第二十六話 縁
ルゥトをイウロバに預けてから二ヶ月半ほどが経った。
どれだけ夜で歩いても、酒場で談笑をしても、どこか空虚な感覚が抜けない。朝起きて営業するのも相当だるいと思ってしまうし、早めに閉めることも増えた。
店のソファにゴロリと横になっていると、営業時間前にも関わらずコンコンコンっとノックの音が鳴り響く。
仕入れの時ならば裏口から入ってくる為、余程の急用なのか? と思いながらドアを開けると
「え…?」
イウロバとその隣にはルゥトを抱えた騎士が。
急ぎ彼女らを中に入れ、未練たらしく残してあったルゥトのベッドに寝かせると詳細を聞き始める。
ここ数日程随分と眠そうにしており、心配していたのだが今朝起こしに部屋に入ったところ何をしても目を覚まさなくなったそうだ。
男も同じく揺すったり頬を軽くペシペシしたり、冷たいものを握らせてみたりと色々してみたが起きる気配は1ミリもない。
「……ルゥト?」
そう声をかけてみるものの、何一つとして反応はない。
西の森の魔女に言われたことを思い出す。『手を握り返せ』と。敵が増える代わりに心強い味方がついてくれるとかなんとか言っていたはずだ。
それに従い、ギュッと手を握り返してみるもののなんの変化もなく、男は焦りを募らせる。
「ここ最近、ぼーっとしてる事は増えたとは思っていたのだけれど…、ごめんなさい気づけなくて」
申し訳なさそうに謝るイウロバに男は「謝ることでは!」 と、思わず大きな声を上げてしまう。
「お医者様にも診てもらったのだけれど、原因は不明。だから一応貴方にもこうして見てもらおうと思って」
胸の鼓動は確かに感じ、脈も流れているのがわかる。呼吸には乱れを感じず、目を開いてみると反射もしている様子だった。
「…なんで、こんな……」
悲痛な面持ちで俯きながら男は歯を食いしばる。イウロバは返す言葉もなくただ黙って男の背中を擦った。
災禍の子は未知の存在だ。普通の子供とは違うし、何時なにがあってもおかしくない。その事をもっと念頭に入れておくべきであったと後悔ばかりが押し寄せてくる。
「イウロバさん、ありがとうございます。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないので」
男のその言葉にイウロバは頷くと、黙って部屋をあとにした。
どのくらいの時間が経っただろうか。ベッドの横で項垂れ、祈りを込めるように。懺悔するかのように。ただ黙って手を握っていると
「何時までそうしてるの。」
と声が聞こえるが、男は何も言わずに首を横に振る。
「人間如きが祈っても、願っても、懺悔しても無駄よ」
「…ろそれでも、そうせずにはいられないのが人間なんだ…」
その言葉に返ってくるのは溜息。トワは少し面倒臭そうに
「あの子を助けたいの?」
と問いかけると男は間を置かずに
「助けたい」
と答える。するとトワはこれまた面倒臭そうにツイと部屋の隅にある正方形の紙を指差すと、それを持ってきてと指示する。
男は言われるがままにそれを手に取りトワに手渡すと、それに何か文字をしたためると鶴を織り、フッと息を吹きかけるとそれは空を羽ばたきながら何処かへと霧のように消えてしまった。
「運び屋って知ってる?」
その名前にほんの少し首を傾げるが、そう言えばと昔を思い出す。昔、主を助けてくれた子が所属していた組織の名前だったはずだと。
「古今東西、内容問わず駆けつけてくれる何でも屋。その対価は時価だし場合によっては労働になる事もある」
そこまで話すと部屋にノックの音が鳴り響き、返事をする前に中に入ってきたのは金のサラサラとした癖のない髪に、大きな瞳は若草色で白いながらも健康的な肌を持った
「エルフ…」
特徴的な耳を見て思わずそう呟く。神代の頃は彼女のような姿形が“人間”であったが、神がいなくなったため現在の姿になったと言われている。
「じゃぁ、私も眠たいから寝るわね。あとはよろしく」
トワはそう言うと横になり、そのまま瞳を閉じてしまった。規則正しい寝息と胸の動きだけが見られる。
「えっと…初めまして…?」
「うん、はじめましてぇ。依頼を受けた運び屋ですぅ」
背丈は男よりも高く、二メートルは優に超えている筈だ。久しぶりに人を見上げるなと思いながらベッド脇から離れると、エルフは手に持っている箱型のものを取り出すとピッという音とともに右耳には六つ、左耳には五つピアスが空いている男が映る。
亜麻色の髪を根本で結び、前に流している姿はどことなく妖艶だ。その男はエルフと何やら話しているが、喋る度に見える舌にも三ヶ所ほど空いているようだった。
「今更ですけど、私オリーブって言います。こっちはチューリちんですっ」
「はい、よろしくお願いします」
どこかほんわかした雰囲気のオリーブと違い、真面目そうなチューリは依頼内容を再度確認する。
『体の機能は動いているけど、目を覚まさない。そんな感じの内容ですけど…これ、誰が書いたんですか?神話時代の文字なのでオリーブを向かわせましたが…』
「えっと…」
どう説明したものかと少し困る。トワのことを話してもいいのか、そもそもこの人たちを信用しきって良いのか。
「んー。器と魂が違うから、その人が今回依頼をしたんだと思う」
『じゃぁ本来は器に何が入ってるんや?』
オリーブに話しかけたためか、急に訛り始めるチューリに少し驚きつつも
「普通の女の子が入ってます」
男の言葉にチューリはうーんと唸りながら
『魂に関連するのに詳しい人は二人程おるけど…』
「じゃぁそいつ…その人から話を聞きたい。…です」
男はそう言うが、オリーブは首を横に振りながら
「一人は今依頼でいないし、もう一人はいるけど随分と気分屋だし、この間上司を殺して謹慎処分を食らってるんですよねぇ」
はあぁ…。と特大のため息を吐く。
「上司を殺したって…」
自分のときには一ミリも考えなかった事を平然とやりのけるそいつが気になってしまう。余程のことがあったのか、本当に短気なのか。
「やばいやつなのか?」
思わずそう尋ねてみると、2人は首を横に振りながら
「人によっては嫌な人。人によっては良い人。ってやつですね。上層部とはよく喧嘩してます」
「あなたたち2人にとっては?」
『人使いは荒いけど、悪い人ではない』
「私は好きですねぇ、一緒にいて飽きないし」
二人から違う印象が返ってくるが、悪い人間ではなさそうだと少し安堵する。
「依頼が終わるのと、謹慎が解けるのどっちが早いですか」
チューリはせやなぁと呟きながら、カチャカチャと何かを弄くり回す。それは風神族で昔見たものに似ているようで少し違うようにも思えた。
「それは…?」
『あぁ、これざっくりいうと機械ですね。神代に近いとあまりこういうの使わないですもんね』
チューリはそう答えながらも調べる手を止めない。男は風神族で使っているものを進化させるとあぁなるのかと少し納得する。と、同時に少しばかり恐怖心が芽生える。
今目の前の…正確にはどこにいるかもわからない男はその機械を操作して様々なことを調べているが、その中にたくさんの情報が詰め込まれているのかと。そんなことを考えていると、ウィーンという音が聞こえ、
『チューリ、治療用の物品と武器庫の火薬類がまた盗まれてるぞ。管理体制をどうにかしてくれ』
と声が聞こえる。
『えぇ?! また盗まれてるん?!』
『まただ。それかいっそ各自での管理に変えろ。じゃないと金が勿体無い』
その言葉にチューリは頭を抱える。が、オリーブはその話には興味なさそうに
「あれ、謹慎は?」
その言葉にこいつが例の…と思っていると
『まだ本来なら謹慎中だよ。でもサフィアのことを少し殴ったら解除してもらえた』
などと少し物騒な言葉が聞こえる。チューリはそれに対してため息を吐き、オリーブはアハハ! と笑う。
「…笑い事なのか?」
「笑い事ですよぉ。あいつら、私達エルフを性奴隷として見てるから嫌いなんです」
サラリとお出しされるものに言葉を失う。
「…すまない、俺みたいな男が隣りに居ても平気か?」
そう答えるので精一杯だった。オリーブはキョトンと目を丸くさせた後、大口を開けながら
「気にしないですよぉ! これでも私、それなりに強いんで!
それに、何かあったらトワちんがどうにかしてくれるんで。ねー、トワちん!」
『んー?』
という声と共に姿を現したのは以前会った、帽子に認識阻害をかけた少年で、向こうも少し驚いたような顔をしていた。




