第二十二話 帰宅
時神族を出てから約半年が過ぎた。要は合計一年間、王都にある喫茶店を休業していたことになる。
家に戻ると埃と蜘蛛の巣だらけですぐに営業というわけにはいかず、数日間は掃除に追われる羽目になった。
ルゥトは身体的には成長したにも関わらず、特にこれといった反抗期もなければ、精神的に成長した様子もない。
部屋も相変わらず散らかしっぱなし。不器用で洗濯物を畳むのも下手。料理のスキルも上がらない。
これでは図体がでかくなった妹を持っただけだと、男は心の中で思いながらも一つ変わった点があった。
魔法を、使えるようになった。
物を浮かす程度の物ではあるが、正直重いものを持つときにかなり楽だ。男は力に自信はあるものの、面倒くさいものは面倒くさい。そして何より時短になる。
そう思いながら掃除を進め始めて三日目、仲の良い訪問者二人と男の大嫌いな訪問者が一人。
テーブル席に腰掛け、仲睦まじそうに四人が談笑しているのをキッチンから遠巻きに眺める。加わるのが嫌というわけではないが、そんな気分ではないのだ。
そんなことを思いながらキッチンの隅にいる蜘蛛を追い払い、冷蔵庫の中を綺麗に片付けていく。ふうっと息をつくと楽しそうな笑い声が耳に入り、不思議と積もる不快感を払拭するため、二階の自室に引きこもり今朝の新聞を読み始める。
どうやら水神族の長が急逝し、巫女が変わりに長となったようだ。記憶にある限り、巫女はルゥトとそう歳の差はなくそれこそお転婆な所があった気がするが、写真に映る彼女は無表情で、感情がどこかに逃げてしまったかのようであった。
その隣に映る側近は昔と変わらずニコニコと、愛想の良い笑みを浮かべているものの、目元は蛇のようだ。まるで、写真越しにこちらを見据えているかのような不気味ささえ感じる。
その他にも火神族の経済状況は上がる一方、空神族は下がる一方であること。雷神族は四年前の暗殺以来、やっとで正式に長が決まったことが書かれていた。
どの記事に対しても「ふぅん」以上の感想を持つことなくそれを閉じ、空を見上げる。今朝方は快晴だったが、現在曇天の空は今にも泣きだしてしまいそうで、干していた洗濯物を取り込み、畳んでいく。
すると、パタパタと忙しない足音が聞こえたかと思うとバンッ! と扉を開き
「お兄さん! 気になってた本が入荷したらしいから行ってくるわ!」
と、目をキラキラと輝かせながら扉を閉めて再度階段を降りる音がする。
昔に比べて単独行動が増えたな。そう思いながら洗濯物を畳んでいき、すべてを終えると湯を沸かし紅茶を作る。
昨日買ったクッキーを取り出し、一人モソモソと食べるが味気なく感じてしまいそれを冷蔵庫に戻すと紅茶だけを飲む。
サアァァっと、雨が地面を濡らす音が聞こえ始める。窓辺でボーッと外を眺めながら3年前を…捨てたものを思い出す。
(昔、毒を盛られた日も雨だった気がするな)
あれほどの無力感を味わったことはない。そして持ちかけられた水神族の長からの条件。それを言い切る前に己を押し退け、態々毒入りの茶を飲み解析してくれた少年。
(時神族を訪れて以来、たまに思い出してしまうな)
強い眠気が覆いかぶさる。まるで寝てしまえと耳元で囁かれているかのように感じるが、それを振り払い、傘を持ち外に出る。
買い物でもしようかと、数件先の本屋を横目にちらりと見てみると、案の定ルゥトとエニシダが楽しそうに談笑しているのが見えた。
自分はこのまま、どこに向かえばいいのだろうか。そんなことを漠然と考えてしまう。
いや、それだけではない。
ルゥトをこのまま王都に住まわせていいのか。もっと言えば自分なんかといても良いのだろうか。
犯罪者ではないものの、お尋ね者のようなものだ。そんな人間と、一緒にいてなんの得があるのだろうか。
ナイーブになっていると、ビュウっ! と強い風に煽られ傘が完全に逝ってしまい、舌打ちをしながら傘を閉じて目当ての店に入りあれこれと買い物をしていく。
いつもなら隣にルゥトがいて、何が食べたいかなどを話しているのだが…
「お兄さん、会うのも久しぶりだけどルゥトちゃんがいないのは珍しいねぇ」
ニコニコと、愛想のいい店主がそう言いながら買ったものを袋に入れ手渡してくれる。
「友達ができたみたいで」
できる限り笑顔でそう答えると、店主に「妹離れのときだねぇ」と呟かれ少しもやっとしてしまう。なるほど、世間の兄とはこうして妹離れをするのかと思いながら店を出る。
バサッと傘を開くとバキバキで、そういえば壊れたのだったと思い出しそれを閉じると
「あれぇ、傘壊れちゃったの?」
ビショビショのルゥトが本を抱えて佇んでいた。少し驚きつつも冷静に
「あぁ、強風に煽られてな。それよりあいつは…。」
「ん? あーっと……本屋で買い物をしてたらお兄さんが見えたから、追いかけてきたの。」
ニコニコと笑う顔はやはり見知ったもので、何故か安堵すると共に別の感情が入り乱れるのを感じる。それに蓋をしながら
「残念だが傘は壊れてるんだ。当てが外れたな」
皮肉交じりにそういうと、ルゥトはキョトンとした顔で小首をかしげながら
「私はお兄さんがいたから追いかけてきただけよ」
驚きのあまりに目を見開いてしまう。それと同時に、何処かもやもやしていたものが一気に吹き飛ぶのも感じる。
天気は生憎の雨の中、自分の心の中だけが晴れ渡り、少し肌寒い中、心の中はポカポカと温もりを感じる。
「ね、もう少し時間が経つともっと雨が強くなりそうだわ!急いで帰りましょ!」
そう言って手を握り走り始める。
昔を思い出す。それは捨てたものではなく、ただ気まぐれ…そして贖罪のために拾い上げたもの。
未だに本人が当時のことをどう思っているのかはわからないが、もし今この瞬間が仮に復讐の一環だったとしても自分はそれを許せる……というより甘んじて受け入れることができるし、それ以上の幸せをもらっている。
寝ているときに首を狙われたとしよう。ご飯のときに毒を盛られたとしよう。なんの考えもなく糾弾しながらただただ命を獲りに来たとしよう。
自分はそれをきっと笑って許すことができるはずだ。




