第三十六話 知人
商店街は観光客で賑わい、人。人。人。どこの里出身かも関係なく人でごった返していた。
そんな中に一人、まるで人目を避けるかのように外套のフードを深く被り、その隙間からは胸ほどまである一つの毛束を垂らした女がひとり。
風で外套が靡けば右目には眼帯、右腕には包帯というなんとも痛々しい様子がちらりと見える。
露天で串焼きを買い、道の端でそれを食べていると、ジーッと視線を感じてそちらを見てみると、小さな子どもが一人。
その口の端しからは涎が垂れ、異常に細く内臓がぽっこり出ていることから、随分と長いこと食べていない状態なのだと悟る。
これを上げるのは良くないなと、消化に良さそうな粥を買うと、それを子供に手渡す。
「あ、あ…!」
言葉も喋れないのか。女はそう思いながら頭を撫でると「行きな」と声をかける。
ひどく下手くそな笑みを浮かべると、頷きながら子どもは路地裏へと駆けて行ってしまった。が、その子どもは路地裏からペタペタと何かに怯えるかのように後ずさる。
女は嫌な予感がし、路地裏を覗いてみるとそこにはポツンっと一つの鞄が無造作に打ち捨てられていた。だがその鞄は女もよく知っているブランド物で、さらにそこに入っているぬいぐるみもまた有名かつ人気の物だ。
足音を消し、それに近づくと男の唸るような低い声が聞こえる。そちらを見てみるとバタバタと抵抗する足とその間に割り込む男。
「何をしているの」
その声に男は振り向くと、女は小さく「あなたは……」と呟く。女にはこの男に見覚えがあった。
以前、大武闘会に出ていた男だと気づくと同時に、杖を取り出し構えると、男は歯をむき出しにして標的を女に変える。
男は懐から短刀を取り出し切りかかるが、女はそれをひょいと躱すと、光の拘束魔法で男を捕まえるとそのまま風魔法で少し遠くに投げ飛ばした。
様子的にしばらく食べていなかった故か、それとも脳震盪を起こしたのか。男は立ち上がる様子はなかった。女は一度フンッと鼻を鳴らすと抵抗していた足に声をかける。
「大丈夫? 怖かったでしょ。あんなもの持てるほどのお貴族様が来る場所じゃないわ」
冷たく突き放すかの様にそう言いながら手を差し伸べると、足はガタガタとガラクタの山を崩しながらその手を取る。
「すみません、道に迷ってしまって…」
「いたた」そう言いながら立ち上がる少女の姿に女は驚く。
「ルゥトちゃん?」
「……? えっと…。お姉さんは?」
女はハッとした表情で口元を隠す。するとふうっと小さく息を吐いてルゥトを起こすと
「何年前だっけか…。時神族付近で会ったトワよ。覚えてるかしら」
そう言いながらトワはパサリとフードを外す。その姿にルゥトの脳内でホワンホワンと流れる記憶。確かに、顔はちゃんと覚えていないが傷跡には見覚えがあるとほんの少しだけ思い出す。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
パンパンっと体中を叩きながら礼を言うと、よしっと鞄を開けると中に入っている財布を取り出しいくらか手渡そうとする。
「……何してるの?」
「何って…こういう時、お金を渡すのが相場じゃないんですか?…もしかして足りないですか?」
十分すぎるほどの金を持っておきながら、更に金を足そうとするルゥトに待ったをかける。
彼女はお貴族様ではないが、随分と金銭感覚に疎いらしい。トワはそう思いながら「礼ならいいから!」 とひどく困った顔でそう叫ぶと、ルゥトはビクリと体を震わせながら
「わかりました…」
と財布を鞄の底に仕舞った。その様子にトワは安堵しながら「とにかくここを出ましょう」というと、商店街の方に足を向けた。
近くにある喫茶店に入り、テーブル席に腰掛ける。トワはコーヒーを頼み、ルゥトはココアを頼むと、彼女はそわそわと落ち着かない様子で何かを聞こうとするが、ルゥトはそれに気づかない。
「さっきは本当にありがとうございました。お陰でここまで来れましたし……」
ルゥトはそう言いながら深々と頭を下げる。トワはそれに対して少し驚いた顔をしながら
「なんか…大人っぽくなったね」
その言葉にルゥトは首を傾げる。この子の中で大人とは、イウロバの様な品があり他人を慮ることのできる人だ。
だがルゥトは未だ口の端にソースがついていることもあれば、家の中で走り回ることもある。他人の思考を読み取り、先回りすることや、相手を思いやった言動も得意なわけではない。
果たして大人とは何なのだろうか。そんな疑問が湧くが今はその思考を隅に追いやる。
「えっと、トワさんはどうして空神族の里に? 無神族はあまり余所の里では歓迎されないことが多いから行かない人が多いって…」
ルゥトのその質問にトワは顔を少し赤くさせながらも
「近くに寄ったから…。ルゥトちゃんも無神族でしょ?なんでここに…って、一つしかないか。」
ちらりと、喫茶店からでもよく見える神殿を見る。此処からはさすがに見えないが、中に入れば男はいるはずだ。
「会う約束でもしてるの?」
トワのその問いにルゥトは首を横に振る。ただ単独で突っ走っただけだ。その様子にトワは驚きつつも
「じゃぁここで会えるかどうかもわからないの?」
「当てがないわけではないんですけど……」
口をへの字にしながらそう言うルゥトに、あまり聞かれたくないのだな、と悟り、トワは押し黙る。
暫しの沈黙。その間に割って入ったのはコーヒーとココアだ。
「でも会えないのなら宿とかはどうするの? ルゥトちゃんの年齢だと宿は取れないんじゃ…」
「え、そうなんですか?」
素っ頓狂な声でそう返され、トワは思わずクスクス笑ってしまう。ルゥトはほんの少し頬を膨らませると、ココアを口に含み体を温める。
「じゃぁ私と一緒に泊まろうか。どの宿もなんでかツインが多くてね、一人だと広いなーって思ってたの」
思わぬ誘いに思わず笑顔が溢れ出る。ルゥトはその誘いに何度も頷くと
「ありがとうございます、トワさん!」
と礼を言うと熱いココアを一気に胃に流し込んだ。




