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第一話 喫茶店にて彼と少女と

はじめまして、仲居空です。

初めての投稿で相当ドキドキしてますが、よろしくお願いします。


また、第一話から約一万文字と少しばかり長いですが、二話目以降はもう少し短めに区切る予定です。

 目の前でぼうぼうと火が上がる。

 人々は皆逃げ回り、命乞いをする。だがそれも無駄に終わり無慈悲にも次々と命を散らせていった。

 そして今、一人の少女に向かって男は刀を振るい、もう一人の男は少女の手を取った。




 パタパタと子供が走る音が聞こえる。子供とはいつでも元気なもので、朝早くから次々とカーテンを開いて早く起きないものかと親代わりの男を急かす。

 黒く長い髪を靡かせながら楽しそうにステップまで踏み、テーブルの上に飾ってある真っ赤に燃えるようなサルビアに、鮮やかな黄色のミモザの花におはよう!と言いながら水を変える。どことなく元気になったような気がして、満足げに鼻を鳴らすと再び寝室へと向かう。


 だが何をしていても眠いものは眠い。目覚ましに抗うかのように、もぞりと布団の住人は中に潜り込むと、少し不機嫌になった子供は今度はずんずんと足を鳴らしながらそちらに向かってくる。

 ベッドの横に立った気配がする。


「起きろー!」


 ピョンっと子供がベッド向かって跳ねると、先程まで縮こまっていた物体は急に広がり、飛び込んできた子供をその布団の中に閉じ込めた。

「わ!」

 布団が反転して子供を捉えたことにより、元いた住人が姿を現す。

 背丈は170超えの男で、少し気だるげな雰囲気を纏っているがそれが艶やかさと色気を増幅させる。見た目は18歳もいかなさそうだが、いくつかは誰も知らない。

 線自体は細く見えるが、それなりに鍛えられており、子供は布団から抜け出すことができなかった。

「むがー!うごごー!」

 バタバタと手足を動かし暴れるが男はびくともしない。それどころか再び夢の中へと戻ってしまった。そして子供もそれにつられてか、温かさのせいか。同じく夢の中へと落ちていってしまった。




「二度寝癖をやめないからこうなるのよ!」


 昼時、少女がプリプリと怒りながら部屋の掃き掃除をする。部屋と言ってもここはカフェ。本来ならば営業をすでに開始し、お客様を迎えているはずが男の二度寝によって大きく時間がずれてしまった。


 営業時間は10時からのはずが、現在時刻は11時半頃を指している。テーブルを拭き、床を掃いて卓上にあるナプキンや、爪楊枝、塩の補充を手際よく行っていく。

 二度寝をしていた男はほうっと感心しながらその様子を見ていた。


「…お前いくつだった?」

「本来なら十! でもずっと七歳。私はもう成長しないから。……もっと身長ほしいのに。」


 十にしては仕事ができる方なのではないかと男は内心、少女を褒める。そう、この男は親バカなのである。

 だいぶ時期尚早ではあるがどこに嫁に出しても恥ずかしくないし、なんなら人前で掲げて「うちの子です!」と褒め称えたいレベルで少女が可愛いのだ。

 ただ生憎、男はこのボヤッとした性格のせいで誕生日は覚えているものの、年齢を覚えられないでいる。


 対する少女は十歳の割には小柄だ。120cmも背丈はなく、普通の子供に比べてほっそりとしており、アスファルトの上で転けると骨を折ってしまいそうだと男は何度も肝を冷やした。


「まぁ成長しないならそれでいいんじゃないか。うちでずっと暮せば。」


 少女はほんの少し嫌そうにくちをへの字に曲げると、それを見越したかのように一つのグラスが置かれる。


「ほら、苺牛乳。背が高くなるまじないも掛けておいた。」

「本当?!」


 嬉しそうに顔をぱあっと綻ばせるがハッと何かに気づき、再び口をへの字に曲げる。


「なんとなんと、今なら苺タルト付き。お得だぞぉ〜?」


 ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべながら少女を見る男はククッと小さく笑い声を上げる。

 対する子供は口をへの字に曲げたままぷくっと頬を膨らませながら、男の膝をスパンっと叩いた。


「まだ機嫌はなおらないか。」

「悪くなる一方!」


 少女はイッと怒ってますアピールをすると、男はそれを見て笑みを深める。


「夕食はオムライスにしよっか。」

「…ハンバーグもつけて。」

「了解。じゃぁそれを食べ終えたらオープンしようか。」


 男も冷蔵庫から自分の分のチーズタルトを取り出し、ポットにお湯を入れ、10秒ほど温めた後そのお湯を捨て、茶葉を入れて再びお湯を注ぐ。

 茶葉を蒸らしている間にカップを温め、そのお湯を捨て、蒸らし終えた紅茶をカップに注ぐ。


「お茶っ葉を入れてお湯入れるだけじゃだめなの?」

「駄目。味と質が落ちる。」


 少女はふーんと言いながらタルトを一口頬張る。ほっぺが落ちそうなくらい美味しいと、舌鼓を打つ。

 男はその様子をほんのり微笑みながら見守る。


「昔はこだわりはなかったけど、食べられるものは美味しいものがいいって思うようになったからな。」

「美味しい方が嬉しいけど、食べれたら何でもいいから…。」

「気持ちはわかるけどな。でも美味しい方が心が潤う。」


 ほら。そう言いながら一口サイズに切り分けたチーズタルトを少女の目の前にずいっと差し出すと、少女は嬉しそうにそれを頬張る。

 リスのように頬をパンパンに膨らませながらそれを咀嚼し、飲み込むと苺牛乳を一気に飲み干す。


「やっぱあなたの作るものって何でも美味しいわね。私、あなたと居るだけで心満たされるのにこんなに幸せでいいのかしら。」

「これまで苦労してきたんだ、このくらいの幸せどうってことないさ。」


 男もそう言うと紅茶をすべて飲み干し席を立つ。


「じゃぁそろそろ開店しようか。」

「うん!今日のおすすめは苺タルトね!」

「じゃぁ玄関頼んだ。」


 少女は「はーい」と元気な返事をすると、外の看板をひっくり返しに向かう。

 男が指をパチンと鳴らすと、先程まで仄かに暗かった部屋が一気に明るくなりクラシックなBGMが流れ始める。


 シンクに皿やカップを置き手際よく洗い、男が更に手を翳すとブレスレットがキラリと輝き、濡れていたはずの皿たちは一気に水分を飛ばし、それらは宙を浮きながらもとの位置に戻る。

 ドアを開けるとすでに客が何人か並んでおり、オープンとともに波のように押し寄せてくる。


「いらっしゃいませ、喫茶ルナストーンへ。」


 この世界では魔法が主流だ。

 王都のど真ん中にある喫茶ルナストーン。普通ではない少年少女が暮らす何の変哲もない家だ。




 この世界は丸くなく、果てがある。果ては断崖絶壁でその先には何も見えない。

 以前、空を飛ぶ魔法使いが果ての先を飛び続けたがいずれ魔力切れをおこし、墜落したという報告が相次いだ。

 断崖絶壁の下は何があるのか誰も何も知らない。


 ただ一人を除いては。


「本日のおすすめは苺タルトとアールグレイですが、ご一緒にいかがですか?」


 少女の明るい声が店内に響き渡る。

 男はオープンキッチンで料理を次々と捌き、少女は提供とオーダーをこなしていく。男も手が空くと提供に回ることがあるが、女性客に捕まることが多いため基本的に前に立つことはなかった。


「おはようございまぁす。」


 裏口から二十代半ばほどの女性が出勤すると

、奥の部屋でゴソゴソと着替えを始める。ここで唯一雇っているバイトだ。

 女性は着替えを終えると、スルリと男の腕を掴み耳元で何かを囁く。

 男はニヤリとそれに軽く頷くと、手を止めることなく少女に料理を手渡す。

 女は満足そうに笑みを浮かべると仕事を始めた。皿洗いにドリンク作り、その提供と忙しない。


「お待たせいたしました、こちらグラタンとセットのサラダとパンとスープです。」


 少女は一人の男の前にそれらを出すと、手を強く掴まれる。


「ねぇ、そろそろ休憩じゃないの?よかったら一緒に食べようよ。」


 少女は困ったように眉を寄せながらちらりと店主の方を見る。店主は忙しそうにしており、気づく気配はなかった。


「すみません、本日営業開始が遅れてしまい休憩時間がないんです。」


 正直にそう答えると、男は残念そうに「そうかぁ…。」と残念そうに手を離した。そのことに安堵していると、五人ほどの団体客が店に入ってくる。


「あ、いらっしゃいませ!」


 少女はその男から離れ、団体客のところに駆け寄る。カウンターに置いてあった『予約席』と書かれた案内板を取り、水とおしぼりを手渡すと男たちは「ありがとう」と顔を綻ばせて言った。


「今日のおすすめは苺タルトとアールグレイです!…と言いたいところですが、私的おすすめはオムライスとハンバーグです!」


 店主は明るく楽しそうなその声を聞き、思わず吹き出してしまう。

 面白いからではない。メニューにないのだ。


「おぉ、そうか。じゃぁ俺はそれにしようかな。店主!ご飯大盛りの卵多めには頼めるか?!」

「…一応肉も多めにできますよ。」


 心底嫌といった表情でそう答えると、男は意にも介さず「じゃぁそれで!」 と頼む。


「俺はいつものかな。」

「ミートパスタの大盛りですね。飲み物はいつも通り食前に紅茶でいいですか?」


 男は一つコクリと頷くと、少女は嬉しそうに笑う。


「俺は今日カレー!大盛りで頼むよ!」

「俺もカレーの大盛りと卵サンドをテイクアウトで頼む。」

「かしこまりました。お客様は?」


 最後に残った一人の客はオロオロと急いでメニューを決め始める。

 だが、あれも美味しそうだしこれも美味しそうだし。でも今日初めてくる店だからどのくらいの量かわからないし、先輩の奢りだって言ってたけどいつもお金ないって嘆いてるし…。  と、内心大焦りのようだった。


「そういえば、この間会ったときにボーナスが入ったから懐が潤ってるって喜んでましたよね?」


 おすすめメニューを頼んだ男に、そう少女は問いかける。


「そうだな! いつもは素寒貧だが、いまはぬくぬくだぞ!」


 ガハハ!男はそう笑うと、他の男たちもそれにつられて笑い始める。まだ決めきれてない男だけが笑っていなかった。


「今日はお兄さんの奢りで?」

「そうだぞぉ。たまにはこうして飴を与えてやらないとな。

 騎士は大変な仕事だからな、休みが合えばこうして奢ったり、楽しいところに連れて行ってやるのさ。」


 少女は小首を傾げながら「楽しいところ?」  と呟く。


「そう! 大人の言う楽しいなんて一つしかないだろうよ!」


 その言葉を聞き、店主はダンッ! と包丁を強く叩きつけるとギロリと蛇のように男を睨みつける。

 ひやりとした視線と空気に男も失言したと気づき、慌てふためく。話し方や雰囲気は少しばかり大人っぽいところはあるが、十歳の子供なのだと今更ながらに思い出す。


「サ!サーカスとか!あと、公園とか!お兄さんたち体力はあるからアスレチックとか結構楽しめちゃうんだよなー!」

「…公園だと子供の邪魔にならない?」

「大丈夫大丈夫!案外何も言われないさ! あれ! ほら、お前も早く頼め! なんでもいいからな!」


 上手く誤魔化せた! 男たちは皆そう思いながら心の汗を拭く。

 最後まで決めきれない男にそう言うと、優柔不断な男は何でも…と呟くと、色々注文し始めた。


 カレーにサンドウィッチにパスタにパンケーキ、飲み物は何にしようかと前向きに考え始める。


「苺牛乳がおすすめです!」

「今日はアールグレイだろ!しかも今日のメニューにない!」


 店のおすすめではなく自分のおすすめをし始める少女に思わずツッコミを入れてしまう。

(誰だ嫁にやっても恥ずかしくないとか考えたのは。自分だ。)

 いやだが愛嬌があってコミュニケーション能力が高いのは良いことだ。

 などと頭の中で様々な言い訳を思い浮かべる。


「じゃぁ苺牛乳にしようかな。僕も食前で。」

「相変わらずよく食べるなぁ。まぁそれわかってて連れてきたんだが。」

「売上に繋がってありがたいです。」


 少女はコロコロと笑うと、騎士の男たちは「現金なやつだなぁ。」と口々に言う。だがある意味褒め言葉だ、金がなくては生きていけないのだから。


 伝票を店主に渡すと、料理に着手し始める。

 少女は苺牛乳を取り出し、冷蔵庫の奥にある苺を三粒ほど取り出すと雑に上に置いた。

 オープンキッチンの奥にあるパントリーでは、女性が紅茶を作り始める。


「はい、苺牛乳です!」

「わぁ、苺まで乗ってるんだ…。」

「あ! お前また勝手に!」


 その声を聞き、店主は再び少女に怒る。


「いいじゃない別に。」

「良くない!苺は高価なんだぞ!」


 「えー。」と少女は不服そうにしており、騎士の男は申し訳なさそうに「洗えばまだ使えると思うよ。」と苺牛乳を少女に返そうとする。


「じゃぁ私の今日のデザート抜きでいいわ。そこの冷蔵庫に入ってたってことはそういうことでしょ?」


 男が返そうとした苺牛乳を、少女は頬を膨らませながら更に突き返す。店主は大きくため息をつくと、今回だけだぞと釘を差した。


「その、ありがとう。」

「せっかくだから美味しいものを食べてほしいから! 美味しいものに美味しいもの足すと更に美味しいでしょう?」


 接客であることを忘れて嬉々としてそう返すと、男たちはほっこりと頬を緩ませる。

 つまるところ、「店主の料理は美味しいからもっと美味しく食べてほしい」ということだ。


 店主は今回釘を差したものの、少女がこうして勝手に付け加えたのは初めてのことではない。

 反省していなければ店主も大して怒っていないということだ。その証拠に今少し嬉しそうに口元が緩んでいる。


「ごちそうさまでした。美味しかったです。」


 奥のテーブルに座っていた中年ほどの女性が会計をしに来る。


「ありがとうございます! 五百八十ダリです!」


 女性は千ダリを手渡すと、お釣りを受け取らずにそのまま店を後にしようとする。少女はその後を急いで追いかけるが


「あの、お客様。お釣り…。」

「チップよ、いつもお礼。暇なときにお話してくれてありがとう。」


 女性はそう言うと、少女の頭を軽く撫でる。


「あ、ありがとうございます!」


 申し訳ない気持ちも少しありつつも、嬉しい気持ちでチップを受け取る。少女はほしかった本をこれで買おうと鼻息をフンフンと荒げた。


「料理出るから準備しろー。」


 店主がそう言うと、少女は忙しそうにカトラリー類を並べたりし始めた。




 騎士の男たちが美味しそうに料理を食べるのを眺めながら少女はテーブルを拭いたり床に落ちた物を拾ったりしていく。

 店主は皿洗いの手伝いに回り、表には少女と騎士の男たちと、グラタンを食べ終えぼうっとしている小太りで金髪の男一人だけだった。


 小太りの男は少し手を上げ、少女を呼びつけると追加注文を行った。

 おすすめの苺タルトとアールグレイ。その2つを注文すると、「紅茶は君に作って欲しいな。」とよくわからない注文もされる。


 キッチンに戻る前に食べ終えた皿を下げさせてもらい、洗い場に置くと作業を開始しようとする。

 タルトはカットして皿に添えるだけ、紅茶も自分で作るのなら自分ひとりでこなせるだろうと思い、今朝店主が行っていた手順通りに紅茶を作っていく。


「よしっ。あの人までもいかなくても、それなりじゃないかしら。」


 そう呟くと、冷蔵庫からタルトを取り出し皿に盛り付けた。


「お待たせいたしました。」


 そう言いながらタルトと紅茶を提供すると、グラタンを提供したときと同じように腕を強く掴まれる。先程よりも、ぎゅうっと。今度は無理やり振りほどくのは無理そうだと少女は悟る。


「ね、今なら暇そうだしいいんじゃない?」

「まだお客様がいらっしゃいますので。」


 淡々とそう答えるが、小太りの男は気にせず「まぁまぁ」「そんなこと言わずに」「奥で楽しそうに話してるだけじゃん」と何かと少女を引き止めたがった。


「…すみません、まだ仕事も残っておりますので。」

「でも僕、甘いもの食べられないんだよ。君に食べてもらいたいな。まるまる残すのは勿体無いでしょ?」


 男はそう言うが、頼んだのは己だ。そこまで見る必要はないだろうと普通は思うだろうが、少女は普通とは少しかけ離れていた。 


 眉を下げ、困ったようにしていると男はもう1つの手でタルトを切り分け少女の口の前に持ってくる。

 少女はどうしたらいいのかわからず、男の手の当たらない部分のフォークを自身でも持ち、おずおずと口を開けてそれを迎え入れる。店主ともよくやっていることだ、あまり気にする必要はない。そう自分に言い聞かせる。


「どう?美味しい?」


 「彼」が作ったのだから当たり前だろう。内心そう思うが、何故か今食べているものは味がしない。

 飲み込む気も全く起きず、無理矢理手を振りほどき、ペコリと一礼だけしてトイレに向かいすべてを吐いた。

 知らない人間の劣情とは気持ちの良いものではない。



 トイレから出ると、皿洗いをしていた二人が出てくる。


「前を開けるなら一言言わないと駄目だろ。」


 店主にそう咎められ、「ごめんなさい」としゅんと縮こまる。


「さて、そろそろ時間だ。アパトさん今日もお疲れ様でした。」

「はい、お疲れ様でした。ではまた。」


 アパトはそう言うと、少女の方を一切見ることなくさっさと更衣室の方に向かってしまった。


「ご馳走様でした。」


 小太りの男が会計をしに来る。いつもなら少女が会計をするところだが、先程のことがあったためどうしても躊躇ってしまった。


「…?はい。ありがとうございます。お会計…。」


 ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちで、きゅっとエプロンを握りしめる。騎士の男がそれに気づいたのか、何かあったか?と問いかけるが少女は首を横に振るだけだった。


「ありがとうございました。」


 小太りの男は会計中もチラチラと少女を見ていた。店を出る前にぺこりとお辞儀をするがその視線はやはり少女の方を向いていた。


「…??あれ、あの人いつの間にデザートと紅茶頼んでたんだ?」


 淹れた覚えがないな。とブツブツと呟くと騎士の一番若い男が「その子が頑張って淹れてましたよ。」と教える。


「そうなのか?」

「うん。お皿洗うの、大変そうだったから。」


 それっぽい嘘を吐く。店主は訝しげな顔をしながらもそうか。と呟く。

 男が座っていた席の片付けをしようとトレイとダスターを手に向かうと、残されたケーキと飲みきった紅茶が目に入った。


 力作だったのだが、口に合わなかったのか思ったより腹がいっぱいだったのかどちらだ?と思いながら皿とフォークを手に取るとやたらとフォークがベタベタなことに気づいた。


「…???」


 間違えて紅茶の中に突っ込んだのかとも思ったが、色的には紅茶ではなさそうだ。では水で遊んだのだろうか。

 どちらかというと、フォークを嬲ったかのような違和感。

 何故か直感的にここの片付けをあの子に任せなくてよかったと安堵した。


「さっきの客、よく来るのか?」


 グラスを拭く少女にそう問いかけると、コクリと頷く。男は顎に手を当て少し考える。


「こちらの騎士団のように楽しく話したりは?」

「しない。」

「常連の女性のように文字を教わったりは?」

「してない。」

「何かサービス求められたりは?」

「…。」


 少女は押し黙る。

 先程の紅茶の件といい、グラタンを運んだときの異様な要求といい、『サービスを求められている』に該当するのかがわからなかった。


「何かあったのか?」

「何かあった…。あった…?……わかんない。」


 どこか濁った目で遠くを見つめる少女を心配そうに6人の男たちは見守る。

 そんな中、店主は出会ったばかりの頃を思い出す。


「なぁ店主さん、あんまり店のやり方に口出しはしたくねぇが暫くこの子を表に出すのはやめといたほうが…。」

「……。」


 今度は店主は押し黙る。それをしてしまうと人手が足りなくなってしまう。かと言って裏の仕事をさせるには正直不安がある。

 重たいものを持ち上げたり、割れ物を多く取り扱ったり、何より料理スキルが壊滅的だった。


 先程の客は紅茶を全部飲み干していたが、濃くなりすぎたり逆に薄すぎたり茶葉がやたら多かったりと紅茶一つとってもそのような状態なのだ。


「嬢ちゃん、すまないがこのお兄ちゃん食べすぎて腹が痛くなっちまったみたいでよ、上は確か居住スペースだろ?シーツかなんか持ってきてくれないか?」


 男はそう言うと、まだ食べている若い男の背中をバンッ! と強く叩く。驚いた男は思わず噎せてしまい苦しそうにしていた。


「?わかりました。」


 パタパタと2階に走る少女を見送り、騎士は声を少し潜めて話し始める。


「本当は外に話しちゃいけないことなんだがよ、兄ちゃん暫くは外に出るのも気にしてやったほうがいい。」

「なんでだ?」


 男は訝しげな顔をしながら問いかける。


「最近、小さい子どもが連続で連れ去られるっていう事件が相次いでいる。俺達王都の騎士団もその件で大概出払っててな。戦争のない国でよかったよ全く。

 でな、連れ去りの子供の年齢なんだが8歳から10歳とあの子の年齢とドンピシャなんだよ。」


 男は一つ大きなため息をつく。


「…俺達の子供もあの子くらいの年頃だ。若い連中にもそのくらいの年頃の弟や妹がいる。今回の件は頭を悩ませると同時に胸を痛めていてな。

 …二人を見てたらどうしても伝えておきたくなった。」


 店主は少し怪訝そうに眉を寄せる。


「あんたらの血が繋がってないってことも、何か訳ありってことも理解してんだ。だからこそ巻き込まれないように忠告してるんだ。」


 パタパタと2階から小気味よく下りてくる音が聞こえる。そちらを見てみると少し大きめの毛布を持ってきており若い男にかけると「まだ必要だったら言ってね!」 と無邪気な笑顔でそう言った。


 少女はもとの位置に戻り、再びグラスをキュッキュと拭き始める。その様子はいつもどおりだった。


「助けを乞えない女の子か。」


 騎士の男はそう呟く。

 次の休みはここのケーキを手土産に家族に会いに行こう。そう誓いを立てた。




 夜、時刻は21時半頃。風呂上がりに2人で冷たい牛乳を飲み、椅子に少女を座らせ髪を乾かしてやる。


「やっぱ子供の髪はサラサラだな。」


 男はそう言うと、ドライヤーの電源を切り髪をひと束摘む。親指でサラサラと遊ぶと少女はちらりと男を覗き見ると「ねぇねぇ。」と声をかける。


「ここ、座って。」


 キラキラとした目で自分の足元を指差す。床に座れという意味か。


「私も髪乾かしてあげる。」

「遠り…」

「はやく!」


 腕を引っ張り急かされる。男は渋々床に腰を下ろすと少女はドライヤーの電源を入れた。

 存外手つきは悪くないが、真横から風を当てられたり少し下から風を当てられたりと出来上がりを想像して少し笑ってしまった。


「できた!」


 頭を触ってみるとやはり髪はあらぬ方向にぴょんぴょんと跳ねてしまっており、鏡を見て吹き出してしまう。が、少女は満足気にフフンと鼻を伸ばしていた。


「じゃぁそろそろ寝ようか。」


 そう言いながら少女の脇下に手を入れ抱き上げると布団に腰掛ける。男は自分の膝に少女を座らせると額に一つ口付けを落とした。


「えー…まだ起きてたい。」

「…困ったなぁ。」


 口ではそう言うものの、大して困ってはなさそうな様子で笑顔を向けながら、何もない空間から一つの本を引っ張りだす。


「じゃぁ絵本を読んでやろう。」

「絵本なんて年じゃないわよ?」

「でも字、読めないだろ?」


 ムスッと頬を膨らませると男が笑いながらつんつんとその頬を突く。少女はくるりと回転して本を読む姿勢になると男は1ページ目を開いて本を読み始めた。




 数分後、本を一緒に握っていた手はスルリと落ち、頭はグラグラと船を漕ぎ始める。

 男は本を閉じると再び何もない空間に本を仕舞い込むとそのまま少女を布団の中にそっと入れた。


「おやすみ、ルゥト。いい夢を。」


 そう言いながら再び額に口づけを落とすと頭を一度撫でて部屋の明かりを消して自分の部屋に戻る。


 ドアをキイっと開けると一人分の影が。その影は男に勢い良く抱きつくと、ヒソヒソと「遅かったわね。」と呟く。


「すまない、珍しく我儘を言うもんだからつい。」

「あら、あの子貴方には基本我儘じゃなくて?」


 月明かりに照らされて影の姿が徐々に顕になる。影の相手は少し嫌味ったらしくそう言うと、男は困ったように眉を寄せた。


「そこが可愛いんです。」


 影はフンッと鼻を一度鳴らすと、男からするりと離れる。その顔は明らかに不機嫌で何かをねだっているようにも見えた。


「でも今日本当に良かったんですか?アパトさん。」


 ベッドの横にある窓の月明かりに照らされて顔が顕になる。昼間ここで働いている女性のアパトだ。


「いいのよ。」

「でもここのところ連続で…。」

「私が来たいから来てるの。」


 月が部屋を煌々と照らす。まるで何かを指し示すかのように。


「ではお言葉に甘えて。」


 男はそう妖艶に微笑む。月は再び雲によって隠れてしまった。




 男の忘れ物に気づき渡しに来たクリクリとした目が二つ、それらをすべて捉えていた。

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