無神族を代表して王様がその会議に参加する。」
ルゥトはふーんと言うと、あぁでも…。とギンソウは言葉を続ける。
「時神族は2年前、空神族に滅ぼされたんだっけか。災禍の子を庇った罪とかなんとかで。」
「災禍の子…?」
ルゥトは思わず眉を寄せながらそう呟く。
「詳しい事情は無神族には理解できんが、なんでも左右非対称の目を持った子供が良くないらしくてな。災禍を呼ぶ、って言われているらしい。
なんで匿われていたのかは知らんが、その子を討ち取ったのが今の空神族長だそうだ。…この混乱に乗じて戦争とかにならなきゃいいがねぇ。」
ギンソウははぁっとため息をつくと、ちらりとルゥトを見る。
「なんにせよ、お前さんが大人になって自由にできるまではこの平和が続きゃぁいいんだが。」
「それに! 族長会議と言ったら!」
先程まで真剣に騎士団たちと話をしていた治安部隊の人間がずいっと間に割って入る。
「王都の外れにあるコロシアムで開かれる大武闘会!そこで成績を上げれば王が何でも願いを叶えてくれるという…。
優勝候補の現空神族長の元側付きの御方は今も行方不明らしいから、誰が優勝するか検討もつかないよ。俺もそこで手柄を立てて…。」
男はそのまま自分の世界に入ってしまい、もう戻ってくる気配はなかった。
「ま、なんにせよ暫く治安部隊と騎士団がこの辺りをよく彷徨くようになる。悪く思わんでくれ。」
その言葉に対してルゥトはキョトンとした後、不思議そうな顔をする。
「? なんで悪く思うの?街を守ってくれてるのに。」
「悪く思うやつもいるのさ。」
変なの。とルゥトが呟くと、ギンソウは少し微笑みながら頭をポンポンと撫でる。
その顔にはやはり疲れが滲み出ていた。
「これ、上げる。本当はおやつにとっときたかったんだけど…。」
鞄から1つの袋を取り出しギンソウに差し出す。おやつならいらねぇよと最初は断ろうと首を横に振る。
「疲れているときに甘いものを食べるといいって聞いたから。みんなで少しずつわけて。」
笑顔でクッキーの入った袋を手渡されると、チラリと後ろの部下たちを見て、「すまねぇな」と受け取ることにした。
ここ数日、暴行事件が相次いで発生している為、禄に休暇が取れていなかった。お陰で風呂に入り良くて数時間、時には布団に入る間もなく出勤といった状態だった。
しかも暴行事件と住民たちに流してはいるものの、中には凄惨な殺人事件も混ざっていた。
ただ一貫しているのは口元に貼られた強化魔法がかけられたガムテープだけだった。
「じゃぁまた落ち着いたら店に来てください」
ルゥトは深々と頭を下げるとそのまま帰りの道に向かってしまった。
よくできた子だよ。ギンソウは心の中でそう呟きながら休憩を取るために騎士団たちの輪に戻った。




