第二十七話 冥府
「……久しぶりだな」
思わずそう声をかけると、向こうは帽子で顔を隠すように少し俯きながら『そうですね』とだけ返す。オリーブは、あぁ。と呟きながら
「五十年くらい前に確かこの世界に依頼で来てたんだっけ?」
その言葉に更に驚く。あの子に会ってから三年ほどしか経っていないはずだが…。だがトワは少し頷きながら「そのくらい経つかもな」と呟くのが聞こえた。
どうやら、ここと運び屋では時の流れが全然違うらしい。が、今はそんなことはどうでもいい。
「なぁ、あんたにはこの子を治す術があるのか?」
そう聞いてみると、トワはジッとルゥトを見つめるが首を傾げながら
『画面越しにはちょっと…。少々お待ちください』
そういうとドアを出たのであろう音が聞こえる。と、ほぼ同時にドアのノック音が鳴り響いた後ガチャリと先程まで画面の向こう側にいたトワがズカズカとこちらにやって来る。
背丈は昔と変わらず、認識阻害で顔は見えないが、年もそう変わらないはずだ。エルフが歳を取らないのはなんとなくでわかるが、目の前の男が昔のままなのは相当な、違和感。
「トワちんわかる?」
その言葉にトワは頷きながら
「魂が冥府に落ちているな」
そう言いながら頬にぺたりと触れる。寝ているだけにしか見えないが、トワには魂に関する何かがわかるのだろう。
「魂が冥府に落ちたらどうなる」
「…この世界では“眠っている状態”若しくは“脳死状態”と定義付けられます。ですが、他の世界では“死んだ状態”と定義付けられ、場所によっては埋葬等を始めます」
その言葉に愕然とする。ようは、死んだも同然ではないのか?
「……なんでそうなったのかわかるか?」
キーンっと頭の奥で鳴り響く耳鳴りを堪え、そう問いかけてみる。トワは今度は髪を掬い、サラサラと手から零していく。
「自分の価値がわからなくなったのでしょう」
「自分の価値?」
「災禍の子は死ねばこの世界の糧になる。でも、この子にはそれ以上に他にやるべきこと若しくはやりたい事ができた。
それはこの子にとって命を懸けるほどの価値があるものだったのでしょうが、それがわからなくなった、若しくは消えてしまったのでしょ
う」
オリーブは「ふーん」とつぶやきながらポリポリと頬を掻く。わかっているのか、わかっていないのか。因みに男はわかっていない側だ。
「要は“好きだった人に振られて傷心した結果”ですね」
「好きだった人に…?」
いつの間にそんないい関係の人がいたのだろうかと思いつつも、最大の要点である
「ルゥトを、救うことはできるのか?」
その問いに、一度シンッと沈黙が返ってくる。やはり、冥府に行ってしまったものを取り戻すことはできないのだろうか。
「できない事はないです」
トワはそう言いながら男の手を取り、ルゥトの手を握らせる。
いつも通り温かく、どこかホッとする反面今ここに魂はいないのだと悲しくもなる。
「自分とオリーブはこの子を触っても死人のような冷たさです。でも、貴方にとっては違うでしょう?」
うん。と一つ頷くと、トワはチラリとオリーブを見る。
「オリーブ。約束は覚えてるか?」
「約束? どれ?」
どこかもどかしそうなトワと顎下に指をあて、斜め上を見ながら何かを思い出そうとするオリーブ。
「出会ったときの約束だよ」
「あぁ…うん。覚えてるよ」
なら良かった。その言葉と共に立ち上がると、トワは男を見る。
「成功報酬の話をしましょう。恐らくこれは自分がやるのが一番なので」
だが、その話に割って入ったのはチューリだ。
『ちょっと待って! 勝手にポンポン話進めやんといてや!
冥府に関わるのはあんまりおすすめせんどころか大反対!』
「チューリちん、これ一応依頼だから…」
はぁ。と露骨にため息を吐きながらベッドに肘を置き、頬杖をするオリーブにチューリはぐっと詰まる。
『……わかった。でも、通信機越しに最後まで見させてもらうからな』
拗ねたようにそう言うと、プイッとそっぽを向いてしまう。確かに、仲間ならば冥府に関わるのは誰だって嫌だろうと男は内心申し訳無さの様なものを覚える。
「で、成功報酬なのですが…」
金か。労働か。もしくはその他か。そんなことを思いながら太腿の上にある手を握りしめる。
「二つ、一つ目は金。三兆ダル要求させてもらいます」
その言葉に心臓がバクバクなり始める。ギリギリ、懐にあるレベルだと。今後の生活は何かを売ったり慎ましくすれば生きていける、と。
「二つ目は運び屋に今後関わらないこと。と、いうと語弊がありますので…運び屋ともう一つ、届け屋に所属しないでください。何があっても」
その言葉に男はキョトン。と、目を丸くさせる。そんなことでいいのかと。
「…わかった。何があってもその二つには所属しないようにしよう」
「では、これを」
そう言いながら懐から紙を出し、上記二つを記載してから男に手渡し書類にサインする。名前を書こうか迷ったが、少年は自分の名前を知っているためまぁいいかと名前を書いた。
「契約成立ですね」
どこか安堵したような顔をしているような男に不信感を覚えながらも、ここはこいつを信じるしかないと一縷の望みに掛ける。
「でも、冥府から具体的にどうやってルゥトを助けるつもりなんだ?」
「冥府から魂を、押し上げます。そうすれば体を見つけて強制的に戻すことができます」
一応ちゃんとしたやり方はあるのかとかホッと安堵すると、魔空間から魔法石をいくつか取り出し始める。それらをルゥトの周りとトワの周り、そして男とオリーブの周りに置くと詠唱を始める。
「冥府。死人。悪魔。それではないもの。引きずり落とされた者」
部屋全体が光り輝いたかと思うと、次の瞬間には真っ暗闇に切り替わる。上下左右、方向感覚はあるものの、トワの周りにある光がなければその感覚すらなくなっていたかもしれない。
「此処は彼岸。死人の住む世界。生者は即刻立ち去るべし」
まるで祈るかのように両手を握りしめ、ギュッと。血が出るほどにギュウッと握りしめると、手の中が光り輝き始める。
ゆっくりゆっくり手を開くと、それもまたゆっくり、まるで何かを見聞するかのように、ユルユルとあちこち行き来しながらも、ルゥトの体の中に入ると真っ暗闇は収まり、元の見慣れた部屋に戻る。
男の体感的には数分のことであったが、時計を見てみると三時間ほどは経っていた。
ルゥトの瞼が少し震えるのを確認する。そして小さな声を漏らしながら目を開けると、「お兄さん…?」 と随分とカスカスな声で呼ばれ、思わず泣きそうになりながら
「あぁ…おはよう……」
手を握りしめながらそう挨拶すると、ルゥトは「おはよう……」と未だ眠たそうに目を擦りながら挨拶をする。それすらも、久しぶりで違和感を覚えなくもないがそれはそれと
「ありがとう、謝礼はいつ渡せばいい」
未だ祈りを捧げるかのように両手を組むトワに声をかけるとほぼ同時に、床にゴツリと音を立てながら腕が垂れる。そしてそのまま力なくオリーブの方へと倒れ込んでしまい、認識阻害のかかった帽子が取れる。
黒い髪を、ボブカットほどに切り揃えたうら若き少女であった。今度はトワの瞼が閉じてしまい、まるで眠ってしまったようだ。
「……平等階級トワ、死亡を確認。一応上級だから全隊士に報告を。それから医療部隊オリーブの離反を告げちゃって」
その言葉に、重たい沈黙と、ガラガラと何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。




