第二十一話 男の過去と原罪
初めて彼に会ったのは四年ほど前、大武闘会に出場した際ら対峙した相手。
口の端、目元、頬はピクリとも動かず、人を見下しているように見えるが、ある程度の実力者だけがわかるほどに、常に周囲を警戒しているのがわかる気配。
予選時から刀には常に手をかけ、己が主人の周りに注意を払い、顔は動かさずとも常に周りの動向を探っているのがよく見ていればわかった。そう、よく見ていれば。
自分とはそう歳の変わらぬ少年。最年少で大武闘会にて二回連続優勝し、欲しいものはないと答えたことにより、困った王が莫大な富とちょっとした地位を渡そうとしたが後者は断られた。
四年前、そんな彼に恋をした。
初の大武闘会での初の顔合わせ。会場から湧き上がる大喝采と熱気。
時分は恐らく、かなり呆けた顔をしていたはずだ。
ドキドキと胸の鼓動は早鐘を打ち、脈はいつもより血の流れを早め、頭はクラクラと熱に魘され、キーンと耳鳴りが止まらない。
綺麗な顔に見惚れたのもあるが、それ以上に芯の通った彼自身にずっと、惹かれつつあったのだ。顔が好みだったのは後付けにすぎない。
一瞬だった。鯉口を切る音より早く首元に刀を当てられており、もしこれが実戦だったならばすでに自分は死んでいた。
家庭的な煮物の匂いに混ざるのはおそらくこの直前に人を殺したのだろう、血の匂い。それに気付けるのはこれほどまでに至近距離まで詰められたからだ。
魔法使いである自分が至近距離に詰められたら、もう為す術なく降参する他あるまい。
手を上げ降参をすると彼はこちらには一瞥もくれずに、さっさと控室に戻ってしまった。だがその時の顔が忘れられず、二年後優勝して少しでも距離が縮められるよう、研鑽を重ねに重ねまくった。
二年前は四年前と比べて当たり前だが、背丈が伸びていた。そして何より逞しく顔つきも男らしくなっていた。
だがこの年も男に負けてしまった。前回の経験を活かし、ゴングの音と共に防御を展開してひたすら守りに徹してから、距離を取り、得意の魔法で攻撃を仕掛けたが自分が勝つことはなかった。
「前回より腕を上げたんだな」
興味なさ気に、ぶっきらぼうにそう言われたが、天にも登る気持ちだったのを今でも思い出せる。
次こそはと意気込んでいたのだが、戦争が起こり彼は姿を晦ました。
一部では、仲間に討たれた。あまりに綺麗な顔で遺体を持ち去られた。一族に愛想を尽かした。こういった噂が囁かれていたがどれが真実かわからずじまいだった。
その真実を解明できないかとちょっとした希望を持ちつつ、今年の大武闘会に参加した。決勝でボロボロにされたが、相手の反則負けで勝ちとは言いたくないものを得て、願いを…彼を探してほしいと願ったものの、王はこれを拒否した。人権侵害に値すると。
それもそうだと思い、前回と前々回の彼同様、願いはないと答えると莫大な富と一部の土地を明け渡してくれた。
それからはずっと流されるがままに旅をしてきた。
渡された土地には両親と弟が住み、本屋を営み始めたそうだ。
そして近所にあるカフェの娘さんに弟がお熱のようだと、父は随分と楽しそうに話していた。
そして、恋焦がれていた男が目の前にいる。昔と違い表情筋は生き、怒り、不安そうにし、笑う。そしてやはり二年前に比べて逞しくなり、背丈も随分と伸びていた。
少女が彼を変えたのか、彼自身が気づいたら変わっていたのか。目の前で蹲る二人に嫉妬に似た感情を持ちつつも、微笑ましい気持ちで見つめる。
恐らくその視線に彼は気づいているだろう。だが咎められない辺り気にしていないのか、小さな寝息が聞こえる辺り、起こさないようにしているのか。
少女が興味を持ち、興奮してしまうだろうからと、使わなかった風魔法で木を拾い集め、自分の横に置くといくつかポイッと火に焚べる。
いつ襲ってくるかわからないため、遠くに見える魔獣を水魔法で捕らえ、自分でも残酷だとは思うが溺死させ、わからないようにと対岸の奥に投げ捨てる。
男と言葉を交わせないのは寂しいことだが、仕方がないと割り切る。
むしろ少女がいなければ人がいることに気付なかったし、こうして近くで再度会うこともできなかった。そこには感謝せねばなるまい。
否、厳密に言うと二回ほど王都で再会自体したことはあるが…。
だがなぜ二人がここにいるのかはわからないし、普段どこに住んでいるのかも知らない。
だからせめて、この二人の旅に障害が立ちはだかりませんように。とだけ、祈りを捧げた。
翌日、ルゥトが目を覚ますとトワはおらず、男はルゥトを起こさないよう、ゆっくり何かを用意していた。
するとどこかに行っていたのであろうトワが戻ってくると、ニコリと笑いながら「おはよう」と挨拶を交わす。
「私はこれを食べたらここを出ます」
そう言いながら釣ったのか、魔法で捕らえたのか、魚を串に刺し焼き始める。
男は魔空間からフライパンを取り出し目玉焼きを作り、パンを軽く炙ってサンドイッチを作る。
それをルゥトに差し出し、自分は非常食の固く無味のパンをもそもそ食べているとトワはこれを。と焼き魚を手渡す。
「……ありがとう。」
疑いの目を向けながらもそれを受け取ると、骨ごとバリバリと食べる二人のその様子にルゥトは少し驚く。
なるほど、野営とはこういうものなのかと。今は男が自分を甘やかしているだけで、本来ならばこうなのだと。
ご飯を食べ終え火を消し、トワに手を振りながら野営地を後にする。この様子だとあと1日もあれば辿り着くはずだと、ルゥトは心の中で思う。
そして無意識に男の手を強く握ってしまった。
歩くこと数時間。日が落ち始める頃、もともとは神殿のあった場所が見え始める。
神殿は焼け崩れ、ここからではまだ見えないが、里の家屋等も焼け落ちている筈だ。
開けた河原が見え始め、腰を下ろすとルゥトもそれに倣って隣に腰掛ける。
昔を思い出す。ここで災禍の子と主はよく遊んでいた。時々、殺意も悪意もないただの興味のような視線を感じていたが、今にして思えばそれは恐らくルゥトだったのだろう。
「ルゥトはよくここに来ていたのか?」
そう問いかけてみるが首を傾げるだけだった。
「私、里にいた時のことはいまいち覚えていないの。嫌なことばかりだったから、記憶から消したいのかも。」
「……そうか。」
里にいた時、この子にとっての幸せや喜びは何だったのだろうかと考える。暴力は確実に受けていたはずだ。
それが日常的なものなのか、時々気まぐれに行われていたのかはわからない。
「でも、里の人が私がまだ生きていると知ったときの顔を見るのは少し愉快だったわ。里の人たちは私たちが死ぬように仕組んだけど、相性最悪だったから。」
子供のように無邪気に笑うが内容は子供らしさの欠片もないものだった。
「里の人は私は餓死か毒草を食べて死ぬ、それか世界の果てに落ちるように。
妹には魔獣に食い殺されることを望んだ。けど私は植物と少しだけど会話できるし、妹に関しては動物だけでなく魔獣とも会話ができる。
だから望んだ結果にならなかったし、私たちを見る度に絶望したような顔をしていた。」
まるで他人事のように話すが、本人に起きた…というより仕組まれていたことだ。
男はそして自分の昔のことを思い出す。スラムで喧嘩した時のこと。兄が泣いて迎えに来たこと。そして、初めて人を…。
「お兄さん、顔色が悪いわ。どうしたの?」
手を振りながらオロオロと狼狽え、困ったようにそう言うと項垂れてしまう。何故かそれを見て元気をもらい、頭を撫でると小さな笑い声が聞こえる。
風が冷え始め、丁度洞穴が森の方に見えたため、そのままの勢いで夕飯を作り眠りについた。
翌朝、シンシンと降り始める雪に溜め息を吐きながらもルゥトを起こす。服を何重にも着せ、手袋も念の為に二重にしその中には保温性の高い魔法石を握らせた。
「お前は今から俺の保温バックの様なものだ。いいな。」
そう言いながら抱き上げると、案の定ポカポカと温かい。
ホウッと白い息を吐きながら時神族の里に入ると、昔と違い焼け崩れた家屋しかなく人ひとりとしていないが、白骨化したものが散見される状態に少し寂しさを覚える。
あの日、男は誰かを殺しはしなかったが部下を止めることができなかった。
だからこれは自分の罪でもあるのかもしれない。そう思いながら里の中を歩き続ける。
向かう先がわからず、取り敢えず神殿に向かってはいるものの、これであっているのかと思っていると「そこを右に行って」と指示を出されたので、言われるがままに進み始める。
向かう先はおそらく世界の果て。昔、前主と見に行ったことはあるが、時神族の里から恐ろしいほど近く、地震などがあればすぐに飲み込まれるのではないのかと考えたほどだ。
そう思っていたのだが…。
「俺が知っているよりも遠いし…山?」
先程まではなかったはずの山が見え始める。百は階段を登らねばならない神殿よりももっと高く、麓まで来るとそこには不揃いの石段が山頂まで続いていた。
一段一段、進むごとに足が少しずつ重くなるのを感じる。疲労などではなく、もっと別の何かが背中にずっしりとのしかかっているように感じて、正直かなり息苦しい。
「お兄さん大丈夫?」
心配そうな瞳でこちらを覗き込むルゥトに「大丈夫」と返しながら頭を撫でるとほぼ同時に上の方から笑い声が降り注ぎ始める。
(子供…?)
若干不気味に思いながらも登り切るとそこには鳥居があり、その奥には相当ボロボロになった拝殿が。ルゥトを下ろし、鳥居を潜ると
「これは…」
今まで見えなかったルゥトとそう歳の変わらない子どもたちが楽しそうに境内を走り回る。
鬼ごっこをしているのだろう、タッチをしては他の子を追いかけ、タッチをしてはその繰り返し。
「これまでの災禍の子たちの彷徨える魂よ」
そう言いながら菓子と玩具を取り出し、境内の中心に置くと、子どもたちはワラワラとそれに集り、キャッキャと楽しそうに遊び始める。
「生まれる前に殺されたけど、本来ならば七歳までは生きる予定だった。でもそれが出来ず、輪廻の和に入り損ねて、ここで遊び続けるの。この世界が終わるその時まで。」
男の手をきゅっと握りしめる。
男は拝殿を見やり、ルゥトはここに住んでいたのかと嫌な気持ちになるが本人は何も気にすることなく、あろう事がその脇にある叢をかき分けて、先へと進み始める。
「あ、こら! 危ないだろ!」
そう怒りながらも後を付いていく。数分ほど歩き続けると、ボロボロになった小屋が見え始める。
数年前からこうなのか、誰も住まなくなったからこうなったのか。
雨風を凌ぐことができるかどうか程度の小屋で、嫌な気配が漂っており正直中には入りたくないとさえ思える程のものだ。
「私の家よ」
ルゥトはそう言いながら小屋の扉を開けたとほぼ同時に聞こえたのは奇声と怒声、悲鳴に助けを乞う声とまさに阿鼻叫喚。男はそれに耐えきれず他に伏せてしまい、朝食べたもののすべてを地面へと吐き戻してしまう。
「これは…」
口についた吐瀉物を拭いながら小屋の中を見ると異様な光景が広がっていた。
六畳ほどの部屋の半分は人形で埋め尽くされており、遠目に見ても呪具の類だとわかるほどのものだ。
そしてそこら中に張り巡らされた札に、いつのものかもわからない程に変色した血。
それらは天井にまで飛び散っており、何がどうなったらこうなるのだと、頭の中には疑問が浮かび上がるばかりだ。
「私たち災禍の子は生まれる前にここで殺される。そして母の髪と子供の皮膚を使って人形を作り、魂がここに留まるように仕組んだ。結果、子どもたちはあぁして境内に魂を縛り付けられちゃったの」
ルゥトはそう言いながら真ん中の畳をひっくり返すと、そこには螺旋状の階段が。男はカンテラを取り出し火をつけると、再度ルゥトを抱えて階段を降り始める。
来たときよりもずっとずっと長い時間階段を降り続ける。
冷たい風が下から吹き付けてくるが、今度は不思議と疲れはたまらず、ただ黙々と降り続けていく。
(…昔、毒を盛った間者を拷問にかけた時、神殿から地下に行ったけど、それより更に下だな。)
壁面に描かれている数多の絵を見ながら進んでいると、六畳にも満たない部屋に出る。その中心には窪みと七色に輝く六つの丸い石。
見ているだけで吸い込まれるような輝きに、思わず手を伸ばしてしまいそうになるが本能的にそれはいけないとギュッと手を握りしめる。
ルゥトはぴょんっと男から離れると、なんの躊躇もなくソレを持つと輝きが一層増す。
「これはお母さん…災禍の子の母を六等分に分けて作られた魔力魂。この世界のありとあらゆるエネルギーの源なの。」
再度手を開くと、じっとそれを見つめた後何か覚悟を決めたかのように「よしっ」と呟くと
「なっ!」
それらを一気に飲み込む。
「ルゥト! 何してる! ぺっしなさい! ぺ!」
苦しそうに悶えるでも何でもなくゆっくり目を開き、男をちらりと見る。
すると今までの幼さと小ささが嘘のようにみるみる大きくなり始める。
ぱっちりクリクリだった目はほんのり釣り上がり、ぷにぷにと愛らしかった頬は少しシャープになり、雰囲気もほんの少しではあるものの大人びていた。
胸元ほどまであったかどうかの背丈は今では鎖骨辺りまで伸びており、それ以上に魔力量が桁違いである。
「どう? お兄さん!」
だがどうやら性格と…いうより精神的な面は変わらないようで、キャッキャといつものように楽しそうに、周りをくるくると楽しそうに回る。
目には褒めてくださいとありありと書かれており、ほんの少し安堵しながら
「…任せられる仕事が増えそうだな。」
と、ほしい言葉かどうかはわからないが男なりに、考えに考え抜いた褒め言葉をかけてみると、どうやら嬉しかったようで笑みを深めながら「うん!」 と勢い良く頷く。
少し高くなった頭を撫でるとんふふ! とギュウッと抱きつき、「じゃぁ行きましょ!」 と言ってもと来た道を戻り始める。
あまりに長い階段に音を上げてしまい、途中から背負うことになってしまったが、登りきり小屋を出るとなんとも言えない顔をしながら
「ここに戻ってくることはもう二度とないでしょうね。」
と言いながら再度男に抱きつく。
男は「そうか」と呟くと、持っていたカンテラを小屋に投げ捨てると畳に引火し、業っと燃え始める。
災いの始まりの場所。そしてもう二度と繰り返されることはこれでないだろう。ルゥトは普段の数倍以上は軽い足取りで、王都にある家に向かって男と共に歩み始めた。




