第二十四話 男と女
あれから約一週間。男とそろそろ久しぶりに開店するかと話し合いをし始めていた頃、妙に体調が悪いことが増えた。熱が普段より高く、ほんの少しの吐き気と頭痛。それなりの腰痛に何よりひどい腹痛で布団から出られない。
常ならば男より先に起きてカーテンを開け、花に水を上げたりとちょっとしたルーティンがあるがそれすらできそうにない。
ヨロヨロと布団から出てトイレに向かう。お腹が痛いはずなのに出るものは出ない代わりに、初めての感触にゾワリと体中が逆なでされる感覚に犯される。
恐る恐るトイレを覗くとそこには真っ赤な血。さらに下着を見てみるとそこも真っ赤に染まっており、ズボンまで真っ赤。
布団は幸いほんの少しの赤くなる程度で済んではいるものの、初めての体験な上にこんな現象は知らないぞと痛む体に鞭打って男の部屋をノックする。
中からは聞こえるか聞こえないか程度の声で「はぁい…」と返事がありガチャリと開けるとやはり布団に包まる男が。
昔ならば飛びついて起こしていたが今はそんな元気も余裕もない。
「お兄さん…。」
いつもと違う様子に気づいたようで、寝ぼけ眼で起き上がると目を擦りながらどうした?と声をかける。
「あのね、血が。血が」
もしかして何かの病気か。それとも知らぬうちに何かされたのか。そんな不安から涙がボロボロと溢れてしまい、男は慌てふためきながらルゥトの話を聞くと一つ思い当たる現象に行き着く。
が、彼は男でルゥトは女。思い当たるがどうしたらいいのか等は何一つとして知らない。
「取り敢えず、服を一旦着替えよう。それから念の為病院に…。」
風呂で軽く体を洗い流し、黒い服に着替える。見えてはいけないと思い更に外套で全体を隠し、お腹が痛いとのことで背負って病院に向かう途中偶々イウロバと出会い、軽く話をして助けを乞う。
「あらまぁ。病院に行くほどではないけど、取り敢えず必要なものは揃えましょうか」
そう言って薬屋に入り、痛み止め兼吐き気止めを買い、次いでそれ用の下着と血を受け止めるようの布を買い足す。
その他にも腰と腹を温めるための魔法石に、うちには紅茶とココアしかないのでノンカフェインのお茶に湯たんぽ。
それらを買い終えると店に戻り、諸々のことを任せて茶を作る。
しばらくすると痛みも落ち着いたようですっかり顔色も良くなり、すうっと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
音を立てないようにこっそり部屋を出、カウンター席にイウロバを案内するとそのままケーキと紅茶をテーブルに置き深々と頭を下げながら
「本当にありがとうございました…」
深々と頭を下げる男にイウロバは「顔を上げて」と肩をポンポンと叩く。
「大人になった証拠よ。それに、性差はあるものだから貴方も気にしすぎては駄目よ」
などと諭される。が、男は難しいような悲しいような顔をするのをやめず、寧ろ苦しそうな顔をしながら
「俺には保護者は無理だったんです」
などと弱気な発言を吐露し始める。その言葉に驚いたイウロバは一瞬目を見開いたものの、即座に笑みを浮かべながら
「どうしてそう思うの?」
と、問いかけてみる。
「…どう扱ったらいいのかわからなくなってきちゃって…。ルゥトはこれから先大人になる。その時、俺一人であの子の良い理解者になれる自信がないんです…」
確かに、この年頃の青年一人で女の子を育てるのはいろんな意味できついだろう。だが。
「あなたなら大丈夫よ」
紅茶に角砂糖を一つ入れ、ティースプーンでクルクルと紅茶を混ぜる。その所作に男はこの人はどこぞのお貴族様なのだろうなと、関係のないことを思いながら
「……当時の俺は犬猫を拾った感覚だったんです。きっと。でも、こうして成長して、大人になって…当たり前だけど女性になっていく中で俺には…」
少し先のことを思ってみる。大人の女性らしい服装で、陽の下で楽しそう花のように笑う彼女の姿を思い浮かべる。自分には、そんな未来を作り上げることができない。
逃れるように、人目を避けて、暗い路地裏をさまような生活しかきっとできない。
「イウロバさん、一つ相談…というよりはお願い事があります」
その話に再度彼女は目を見開きながらも、小さく微笑みながら
「わかったわ。でも、あの子がそれを拒んだなら……わかっているわね?」
男はその言葉に小さく不安そうに頷く。
イウロバはじゃぁねと言いながら店を出、男は二階のルゥトの部屋に向かうと起きており、不安そうな顔で男を見る。
「私、何かの病気とかじゃぁないの?」
その言葉に、男は首を横に振る。
「女の子から女の人になるために通る道だよ。病気でも何でもない。でも、俺には経験のないことだから少し慌てたんだ、心配かけてすまない」
男の言葉に、ほっと安堵したかのような顔をすると少し微笑む。
「ふふ。成長してるってことね。私としては嬉しい限りだわ」
いつもよりほんの少し青い顔でそう言うと、薬が切れ始めたのだろうお腹を擦り始めたのでお湯を入れたコップと薬を手渡す。
ルゥトはそれを飲むと、お腹が空いたと呟いたので大好きなオムライスをいつもより小さめに作り、いつもなら椅子に座らせるが今日は特例としてベッドで食べさせる。
「…ルゥトは大人になりたいのか?」
素朴な疑問を投げつけてみる。本人はキョトンとした顔をした後、パッと明るい笑顔を浮かべながら
「うん! なりたい!」
口の端にケチャップをつけたまま嬉しそうに笑う姿にほんの少しの胸が痛くなる。ポケットからハンカチを取り出し、それを拭うとふふふと笑みを深める。
「そうか。そうだよな。その為に、旅をしたんだもんな」
「うん!」
そう言うとオムライスを掻き込み、美味しかった!満足そうな顔でこちらを見る。
それに対して目を逸らしながら皿を受け取ると流しで皿を洗い始める。
「………よしっ」
ある一つの意思を固める。あの子が幸せになるためならなんだってしてやるし、自分自身だって殺してみせる。
昼間のイウロバとの話を思い出す。お言葉に甘えて、すべてを手放す為に準備を…腹を括る。




