第二十九話 望まぬ再会
あれから数カ月が経った。
ルゥトが戻った事でバイトの募集はないと悟り、若い女性層の客は少し減ったが代わりにルゥトと同年代ほどの男の子の客が増えた。
ルゥトはそれに何も思わないが、店主は内心もやもやさせつつも、うちのルゥトは可愛いからな。と、相変わらず親ばかを発揮させていた。
「学校??」
カウンター席に座るエニシダは嬉しそうに「うん!」 と答えると、ルゥトは首を傾げながら
「学校ってなに?」
と聞いてしまう。エニシダは驚いたように目を丸くさせながらも
「色んなところを学ぶ場所だよ。歴史や計算、もっと細かく行くと理科に魔法学に剣術……」
と色々と挙げていく。店主はそれに耳を傾けながら(そんなもの行きたいか?) と内心不思議に思う。
「うーん……別に興味ないかなぁ。今勉強で困ってる事とかないし」
「えー! 友達もできるし、ルゥトちゃんの好きな魔法も学べるんだよ!」
食い下がるエニシダに、微妙な顔を向ける。魔法は好きだが、一般的なものを覚えたいわけではない。
それこそもっと高度なものを覚え、使えるようになりたいのだ。そして何より時間が圧倒的に足りない。
それに友達も別に欲しくなかった。面倒な蟠りができる可能性がゼロではないからだ。
「やっぱりいいかなぁ…」
グラスを拭きながらそう答えると、エニシダはがっくりと肩を落としながら「そっかぁ……」と、紅茶を飲み干す。
「でも興味が湧いたら来てみてよ。折角平民でも入学できるようになったんだから、来たほうがお得だよ!」
それじゃぁね! と、金だけ置いてカランコロンと店を出て行ってしまった。おそらく今から店番なのだろう。
「意外ね。好奇心旺盛だから、通いたいって言うと思ったのだけれど」
たまたま話を聞いていたイウロバがそう言うと、ルゥトは眉を顰め頬を掻く。
「必要あるのかなって思っちゃうんですよね」
と答えた。
「あの子は話を端折っていたけど、歴史も学べるし、それこそ経営も学べる。魔法学も勉強だけじゃなくて、実践もやるわよ?」
「でも聞く限りマナーとか、貴族の方に必要なものが多いような気がして…。
私は別に玉の輿に乗りたいわけでもないし、魔法も本屋で買えば自分で学べます。それにお店を空けたくないし。」
拭いていたグラスをもとの位置に戻すと、バッシングをする。店主はその様子を厨房から眺めているとイウロバが
「貴方はそれでいいの?折角の機会なのに」
「俺からはなんとも……。行きたいなら学費は出しますし、行きたくないなら強制はしません」
まぁ彼がそう言うならいいかと、イウロバは持ってきていた新聞を広げる。内容は王都の学校が、平民の受け入れを始めたものばかりだ。特に成績上位者は学費免除と書かれている。
更に成績が十位以内の者は、食堂のメニューは毎月十万ダルまでなら無料で利用可能になる。
ルゥトが必ずしもここに入れるという根拠もないため、無理にせっつく必要もないだろうとページを捲る。
火神族の経済状況がかなりよく、犯罪率も随分と低下しているようだった。
なにやら魔法石が大量に見つかり、防御用に加工したものを火神族の者のみに配っているようだ。
それにより犯罪率が低下、行商人が道中襲われることが減ったことにより、経済の上昇が進み、ただでさえ高かった族長の株が更に上がっているようだった。
それに比例するかのように空神族は悪化する一方で、いずれデモが起きるかもしれないという憶測まで飛び始めた。
王都も特別経済が良いわけでも、犯罪率が少ないわけでもないが、デモが起きる程のものではない。余程、現在の状況が悪いのだろう。
「ルゥト、少し早いが一部物がなくなったから今日は店仕舞いだ。看板を取り込んでクローズにしてくれ。」
それに対して「はーい」と言うと、看板を中に入れてオープン札をひっくり返す。今いる客を追い返す必要はないため、特に客に話しかけることなく片付けできるものを片していき、三組の客と、イウロバだけが店内に残る。
特にやることもなくなり、ルゥトは店主に「今日はもう上がっていいぞ」と言われたため、一旦部屋に引き上げる。
厨房を綺麗にし、飾ってある花に水をやり、ちらりと時計を見ると、店を閉めてから十分ほどが経った頃、カランコロンと音を立てながら、中年ほどの男が店内に入ってくる。
外套のフードを深く被り、顔は見えないが立ち振る舞いはどこぞのお貴族様、もしくはそのお付きだ。
「申し訳ございませんが、本日は閉店いたしました」
苦笑を浮かべながらそう告げると、客は店内をぐるりと見渡す。中年は懐から一つの巾着を取り出し、床に叩きつけた。
金属が打ち付けられたかのような音と、意味不明な行動に男は眉を顰め、イウロバだけでなく、店内に残っていた客も不快そうに視線を向ける。
「これで、貴方様を買いに来ました」
そう告げると跪く。男は訳が分からないとばかりに眉の皺を更に深くさせていると、再度カランコロン。と音が鳴り響く。が、そこには誰もおらず扉が独りでに開いただけであった。
少なくとも、他の客にはそう見えていた。
「なっ…!」
その声とほぼ同時に鳴り響くのは、金属と金属が擦れる音。店主は目に見えぬほどの速さでカウンターを飛び越え、イウロバの前に立ちはだかり、見えない何かと戦っているようだった。
店主はそれを力づくで弾くと強く重い蹴りを一発入れ、人がいない方向に吹き飛ばす。すると、今まで見えていなかった何かは靄のように姿を現し、真っ黒な人へと変貌した。
それらを更に二人、三人……それより多くの人数を薙ぎ倒していくと、急に空気が一転する。
「イウロバさん、他のお客さんをつれて裏から逃げてください」
イウロバは頷くと、他の客を手招きして裏口から逃げ出す。
カランコロン。その音と共に入ってきたのは先程までと違う雰囲気の男。黒く、少し癖のある髪に、整った切れ長の目の顔。
首元には真っ黒なファーに、地面すれすれの外套。背中には金の糸で狼の刺繍が施されており、売るだけで一生金には困らないだろうなと、男は場違いなことを思う。
「久しぶりだな」
その言葉になんと返そうかと少し悩んだ結果
「お久しぶりです」
とだけ返す。相手はニタリと、不気味な笑みを浮かべると小さな声で「やっと見つけた」と呟く。
「この約四年、随分と探したぞ。職務怠慢だ」
「お言葉ですが、きちんと辞職表を出しました。これ以上干渉される謂れはないです」
その言葉に相手はムッと顔を歪ませる。
「まぁいい。次の族長会議にお前を側近として出席させたい」
男は気を緩めることなく「遠慮いたします」と断るが、相手は指を鳴らすとカランカランっ! と大きな音を立てながら扉が開き、何かを床に投げ捨てる。
「…ルゥト!」
駆け寄ろうとする店主の足元にカンッ! とクナイが刺さる。それを忌々し気に睨みながら舌打ちをすると、店主は相手を…空神族長を視線のみで殺さんばかりの勢いで睨みつける。
「この約四年、楽しんだそうだな。」
部屋中を見渡しながらそう放つ空神族長は、最後にルゥトを一瞥すると、腰にさした刀を抜き首元にあてがう。
「………っ!」
叫びたい衝動をなんとか抑えつつ両手を上げると、空神族長は満足そうに笑みを浮かべる。男はただ心の中で舌打ちをすることしかできない。
「さて、返事を聞かせて頂こうか」
ルゥトはチラリと男を見る。自分のことはいいから逃げてほしいと視線で訴えかけるが、店主はそれに気づきつつも
「……わかった」
「駄目よお兄さん! このままじゃっ…!」
ガンッ! と何かがルゥトの体に強く圧し掛かる。苦しそうな呻き声に店主は「やめろ!」 と叫ぶが、見えざる何か……“影”は言うことを聞きそうにない。
苦しそうな呻き声は徐々に弱っていき、最終的には呼吸するのがやっとの状態となる。
堪忍袋の緖が切れた店主は、目に見えぬ速さでルゥトの上に乗っていた者を外へと蹴り飛ばすと、そのまま膝をついてルゥトの様子を確認する。
幸い、顎のあたりを強く打ち付け赤くなっているだけで、その他に怪我はなさそうで安心する。
「…お前がそれほどまでに誰かを案じるとはな」
空神族長は呆れたかのようにそう呟くと、ゴッゴッと足音を立てながら外に出る。そして振り向きながら
「一週間後、お前を迎えにくる。それまでに荷造りと別れを済ませておくことだな」
その言葉と共に町の喧騒に紛れてどこかへと消えていってしまった。
「ルゥト、どこか悪いところはないか?」
小さく咳き込みながら「大丈夫」と答えると、数回深呼吸してふぅっと一息つく。最後に一人蹴り飛ばしたことで扉は壊れてしまい、外から丸見えの状態となってしまったが今はそれどころではない。
(野次馬以外の視線を感じる。見張りをつけられたな)
男はルゥトの肩をぎゅっと握りしめるとルゥトもまた不安そうにその手を握りしめる。
「二人とも大丈夫?」
野次馬の中からパタパタとイウロバが駆け寄ってくる。そして騒ぎを聞きつけたのだろう、騎士団と自警団たちが遠くからワラワラと集まってくる。
「…………」
どこか茫然自失とした店主の肩をギンソウはそれなりに強めに叩くと、やっとで意識を取り戻したかのようにハッと我に返る。
「おい、お前ら大丈夫か」
その言葉に店主は小さく頷くと、泣きそうな顔でギュッとルゥトを抱き締める。ルゥトはザワザワと鳴り始める胸の音を治めるかのように、男の服を弱々しく握りしめた。




