第三話 悪意ない好意
こんにちわ、天気悪くて嫌になりますね
金を貰い、パン屋につくと中は焼き立てパンのいいにおいでむせ返っていた。実はここのパンはセットやサンドウィッチに使うもので、美味しいとかなりの評判だ。
惣菜ものに菓子パン、子供向けに可愛らしくデコレーションされたものとたくさんある。
ルゥトはたくさんある中からコロッケパン、焼きそばパン、イチゴジャムと生クリームの入った少しお高めのパンに、新作の白い子兎と大兎が模されたパンを一つずつ買った。
「そのパンはね、君たち兄妹を見ていて思い浮かんだから作ってみたんだ。よかったらお兄さんと食べてね。
このパンはサービスだよ、気をつけて帰るんだよぉ」
店主はそう言うと、人の良い笑顔を浮かべながらニコニコとルゥトを見送った。
ルゥトは昔からは思いつかないほどに人から好かれていた。良い意味でも、そして悪い意味でも。男に拾われるまでは忌み嫌われ、石を投げられ殴られるは当たり前のものであった。
だから好かれることに対して『悪い意味』がよくわからず、距離を取るなんて発想もなかったのだ。ただなんとなくで気持ち悪い程度でしかなかった。
音を立てず店に戻ると、店内は小太りの男しかおらず二人ともパントリーにいた。
待ち用の少し大きめな本を一冊手に取り、そちらからは見えない位置に座ると、字の練習をする。昨夜男はあぁ言っていたが、ルゥトは余程難しいものではなければほとんどの字を読むことができた。
「……。」
無心で本を読んでいるルゥトに誰かが影を落とす。最初は店主かと思ったが、影の大きさと雰囲気、何よりこんな荒っぽい息遣いを聞いたことがないと警戒心を高める。
気づいていないふりをしてひたすら本を読み続けていると、「ねぇ…」と声をかけられる。
「…はい?」
今気づいたというようにそちらを見ると、ニヤニヤと嬉しそうに左手には皿の上にミートパイ、右手にはフォークが持たれていた。
ルゥトは嫌な予感を胸に広げながらも首を傾げると、昨日と同じようにそれを切り分けてルゥトの前に差し出す。
「はい、あーん。」
ルゥトは困ったようにはにかむ。両手は本で塞がれており、立ち上がろうにも膝の上にはパンを置いてしまっていた。
「お口を開けるだけでいいよ。」
ニヤニヤと、笑み向けながらさらにずいっとルゥトの口元にそれを近づける。
ルゥトは観念して口を小さく開けると、それは無遠慮に口の中に突っ込まれる。
昨日のようにトイレに逃げて吐き出したい衝動に駆られるが、男はそれを許さない。目の前に立ちはだかり、皿をテーブルに置いて頬を掴み「早く飲み込みなよ」と悪魔のような笑みを浮かべながら囁く。
早く逃れたい。その一心で無理やり飲み込むと、男は満足そうにもう一口、もう一口とそれを繰り返し四口目に入ろうとしたところで怒鳴り声が聞こえた。
「何をしている!」
小太りの男を無理やり引き剥がし、尻餅をつかせると手に持っていた皿がパリンと割れ、フォークもミートパイをつけたままカラカラと、音を立てて左斜めの席に飛んでいってしまった。
「大丈夫か?!」
店主は膝をつき、心配そうにあちこちを触ると何も異常はないと信じて小太りの男に向き直る。
「あんたうちのスタッフになんかしたのか?」
「な、何もしてない!ただミートパイを欲しいって言われたからお裾分けしただけで…。」
割れた皿の上に乗ったミートパイをちらりと見て再びルゥトを見る。
両手は本をしっかり掴んでおり、本人から強請ったようにも見えなければ、客から強請るのではなく、冷蔵庫から取り出せばいいだけだ。
「…欲しがったのか?」
念の為ルゥトに確認すると、泣きそうな顔をしながら首を緩く横に振った。
だがこの男がルゥトに嫌がることをしたという証拠がなければ、自警団に突き出したりはできない。店主はじっと男を見つめたあとルゥトの頭をポンポンと撫でた。
「すまないが今回の件があった以上あんたを出禁にさせてもらう。」
店主はそう言うと、親指をクイッと出入り口に向ける。
「お代は結構。突き飛ばした謝罪のようなもんだ。」
「なっ…だから僕は何もしてない!その子が…!」
ビクッとルゥトは肩を震わせる。その様子を見て店主は眼光を鋭くさせ、小太りの男の胸ぐらをつかみ、80kgはあるだろう男を片手で容易に浮かせる。
小太りの男は苦しそうに顔を歪ませながらも、店主を睨みつけるが、それ以上の圧にビクリと負けてしまう。
「うちはスタッフの主張を重んじさせてもらう。
嫌そうな顔をしていたならそれが真実だ。わかったならもう帰って二度とくるな。」
今まで聞いたことがないほどの低い声と、人を平気で殺しそうなほどの雰囲気に息が詰まる。小太りの男は手を離してもらうと、情けない声を上げながら一目散に逃げ出してしまった。
「…ゔっ…。」
ルゥトは本をテーブルの上に置き、パンを店主に突きつけるとダッシュでトイレに行ってしまう。
驚いて1回呼び止めるも何かを察して出入り口のオープン札をクローズにして鍵をかけた。
突きつけた衝撃でパンは一部潰れてしまっており、白いパンはよくわからない造形になってしまっていた。
ルゥトが戻ると店主から保護者の顔に戻った男は膝の上に乗せて話し始めようとするが、先にルゥトが問いかける。
「アパトさんは?」
「彼女なら帰ったよ。」
ルゥトはそっか…。とだけ答えると体重を男に預ける。
年の割に軽く、背骨はゴツゴツと浮き出て少し痛い。その小さい体をきゅっと抱きしめると容易に包み込むことができる。
「いいか、ああいった手合には無理に対応しないで俺達大人を呼べ。」
「でも貴方も大人とは言い切れないでしょ?」
男はお前よりは大人だよ。と呟くと額でルゥトの後頭部をグリグリとする。
ルゥトはそれにキャッキャと楽しそうに笑うと思い出したかのようにパンを取り出し、潰れてしまった兎を見て悲しそうに眉を下げた。
「つぶれちゃった…。」
「元は何だったんだ?」
「パン屋の人が言うにはね、私達『兄妹』を模したうさぎだったの。こっちの潰れた小さいほうが私で、大きい方があなただって。」
でも潰れちゃったな〜。と呟く少女の頭を一撫でし、徐に立ち上がると「今から一緒に買いにいこうか。」と少し屈んで手をつなぐ。
「お店はいいの?」
「いいよ。もうクローズにした。客もいないしな。」
ルゥトは嬉しそうにはにかみながら手を繋いだまま一緒に店を出る。
「腰、痛くない?」
身長差のせいで、相当屈んだ男に少女はそう問いかける。
「…痛い。抱っこにしていいか?」
「恥ずかしくない?」
「恥ずかしくないよ。」
手を繋ぐのをやめ、片腕でルゥトを抱っこするとキャッキャと二人で楽しそうに街中を歩く。
エプロンを外しただけの制服ということもあり少し目立つが慣れたものだった。それに、このあたりではちょっとした名物になっていた。
だが諦め悪く、二人をじっと見つめる目があることに男は気づいていた。
「おやぁ、久しぶりだね!」
パン屋の店主はそう言うと、男は「お久しぶりです、タロさん」と笑顔で挨拶をする。
男はいつもキッチンで忙しそうにしているので、来ているのは知っていてもなかなか会話は愚か、挨拶さえ交わせないでいたから、久しぶりに話せて少し嬉しいのだ。
「二人揃ってうちに来てくれるなんて吉兆だなぁ。」
「なんですかそれ。」
笑いながらも困ったように返しながら、ルゥトを下ろすと嬉しそうにパンを物色し始める。
「知らないのかい?君たち吉兆の印として有名なの。」
「…初耳です。」
男は顔を赤くし、照れ臭そうに頭をかく。
「いやねぇ、なんでも君たち二人が往来を歩いているのを見るといいことがあるって言われててさ。
うちの隣の居酒屋の店主が悪かった腰が良くなったって言っててね。
不治の病が治るとか、奇跡的なものは流石に聞かないけど、心がすっと軽くなったとか、喧嘩してたのに自然と仲直りしてたとかそんな話をよく聞いてね。」
男は少し恥ずかしそうにそうですか。と言うとそういえばと話し始める。
「俺達をモチーフにしたパンがあるって聞いてきたんですけど…。」
「あぁ!あの兎のね!好評で売り切れちゃったんだよ。美味しかったかい?」
「あの…それが…。」
謝罪もしつつ、事の顛末を話した。ここ最近治安が悪くなってきたこと、今回の件があったからお子さんにもっと注意をしたほうがいいことを伝えた。
「なるほどなぁ…。うちの取引先でも少し情報を回しておくよ、このあたりはお子さん持ちが多いからね。
見た感じ的にルゥトちゃん元気そうだけど大丈夫かい?」
「まぁ見た目は…。……男を帰らせたあとトイレに少し籠ってたんで、俺の知らないところで引き摺るかもしれないです。」
男は心配そうに顔を歪ませるとタロもまた、同じように眉を寄せた。
「四六時中見守るわけにもいかないしなぁ。なんにせよ、あんたもまだまだ若いどころか幼いんだから、無理をしすぎないで大人をしっかり頼るんだぞ。」
タロは笑いながら男の背中をバンバンと叩くと、ダハハ!と笑った。
「ルゥトちゃん。」
タロはお盆いっぱいにパンを乗せたルゥトを呼ぶと、カウンターの下からあるものを取り出す。
「これ、パンの耳で焼いたラスクだ。よかったらこれ食べな。」
「いいの?!」
目をキラキラさせながらそれを受け取ると「ありがとうございます!」 と大きな声で礼を言った。
「…いっぱい取ったな。」
男は少し困ったような顔でお盆の上いっぱいに乗ったパンを見ると、ルゥトは嬉しそうにパッと笑う。
「今日はパンパーティよ!」
タロは会計のためにパンを見てあることに気づき少し悲しくなってしまう。
今まで惣菜物を好んで食べていた子が無意識に肉類を避けていた。
その日の晩、少し悲しくなって奥さんに愚痴ってしまうと奥さんもつられて泣いてしまった。
「俺、もう腹いっぱい…。」
甘いものだらけのパンに囲まれ、流石に音を上げる男をよそに次々とパンを吸い込んでいく。
「無理して食べなくてもいいわよ。」
これまでパンパーティを何回かしたことはあるが、これほどまでに偏ったのは初めてのことだった。男はタロが少し悲しそうにしていたのはコレのせいかと気づき、明日以降のことを考える。
営業を一旦停止するか、時短でするか、気を使わせるから通常通りにするか。
最近は別で寝ていたが、今日は一緒に寝ようとほんの少し目を伏せながら考えていた。
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