第二話 すれ違い
翌日、軽い足取りでパタパタとカーテンを開けていく。ただ違うところといえばルゥトは男の部屋に立ち寄らなくなった。
そのまま一階に降り、トーストをチンしてジャムを塗り、それを食べ終えると掃除などの作業を開始した。ルゥトもそれくらいならできるのだ。
昨日乾燥させるために裏返しておいた食器類を棚に戻し、夜に男が仕込んだ商品の確認とおすすめ商品やケーキ類をショーケースに入れスイッチ式の保護魔法をかける。これで腐るのを大幅に遅れさせることができる。
あと本日は納品日なのでそれらの確認と仕舞う作業を一人で黙々とこなすと存外早く終わってしまった。
「おはようございまぁ〜す。」
本日はいつもより早番のアパトが間の抜けた声でそう入ってくると、「おはようございます」とできる限り通常通りルゥトは返す。やはりこちらには一瞥もくれず更衣室に向かうとそのまま着替えを始めた。
彼女は何故か前からこうだった。ここに勤めて約半年間邪険にするわけでもなく、ただいないものとして扱っている節があった。
理由は店主と二人でいたいのに、邪魔だからという実にシンプルなもので、ルゥトはそれを知っていたがどうこうするつもりはなかった。
その男が降りてくる気配がない。
起こしに行こうか迷っていると、着替え終えたアパトは我が物顔で二階に上がり、男の部屋をノックもせずに入る。
「えぇ?!!」
という男の素っ頓狂な声が一階にも響いてきたのでおそらく起きたのだろう。二階からドタドタとらしくない物音を立てながら降りてくる気配がする。
「おはよう!起きれなくてごめ…。」
作業が一通り終わったのを見て唖然とする。男は訝しげに店内をぐるりと見ると、食べ終わってまだ片付けをしていない皿を見つけてなんとも言えない表情になる。
「納品ももう終わったよ。」
「納品も?!」
(さすがうちの子だわ。いや違う、仕事をスタッフ一人だけにさせてどうする。しかも全部。)
そう頭を切り替え、頭を撫でながらそのことを諭そうとするとさっと避けられ、手が空を切った。
「ん…?」
「あ、ごめんなさい…。つい…。」
「……つい……?」
理解が追いつかないとはこのことだった。これまでこんなことは一度たりともなかったはずで、強いて言うなら初めてうちに来たときくらいなものだ。
「あーっと…、ごはんは…?」
「食べた。」
「でも足りないんじゃ…。既製品のパンなんて味気ないだろうし。」
「そんなことないし、作った人に失礼だわ。」
「あ、おすすめの商品の味見…。」
「ミートパイなら何回も食べたことあるから大丈夫よ。」
出せるものは全て出した。機嫌が良くなりそうなもの、喜びそうなもの、全部お出しした。だが全部を尽く断られたのだ。
「ねぇ店主さん、私少しお腹空いたかも。」
撫でるような声でそう店主に声かけると「そうか。」と言ってミートパイを取り出す。アパトはコーヒー派なので、インスタントのコーヒーを取り出しそれをホットで出す。喫茶店だが、うちの売りは紅茶なのだ。
「わぁ、美味しそう。」
両手を頬の横で組み、満面の笑みをこぼすアパトの正面に座り、自身も紅茶を飲み始める。いつもなら一緒に食べたりするが食欲はなかった。
ルゥトはその間も花瓶の水を変え、細かいところの掃除をしていた。
男は耐えきれず、少女を呼びつけようとしたがアパトが「動いているのが好きなのね」とさり気なくそれを阻止した。
「あの子が頑張ってくれたおかげで今日はゆっくり準備ができそうですね。」
カップを傾けながらそう言うと、男はルゥトの背中を眺めながら「あぁ」とだけ小さく答えた。
今日も今日とて大盛況だった。この店の半分は店主の容姿に惹かれてやってくる客が多く、四分の一が料理目当て、残り四分の一がルゥトとの会話目当てであった。
オーダーを受ける間、料理提供の間、会計の間と少し話をするだけで何故か楽しく感じるらしい。
それに加え、両親に先立たれて妹を一人で育てる兄という構図が勝手にできてしまっており、ルゥトが拾われた子だということをほんの一部しか知らない。
知っていても二人のためにお金を落とすという理由から訪れている人もいる。昨日の騎士団のように。
わざと黙っているわけでもないが、態々触れ回るほどでもないだろうという判断からだった。
「ルゥト、このグラタンセット…。」
そこまで言いかけて店主は言葉を止める。そのテーブルには件の小太り男がいたからだ。
「…?早くしないと冷めちゃうよ。」
「あぁいやうん、その…何かあったらすぐ言えよ?」
男はそう言うと不安そうに少女を見守る。既に客足は引いており、今あるオーダーでこれが最後であった。
ルゥトはそれをお盆に載せ、セットとスプーンとフォークを配置するとタッタと提供をする。
幸い、今日は何もされることなく戻ってくることができたので良しとし、ルゥトを休憩に入らせる。
「今日は何を食べる?」
男がニコニコとそう問いかけると、少女は気まずそうに「今日は外で食べる…」と言った。
ピシリと、男が岩のように固まる。
「…一応理由を聞いても?」
「……駄目かしら?」
困ったように首を傾げられてしまい、可愛さにやられいつもなら許可をしてしまうが今はそうもいかない。
「駄目じゃない。でも、どこに行くのかだけ教えてほしい。」
男は目線を合わせてそう言うと、少女はパアッと顔を明るくして答える。
「三つの通りの向こうにあるパン屋さんあるでしょ?さっきそこのお店の人が来てて、新作メニューを作ったから来てほしいって言ってくれたの。」
なんだ、そんなことかと男は心の中で安堵するが、この子はそんなにパン屋が好きだったかと不思議に思う。
それ心情を知ってか知らずかニコニコと嬉しそうにほっぺをムニムニとする。
「わかったけど、真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰ってくるんだぞ。最近この辺で良くないこともあったらしいからな。」
「良くないこと?」
男は頷くと、深刻そうな顔で続ける。
「そう。知らない人に急に怒られたり、物をとられたりするんだ。」
「どっちも嫌だなぁ…。怒られると怖いし、ものを取られるのは心が痛い…。」
眉を下げてシュンっと落ち込むと、足を床でコンコンとし始める。
これは昔を思い出してしまったときの癖であった。
「まぁ真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰ってくるならそんなことにはならないさ。ただ寄り道したら俺の雷が落ちる。」
「それは嫌ね。ちゃんと言いつけを守ったら何かあるの?」
「今日の晩御飯はお前のリクエスト通りにしよう。」
「やったー!」 と大きな声で喜ぶルゥトをニコニコと男だけでなく客の大半が見守る中、一つの目だけがギラギラと輝いており、店主はそれに冷ややかな視線を向けていた。
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