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第二十話 欲しい魔法

 翌日早朝。オアシスに着き、水浴びをして軽く涼みながら朝ごはんを食べる。ありがたいことに村と言っても遜色ないほどには栄えており、治安も良さそうだ。


 ここら一帯も火神族が治めているようで、赤い髪に褐色の肌、背丈が高い者たちが多く、火の魔法が達者で大道芸をしていた。

 ルゥトは興味深そうにそれを見ていたが、男はどうでも良さそうに必要なものを買い足していく。


「時神族の神殿跡地の地下牢の奥に部屋が見つかったそうよ。」

「まるで召喚術でも使おうかとしているかのような風貌だったそうだ。」

「もともとよくわからん一族だったからな、誰もいなくなって謎が深まるばかりだな。」


 ちらほら、そんな声が聞こえる。諸事情で地下牢に赴いたことはあるが、そこから先もあったとは意外だな。男はそう思いながらルゥトに


「他に必要なものはあるか?」


 と問いかけると、言いづらそうにもじもじと


「……玩具と、お菓子を。」

「なんでまたそんな物を…。まぁいい、どれにするかはお前に任せよう。」


 ぱぁ! と黄色いオーラが見えそうな勢いで笑うルゥトに、久々にこれほどの笑顔を見た気がするとほんのり心が軽くなる。

 本人に自覚があるのかはわからないが、時神族の里が近くなるにつれ、この子の表情が曇っていくのがわかった。

 迫害されていた場所に戻るのだ、それも仕方がないだろう。だからこそあまり必要以上に声をかけないようにしていたのだから。


「ねぇ、これとこれいい? あ、でもこれじゃぁ…」


 色々うんうんと悩みはじめるルゥトに、王都にいた時を思い出す。つい先日のように感じるが、これでも四カ月は経っていた。

 あの人たちは元気にしているだろうかと、脳裏に一部の人々を思い浮かべるが、少なくとも自分たちよりは元気なはずだと首を横に振る。


「なんでそんなに数が多いものを選ぶんだ?」


 見ている菓子は全て二十以上入っており、まるで土産物のようだ。それに玩具もルゥトには少し子供っぽすぎるだろう、パズルゲームなどばかりである。


「…客への土産は帰りでも良くないか?」


 思わず口を挟むと、キョトンとした顔が返ってくる。が、ハッとした顔をしながら


「ち、違うの! お土産はお土産でも家族?というか…知り合い? 友達? に渡したくて…。」


 何故か恥ずかしそうにブンブンと手を横に振るルゥトに首を傾げるが、確かに彼処はこの子の妹がなくなった場所。墓はなくとも何かを供えるのには良いのかもしれないと少し大きめの二十四個ほど入ったクッキーを買った。


「……やっぱり多くないか?」

「多くないもん!これくらいで丁度いいの!」


 プクッと頬をふくらませるルゥトの頬を掴み、プウっと音を鳴らす。その音に二人でケラケラ笑いながら店を出ると、周囲の温かい視線が二人に向けられていた。


 ラクダに乗り数日。砂漠をレンタル返却場に戻し、次いで森の中を歩く。

 途中から川が見え、それに沿って歩き続ける。


(早くてあと二日。遅くて三日といったところか)


 ルゥトは鼻歌を歌いながら男の手をきゅっと握る。元いたところに戻るのは嫌ではないのかと心配になるが、本人の選んだことだ。余計な詮索はしない方が懸命だと思いつつ歩いていると


「ねぇお兄さん、抱っこしてもらっていいかしら?」


 そう言われ、いつも通り抱っこをして歩き続けること数分。少し開けた場所に出たため、これ幸いと腰を下ろし少し休憩を取る。

 砂漠は暑かったが、ここは少し冷える。そう思いながら魔空間から白にフリルのついたケープを取り出し、ルゥトに着せる。

 やはり寒かったらしく、先程より元気にクルクルと遊び始めるので、火を起こし夕飯の準備を始めていると、人の気配を感じて一旦手を止める。


「ルゥト。こっちにおいで」


 そう言ってルゥトを呼び寄せるが、彼女は人の気配に気づいていないようで、ニコニコと嬉しそうにこちらに駆け寄って来る。

 念の為膝の上に乗せ、懐に隠している小刀に手をかけ少し様子を見てみる。

 相手は動く気配はないようで、気づいていないふりをして夕飯の支度を再度進める。


「今日はなんのご飯が出てくるのかしら」


 なんて呑気なことを言うルゥトに少し笑ってしまう。よく食べ、よく育ってくれると嬉しいのだが。


「悪いが大したものは出てこないぞ」


 保存魔法をかけた味付け済みの肉を取り出し、火の上に鉄板を乗せ更に肉を乗せる。それだけでは物足りない上に栄養が偏るので、切った野菜を取り出し、それもまた鉄板に乗せるといい匂いがあたりに充満する。


「あたたかぁい。」


 男の外套にすっぽり収まり、さらに火の恩恵まで受けてホクホクのルゥトの頭の上に顎を乗せる。


「お兄さん、知らない間に髭が生えたのかしら?少しジョリジョリしているわ」

「まぁ暫く手入れも何もしていないからなぁ」


 体毛が薄い方なだけで、髭も腕毛もちゃんと生えている。勿論頭はふさふさだ。

 などとしょうもないことを考えていると、二人ではないどこかからグオォー。という何かの虫の音が聞こえてくる。


「………」


 反応していいのかどうかわからず、とりあえず無視を決め込む。ルゥトはやはり気づいていないようで、キラキラした瞳で肉を見つめていた。

 だがしかし、視線は突き刺さる一方だ。食料泥棒か? とも思わなくもないが、そういった気配は1ミリも感じない。


「……そんなに見ていられると色々やりにくいんだが……」


 思わず背後の人間に声をかけると、ひょえっ! という変な声が響き渡る。

 声からしておそらく若い女性…というよりも少女と言っても遜色ないはずだ。ガサガサと叢を掻き分けて出てきたのは右目を包帯で覆い、右腕にはひどい火傷痕がある、男とそう歳の差はなさそうな杖を持った少女であった。


「す、すみません…。観光のようなものに来てみたら人影があったものでつい……」


 オドオドと、外套のフードを深く被りながら申し訳なさそうだが、どこか照れたようにいう少女に男はため息を吐く。


「……観光でくるような場所じゃないだろ」

「えっと、そ、それは、そうなのですが……」


 どこか落ち着かない少女の様子に眉を顰める。が、ルゥトはそれを気にすることなく


「お兄さん! お肉! 焦げちゃう!」


 その言葉で一気に不穏な雰囲気は霧散される。男は急いで紙皿を取り出し、その上に肉と野菜を乗せるとルゥトにフォークをもたせる。


「お姉さん、良かったら一緒に食べない?」


 その言葉に男だけでなく少女も驚く。


「え、えっと…私は………」


 杖で顔を隠すようにオドオドしていると、ルゥトは目の前にある腰掛けやすそうな石を指差す。これに座れということだろう。


「もうすぐ日も落ちる。今夜火の番を交代でしてくれたら助かる」


 仕方ないとばかりに交換条件を持ち出すと、少女は嬉しそうに数回頷き、小さく「失礼します…」と言いながら石に腰掛ける。

 チラチラと、男を見る視線に覚えがありすぎて正直困る。


「…嫌だった?」


 困ったような顔でルゥトは男を見上げる。男は小さくため息をつきながら鍋に水を入れ、それを温めながら


「お前がいいならそれでいい」


 とだけ答える。ルゥトは大丈夫とは言わないんだなと心の中で思いながらも、正面に座る少女を見る。

 深緑色の腰ほどまである髪に前髪は右目を隠すためだろう、長く伸びており頬などにも所々ケロイドのようなものが見当たる。

 手にもいくつか包帯が巻かれており、それがなんの傷なのかはわからないが、相当な戦闘。もしくは甚振られ方をしたのだろう。


 ルゥトはそんなことを考えながら空を見上げる。

 日が落ちかけ、真っ赤に染まった空に少し大きめの月も見える。紫の星が、行くべき場所を指し示している。それを見上げていると、鼻腔を甘い匂いがくすぐりパッと下を見てみると


「できた。ココアだ」


 そう言いながらカップ二つ分のココアをつくり、片方を少女に手渡す。少女はドキマギした様子で「あ、ああ、ありがとうございます!」 と礼をいうと再度大きな腹の虫が鳴く。


「……すみません…」


 小さくそう謝るので、男はハァッと小さなため息を吐きながら先日買ったクッキーを手渡すと、少女はパァッと顔を明るくさせながらそれを受け取る。


「あ、ありがとうございます!!」


 やたらと大きな声で感謝され、思わず顔を顰めてしまうと少女は再度申し訳なさそうに眉を寄せた。


「お姉さんは何でここにいるの?」


 ルゥトはココアを口の中に含みながら尋ねる。少女はほんの少し難しそうな顔をしながら


「新しい魔法を、覚えに来ました」


 少女もココアを一口コクリと飲むと、空腹感が甘味で満たされていくのを感じる。ホウッと軽く息を吐く。


「この傷を、時に関連する魔法で治せないかと思いまして」

「……傷跡なら水神族の巫女や神官に頼めばいいんじゃないか?」


 少女は首をゆるく横に振る。


「水神族は現在、族長が大病を患ってしまい巫女様も神官様も其方につきっきりです。なので一般人…ましてや水神族でも何でもない無神族は邪険にされちゃって…」


 男は眉を再度顰める。水神族の長は確かに六十を超えた女性で、水神族の平均寿命は七十辺り。それを考えると確かに何があってもおかしくはないが、これまで族長だからと他を蔑ろにしたことはなかったはずだ。


「それで、なにかいいものは見つかった?」

「……見つからなかったです。地道に風神族の医療を受けるしかなさそうです」


 そう言いながら少女は目を伏せる。風神族の医療は高度で、このくらいの傷跡なら確かに治せるがそれなりに値を張る。

 だが確かにうら若き少女がこの傷を永遠に背負うのは酷すぎる。


「あの、その、私も聞きたいこととか沢山あるんですけど……」

「いやだ」


 ピシャリ。シャッターを閉じたかのような音がなるのがわかる。少女は顔を真っ赤にしたまま硬直してしまい、ルゥトは首を傾げながらココアを半分飲んだところで


「お兄さんも、はい!」


 とココアを男に手渡す。


「…ありがとう」


 そう言いながら残り半分のココアを全て飲みきると、少女も急いですべて飲み干す。


「お姉さんは名前、なんていうの?」

「そういえば名乗ってなかったですね。私はトワと言います。」


 そう言いながら改めてお辞儀をするトワに、男の脳裏に数年前がふとよぎる。

 そうだ。以前、運び屋と名乗った男もトワと言っていたのだ。

 この少女に、ルゥトの中のトワ。そして運び屋。どれだけこの名前に縁があるんだよと男は内心疑問に思う。


「あ、片付けは私が。少し待っててください」


 トワは杖を取り出し、魔空間から桶を取り出すと杖の先端に魔力を込め、水を出して桶の中を満たす。

 その中に使った食器をいれ、洗っていくと最後に風魔法で器用に水だけを拭き取るとそれを男に返した。


「私、魔法が得意なんです。戦闘、防衛、片付けなんでもござれ。って感じです。」

「すごい! そんな風に戦闘で使うような魔法も日常で使うことができるのね! 他には何ができるの?」


 ルゥトは目をキラキラとさせながら次から次へと質問を重ねていく。それに対してトワもまた喜々として返事をしていくと、男は手元にある木をぽいっと火に焚べる。

 ルゥトは昔から魔法が好きだ。先日の大武闘会もそれが目当てだったが、例の一件を予見し逃げた……というよりは避けた。


「ルゥトちゃんは何か使える魔法とかはあるの?」


 トワは逆にそう問いかけてみると


「ううん。私は魔力がないから何も使えないの」

「魔力がない…? そんなこともあるの?」

「私だけじゃなくて、おにい…もがっ」


 途中まで言いかけた言葉を遮り、ジロリとトワを睨みつける。あまり、踏み込んでくるなと。


「す、すみません! えっと、その…!」


 ルゥトと話していたときとは一転し、再度モジモジし始める様子に少し苛つかないでもない。割り切った関係は嫌いではないが、そういった感情が見えているとどうしても嫌悪感を抱いてしまうのだ。


「ルゥト、明日も早い。お前はもう寝ろ」

「えぇー! せっかく色々魔法の話が聞けそうなのに…」


 いやだいやだと駄々をこねるルゥト。確かに明日の朝早くにここを出るつもりだが、寝るにはまだ少し早い。男はふうっとため息をつきながら


「なら昔、俺が見てきた魔法の話をしよう。前に火神族で遊んでくれた男の人がいただろう?あの人の話だ」


 その言葉にパアッと顔を明るくさせたが、すぐに一転して


「でもお兄さんが使っていたものではないんでしょう?」


 と、ジトリとした目で見られる。確かに、自分で使っていたものではないため、反論には些か困ってしまう。


「魔法の使い方を知りたいの。魔法を使うときの感覚、魔力の流れ、それからどういった事を考えているのか。それらを知ると、私も魔法を…」


 手をぎゅっと握り締めながらそうつぶやくルゥトに何も言えず押し黙ってしまう。見かねたトワは困ったように笑いながら


「お兄ちゃんはルゥトちゃんのことが心配なんだよ、きっと。魔法は自分を守るためのものであると同時に、失敗すれば怪我をすることもある」

「でも、私は、私には魔法がどうしても必要なの」


 悲しそうにそう言うルゥトに何も言えなくなってしまう。何が彼女をこんなに駆り立てるのか。男にはそれがわからないため意義を申し立てることが中々出来ず、押し黙ることしかできない。


「……私にはあなた達の事情がわからないから何も言えないけど、魔法は焦り精神の安定を保つことができなければ失敗が増える。そして更に焦り、不安になり、行き詰まる。

 だから変に焦ってお兄ちゃんを不安にさせるより、ゆっくりじっくり研究を重ねることが大切なんじゃないかな」


 トワはそう言うと、手元にある木を火に焚べる。ルゥトは何も言わずに俯き、ただ黙りこくる。これは完全に拗ねたなと男は思うが、少し助かったとも思う。


 魔法を使う感覚はいまいち分からないからこそ心配な点をこうして魔法使いが述べてくれたのだ、ルゥトも多少は納得してくれるだろう。


「…ルゥト、俺が心配しているのも分かって欲しい」


 ポロリと、本音を吐露する。頭上に顔を埋め、うりうりとするといつもなら笑い声が返ってくるが、今回はそれが返ってこない。だが顔を埋めているからこそわかるほどに小さくうなずき、男は思わず笑ってしまった。

忙しくなるから不定期投稿になるので、よろしければブックマークなどよろしくお願いします。

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