第二十五話 一時の別居
ルゥトが体調を崩してから数日が過ぎた。以前あげたシートを持ち、サンドウィッチ等を持って王都の外れにある草原に向かう。
心地よい風が流れ、頬を擽り、草も揺れてその音が心地よい。
季節は春。日向は暖かいが、風が吹くとまだ若干冷えが勝つ時期だ。
以前渡したピクニック用品一式を使って楽しく一日を過ごす。
先日の体調不良はどういったものか。現在はどんな状態か。男にはわからないから寄り添い切ることができないこと。そういった話をしつつ、その他にも楽しい話で花を咲かせる。
空は雲一つない快晴だ。
風が草木を揺らし、花を散らせる。
太陽はこちらを照らし、寒さからまるで身を守ってくれているかのようだ。
三年前に比べて随分と女の子らしくなったルゥトと、一応鍛えているがために筋肉がつき、背丈も随分と伸びた男。
端から見ると仲睦まじい兄妹にしか見えない。
「ルゥト、俺はしばらく王都を離れないといけないんだ」
男は悲しそうな顔でそう言うと、そっと優しくルゥトの頭を撫でる。
「だからその間、イウロバさんの世話になる事になった。
どのくらいの期間になるかはわからないが、我慢できるか?」
その言葉にルゥトは少し眉を顰めながらも
「うーん、わかった。でもどうして王都を離れるの?」
至極真っ当な疑問だ。男はそれに対して困った顔をする。
「昔の職場の人間が俺を探していてな。当てをつけられて、少し姿を晦ます予定だ」
「……ふーん」
どこか納得のいかない顔をしながらも、そう返すルゥトに「いい子にしているんだぞ」と言い聞かせることしかできない自分に、不甲斐なさを感じてしまう。
「いつからイウロバさんの所で過ごし始める予定なの?」
「少し急で申し訳ないんだが、明日からの予定だ。結構勘付かれているようでな」
男は少し目を伏せながらそう言うと、風に流れる草を眺める。その横顔をルゥトはじっと見つめながら
「私は一緒に行けないの?」
と問いかけてみる。
「残念ながら魔力の痕を追われると面倒だし、ルゥトを庇いながら逃げれるか如何かわからない。だから……」
そこまで言うとルゥトは再度不服そうな顔をしながら「わかった」と呟く。
だが口元は尖り、目にはありありと「嫌です」と書かれていたが仕方がない。
「…ごめんな」
心からの本音だ。だがもう立ち止まることも、自分のことだけを考えるのも止めるつもりだ。
この子が、何不自由なく生きていくためにはこうするのが一番なのだ。
心の中に蓋をする。
己一人の手でなんとか閉じれるほどのサイズの箱。元々はドロドロのぐちゃぐちゃだった箱は、いつしかキラキラと輝く宝石よりも価値のあるものでいっぱいになり、閉じるのに随分と苦労した。だが…
「帰ろうか、明日からイウロバさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
その言葉にルゥトは何を答えるでもなく、ただ黙って敷物を片付け始めた。
翌日の昼、イウロバに手土産を持参してルゥトを託す。想像以上の豪邸に思わず目を見開き、メイドに騎士まで複数人従えていることにも驚いたが、皆どこの馬の骨とも知れないルゥトを優しく迎え入れてくれた。
「じゃぁ、色々事が済んだらまた来て頂戴な」
イウロバはそう言うとルゥトの手を引いて屋敷の中へと入ってしまった。ルゥトは肩越しに男をチラリと見やると、唯一持ってきていたぬいぐるみを軽く振ってバタンと扉は閉まってしまった。
男は家に戻ると、明日から店をオープンするために様々な用意をする。食材にテーブルのセット、補充系のものに掃除系統の最終確認。
それらすべてを終えると紅茶を作るが、その流れでついいつもの癖でココアも作ってしまう。
「しまったな…」
思わずそう呟きながら紅茶とココアを交互に飲む。何故そんなことをしているのかは自分でも全然わからないが、脳が何かを拒否しているかのような奇妙な感覚だ。
しんっと静かな家。いつもならばパタパタと忙しない足音が聞こえてくるが今はそれがない。
「……存外、寂しいものだな」
ポツリ、呟く言葉も床に転がり落ちるだけで拾い上げてくれる人はいない。男は何だか全てが馬鹿馬鹿しく思えてしまい、日が沈む頃寂しさを埋めるために町に繰り出した。
周囲を見渡すと高価なもので溢れていた。絵画に壺、今立っている絨毯もふかふかと柔らかく変な感じだ。
イウロバはいつもと同じくニコニコと笑顔で、周りの騎士やメイドたちもそれに合わせるかのように、ニコニコと笑顔を浮かべてくれていた。だがそれは恐らく自分が怖がらないようにするためのものだろうと、ルゥトは思いながらぬいぐるみを抱きしめる。
「あなたの部屋は二階のあの奥の部屋よ」
案内された部屋は自宅の部屋の4倍ほどの広さがあるはずだ。メイドたちは静かな微笑みを浮かべながら菓子を持ってきてテーブルの上に並べる。
それを頂くと想像通り美味しく、言葉に言い表せられない味だった。が
(お兄さんの味が恋しい…)
とすでにホームシック状態。
「ルゥトちゃん。寝室には本がいっぱいあるの。そしてあそこの部屋にはもっともっとたくさんの本があってね……」
と部屋の案内をされる。さすがにイウロバの部屋の案内はされなかったが、それ以外の部屋は一通り教わり、騎士達の訓練所の場所も教わった。
「じゃぁ今日からよろしくね」
その言葉にぬいぐるみを抱きしめながら頷くと、イウロバは笑みを深める。以前、元々は娘がいて嫁入りしたためここには居ないと聞いていたが…。家具の殆どを新調されているとは思っていなかった。
「……よろしくお願いします」
何故か人見知るルゥトに皆が笑ってしまい、ルゥトも少し笑ってしまう。
こうして二人の別々の生活が始まった。
男は毎日仕事で忙しく、夜になると偶に町に繰り出しては寂しさを紛らわせていた。
ルゥトは偶に騎士の訓練を眺めては、自分もあぁなりたいなと様々な姿に思いを馳せていた。
「ルゥトちゃんはイウロバ様のご親戚なのですか?」
側に仕えていたメイドが本当に、何となくで聞いたものだった。
「ううん、違うわ。私は王都の住民街にあるカフェ『ルナストーン』で働いていたの」
「あぁ例の。最近、人手が足りなくて随分と忙しそうにしているそうですね」
「……営業、しているの?」
メイドは頷きながら
「はい。店主がイケメンなので随分と有名ですよ。仕事の募集をしていないかしょっちゅう確認しに行く人がいるくらいに」
キーン。と、耳鳴りが響き渡る。男が嘘をついているのは知っていた。でも、
「ルゥト様はなぜあそこを辞められたのですか?随分と好調なのに…。」
その言葉が、胸に突き刺さる。
そうか。辞めたことにすらなっていたのか。それは、つまり…。
「あぁルゥトちゃん。今日はよかったら少し町を歩かない?うちの屋敷だけじゃ暇になっちゃうでしょ?晩御飯もたまには外で食べましょ」
夕方頃、そう誘われてしまい、急いで着替えて外に出る。しょうもない話に花を咲かせながらも胸の中はモヤモヤでいっぱいだ。
町ゆく人々を横目に見遣る。仕事中であろう人。帰宅中であろう人。金の関係であろう人。それとは逆に本当に想い合っているのであろう人。そんな中、よく見知った顔をみかけた。その隣には随分ときれいな女性。
思わず足が止まりそうになるのをなんとかこらえ、店につき食事を頼むが食べ物が喉を通らない。
イウロバの話に何とか相槌を打ちつつも、脳内で警鐘が鳴り響く。これはいけないと。このままではなにもできなくなってしまう。生きている意味が、なくなってしまう。
「美味しかったわね。ルゥトちゃん、ゆっくりでいいからね」
半分ほどしか食べれていない料理に目を向ける。どれもこれも一級品で、常ならば美味しい美味しいと口いっぱいに頬張るがそんな気にすらならない。
「……ごめんなさい、少しお腹の調子が悪くて…」
そう嘘をつくと、イウロバは「あらそう、無理は駄目よ」と皿を下げてもらう。
帰りには見知った顔は見当たらず、ただ、ひたすらにぼうっと月を眺めていた。




