第三十四話 再会
「すみません……」
男の目はパンパンに腫れ、もとの声がわからないほどに掠れていた。その後すぐ合流したペティスはそれをカカカ! と笑い、アタゴは優しく微笑む。
「取り敢えずこれを。ちょっとした認識阻害です」
そう言いながら紅い魔法石を手渡される。今、彼らからどう見えているかはわからないが、必要最低限隠れていればいいかと思い、ふうっと深呼吸をする。
少し視線を上げると、どこか含むように笑う二人。
「さて、ここからはうちの秘蔵っ子を半日ほど貸すとしよう。お主は今日の残り一日好きに過ごしてこい!」
バンッ! と背中を強く叩かれ、少し噎せてしまうが今はそれが心地良い。
視界に脳内、思考。それらすべてがクリアになると一気に今まで詰まっていた何かが放出され、息がしやすくなる。
「お二方、今回の助力感謝いたします。またどこかで俺も助けられることがあったらきっと、必ず。」
「ならうちの里で料理人として働いてくれ! どれほどの物を作ってるのか気になるからな!」
「その程度のことでしたらいつでも。なんなら今からでも。」
それは楽しみだ! とペティスは再度笑うと、今度は優しく導くかのように男の背を押す。男はそれを頼りに神殿を出た。
神殿を出たはいいが、どこに行こうかとグルグルと里中を歩き回る。服は着替え、軽い認識阻害をかけてわかりにくくはしているが、他人の目ばかり気にしてしまう。王都にいた頃はそんな事、なかったのに。
肩がぶつかると、面倒事にならないように謝り、酔っぱらいがいたら絡まれないように、キャッチがいたら捕まらないようにと、回り道を繰り返した結果、辿り着いたのは小さな定食屋。
観光地街から随分と離れた場所で、特に混んでもなさそうなので何も考えずに入ると、適当な席に腰を掛ける。
店主は水とお絞りを持ってくるとそのまま何も言わずさっさと厨房に戻ってしまった。
(これくらいの方が心地良い)
最近のやたらと迫ってくる女性たちに随分と苦労した毎日。それらもおそらくもうすぐ終わるはずだと言い聞かせながら、焼き魚定食を頼む。
アタゴから受け取った指輪を取り出し、指に嵌めてみようとするがどれも合わない。小指はいけなくもないが、もし少しでも太ったりしたら取れなくなりそうなので、やはり彼の言うとおりにしようかとチェーンを取り出し、それを通すと首にかける。
普段こういうものはつけないため、違和感を覚えるが仕方ないと指輪を眺める。
『これは世間一般では“災い避け”として知られてますが、精神魔法に効果があるそうです。
以前、うちの神殿で精神操作をされそうになりましたが、助かったのはコレのおかげでしょう。』
アタゴがそう言っていたのを思い出す。恐らく、最近の自分の様子を男は思い出してほんの少し腑に落ちる。
先日、自分のせいでルゥトがイウロバの屋敷に世話になった際、二ヶ月半も会わないでいたが、あんな状況になったことは一度もなかった。恐らく、どこかの誰かが精神操作の類を仕掛けていたのだろう。
指輪を持ち、くるくるあらゆる角度で見てみる。光がきれいに反射し、技工士の腕もよいのだろうと指輪の内側を見てみると“名も知らぬあなたへ”と書かれていた。
確かに、この世界で己の名を知っているのは、自分と主だけである。そこにルゥトを加えるのは一向に構わないのだが……。
(もし、間違えて人前で呼んでしまったりしたら)
そんな不安が頭を過り、この四年間自分の名前を言い出せずにいた。その程度のことと思われるかもしれないが、男にとっては非常に大切なことであった。
帰ったとき、もしあの子がまた知りたいと言い出したら今度こそ教えようか。それとももっと大きくなって、王都から離れるようなことがあったとき教えようか。
なんてことを悶々と考えているとドスッ! と、強い衝撃が腰のあたりに走る。
(敵襲に気付なかったのか?!)
そう思いながら勢い良く振り返ると、何かが男の手に強く当たり、「いたっ!」 という声が定食屋に響き渡る。
「…………なんで、ここに……?」
小さく掠れた声で男は呟く。当たってしまった箇所をごめんと言いながら擦ると、目の前の少女は真っ赤な顔で嬉しそうに笑いながら
「言ったでしょ、一ヶ月経っても戻ってこなかったら会いに行くって」
最後に見たときよりずっと芯のある顔でそう言われ、鼻の奥がツンっと痛むのを我慢して、人目も憚らずギュッと抱きしめた。




