第十五話 少女は
イウロバとギンソウ、医者だけがルゥトが災禍の子であることを知っていた。
以前の一件で、際認識阻害の魔法石が外れていたからだ。
間近でルゥトの顔を見た二人と医者だけがルゥトの素性を、情勢に敏いものは男の経歴を知り、一部の女性は沸き立っていた。
英雄と謳われ、一生遊んで暮らせる金を手に入れた男が身近にいるのだ。狙わない手はなかった。
目一杯に着飾り、化粧を塗りたくり、良い匂いを纏い、ほんの少しでも目に止まるだけでなく、気に入ってもらおうと高い声をさらに高くする。
高級レストランでもないのに、ドレスを着てくる者までいた。さらにルゥトに取り入ろうとお菓子を渡したり、子供向けの玩具を渡す者まで。
男はそういった視線には慣れているので気にならないが、ルゥトはソワソワと落ち着かなかった。
アパトの時のように、嫌がらせをされるのではないかと、気が気ではなかったのだ。
挨拶を無視され、見えないところでは足を踏まれ、嫌味を言われ、挙げ句の果てには醜い嫉妬心であの男を仕向けられた。
あの時の彼女の顔と声は今でも脳裏に焼き付いて離れない。そうなってほしくない反面、彼が誰かと幸せになってくれたら嬉しいという気持ちもある。
最後の仕上げのグラスを拭き上げ、終わったという達成感と共にドス黒い感情が湧き上がる。こんな自分は嫌だと思いつつも、感情なんてものは案外自分ではどうしょうもないものだと割り切る。
照明を見ながらハァッとため息をつくとほぼ同時に、男が二階から降りてくる。
彼にしては珍しく、バタバタと物凄い勢いで降りてきたため驚いてそちらを見てみると両手いっぱいに物を抱えていた。顔は見えず、黒い髪の毛だけがヒョコヒョコと見えていた。
「重たくない?」
思わずそう尋ねてみると「いいや」という声とともに首を振るのがわかる。
「これを前に買って渡す機会を伺ってたんだ。…あの子に触発されたわけじゃないからな?」
嬉しそうに話したかと思うと、すぐに不貞腐れたかのような声色になる。
ルゥトは自分自身でも感情が豊かになったと思うが、目の前の男もまた随分と変わったものだ。
「私は何も言ってないじゃない。自分でそう思うところがあるんじゃないの?」
呆れた顔で思わずそう言うと、男はとうとう口を尖らせてしまった。
ルゥトはクスクスと笑う。なんだかおかしく感じて仕方ないのだ。
「ねぇ、その山のようなものは何なの?」
男の周りをくるくる周りながらそう尋ねると、男はテーブルに荷物を置き、この中で一番大きな箱をルゥトに手渡す。
「開けてみてくれ。」
男が持っているときはそう大きくは感じなかったが、ルゥトが持つと両手いっぱいになる。一旦床に置き、リボンを解いて箱を開けると、中には白い猫のぬいぐるみが入っていた。
ふわふわで肌触りも良く、目はクリクリとしていて愛くるしい。口はバッテンに縫われており、頭には黄色の冠が被されていた。
両手で持ちギュゥっと抱きつくとそれにフィットするように綿が動く。それが楽しくてルゥトはぬいぐるみの頭を自身の頭でウリウリとする。
「ルゥトと暮らし始めてから、時々いいなと思ったものを買っていたんだ。渡すのが気恥ずかしくて先延ばしにしていたんだけど…丁度いいかなと思ってな。」
「やっぱり触発されているじゃない。」
ぬいぐるみで口元を隠しながらそう言うと、男はクスッと笑いながら「そうだ」と認める。今度はルゥトが気恥ずかしくなってしまい、ぬいぐるみで完全に顔を隠してしまった。
「色んなものがあるんだ。前髪は少し目にかかっているからそれを止める用のピン。後ろの髪は長いからな、それを纏めるようの簪と櫛。友達ができたとき、ピクニックに行くようのバスケットと敷きもの。
…あいつとの時は使わせんがな。」
唇を尖らせながら私情を挟みつつも、嬉しそうに次々と買ったものを見せていく。服。リボンのついた髪留め。高級そうなハンカチ。装飾の施されたネックレスに、年頃になったらとピアスまでくれた。
「……お兄さんはいつも女の人に色々上げているの?」
「? いや、特に何かを上げたことはないな」
「……そうなんだ」
「……気に入らなかったか?」
ルゥトは顔を赤くしながら首を横に振るとぬいぐるみで顔を再び隠す。男はブツブツと「センスが悪かったか…?」 と呟いていたが、ルゥトは内心それどころではなかった。
多分、いや絶対に本人に知識もその気も無いが、ドキドキと心臓が鳴り止まない。
チラリと男を見てみると、玩具を買っていいと言われた子供のように楽しそうに、指をさしながら次々と目移りをさせていく。
それがルゥトにはなんだか悔しくて男の脇腹あたりに頭突きをすると「ありがとう」とお礼を言った。
「どういたしまして」
男のその笑顔ですべてが吹き飛び、ルゥトも笑顔を返した。
「いつも私はしてもらってばかりだけど、あなたは欲しいものとか、して欲しいことはないの?」
晩御飯のパスタを食べながらそう尋ねる。ルゥトの口の端にはほんの少しクリームが付いていた。
「…パスタも上手に食べられない子供に頼みたいことはないかな」
嫌味ったらしくそう言いながら口の端についたクリームを指で拭き取ると、ルゥトは口をぶぅっと膨らます。
「あなただって子供じゃない」
「俺はもうほとんど大人だ」
「でも簪と櫛の意味を……」
そこまで言いかけてハッと口を止める。意識しないようにしていたのに、自分で掘り返してどうするんだと自分自身に怒る。
そんな葛藤が顔に出ていたのか、男は怪訝な顔をしながらもルゥトの隣の椅子にちょこん、と鎮座する先程渡した猫を見る。
「ぬいぐるみが好きなのか?」
「……? あぁ、この子ね。私の知っているぬいぐるみ…お人形…とは全然違って可愛いからつい」
「以前いたところにもぬいぐるみがあったのか」
少し意外そうな顔をしながらそう言うと、ルゥトは困ったように眉を寄せながらうーんと唸る。
「見た目はぬいぐるみ? 人形? だけど、中身は違うみたいな?」
「綿じゃなくビーズとかってことか?」
「そういうことじゃなくて……」
腕を組み、うーんと再び唸る。その口元には再びクリームソースが着いており、男は再度それを指で拭うと拭くものがなかったので仕方なく舐めとる。
「あ!」
顔を真っ赤にしてフォークをギュッと握りしめ、ガタガタっと立ち上がりながら男を指差すと、男は困惑しながら「どうした…?」 と呟く。
ルゥトは大人しく座ると「なんでもない」と唇を尖らせながらパスタをくるくるとし始める。
「…ルゥトには反抗期はあるのか?」
「あるのかないのかと聞かれればある。けど、今後の精神的成長もほぼないに等しいから、ないといえばない。」
「つまり?」
「基本機嫌次第ね。」
つまり「お兄さんなんて大嫌い!」 も「お兄さんと結婚したい!」 も「お兄さん臭いから嫌!」 も機嫌次第なのだ。反抗期だからそのうち収まる。で、済まないのだ。
男はドキドキ心臓を鳴らしながらゴクリと生唾を飲み込む。そんなことは露知らず、ルゥトは美味しそうにパスタを食べた。
ご飯を食べ終え、昼間の残りのモンブランケーキを食べながら談笑をしていると
「ねぇお兄さん」
いつもと少し違う雰囲気で静かに声をかけられる。
一瞬、トワか? と思ったが、あの子ならもう少しつり上がったような表情になるから違うだろうと「どうした」と返す。
少し伏せた目がゆっくりと男の方を向く。その瞳はどこか潤んだように見え、途轍もない違和感を覚える。
「お兄さんは将来恋人を作ったり、結婚とかしないの?」
「今のところはその気はないが…。そこまで考える必要はないと思うしな」
「子供を設けて、幸せになりたいとかは?」
「特には…。それに、俺はお前がいなかったら山奥に一人で暮らすつもりだったからな」
ルゥトは少し目を見開いた後、静かに微笑む。
この男の人生を、自分が塗り替えているのだと思うと嬉しい半分、罪悪感半分であった。
「もし、私に何かあったらどうする?」
「……何かって?」
「例えば大きな怪我をしちゃって普通の生活を送れないとか、病気をして手がかかっちゃったりとか……」
男はルゥトから視線を外さず紅茶を啜る。口の中いっぱいにいい匂いとほんの少し苦味が広がる。
「別にどうもしないさ。今まで通り、ルゥトと生活を送るよ」
「でもあなたにその義務も責任もないわ?」
「そんなもので別にルゥトを見ているわけじゃない」
心の中で今は、と付け足す。昔は昔、今は今だ。
「…でも、私は……」
「ルゥトから見て今の俺は不幸か?」
「そういう訳じゃないの。でも、でも……」
小さくため息をつきながらカップをソーサーの上に置く。カチャリという音がやたらと耳の奥と頭の中で響き渡る。
「俺は俺の意思で今ここにいる。あの時仕事を放棄したように、嫌なら今頃此処から立ち去っているさ。
それは他の誰に言われても、曲げるつもりはないよ」
随分と穏やかな顔をしてそう言うと、残っていたモンブランをすべて口の中に放り込む。それでも納得がいかないといった顔をするルゥトの頭を撫で、微笑んでみせる。
「何が心配で、何が不安なのかは俺にはいまいちわからないけど……あっちにいた時よりは幸せだよ。穏やかな時間を貰っている。
お前は何もしていないって言うかもしれないけど、ルゥトが居なければまずこの街には来なかった。イウロバさんも常連にはならなかっただろうし、ギンソウさんも俺だけなら気にもとめなかったはずだ。
ルゥト、全部お前のお陰だよ。今穏やかに過ごしている時間も、何か贈り物を考える幸せな時間も、料理をしているときの何にしようか悩んでいる時間も、廻り廻って俺の為になっているんだ」
ぐっと、涙を堪える。隣に置いているぬいぐるみを手に取り顔を急いで隠すが、多分見られているはずだ。グシっと鼻をすする音を鳴らしてしまうが、男は気にせずルゥトの頭を撫で続ける。
「何かを返したいだとか何かをしたいだなんて考えなくていい。お前が生きて幸せであることが今の俺にとっての幸福だ」
「…もし今日来たエニシダ? くんと結婚したいって言っても?」
「それは…まぁ……時と場合によるというか…」
クフクフっとルゥトは思わず笑う。
「私、このままじゃ一生お嫁に行けなさそうね。だってあなた以上の人なんて見つけられる気がしないもの」
「ならずっとここに居るといいさ。仮に俺が結婚しても、第一条件がお前を優先することなんだからな」
「お互い結婚は遠そうね。」
「そうだな。結婚をしないで家を出たとしても、お前の帰る場所は俺で、俺の帰る場所はお前であったらいいとは思うぞ」
ルゥトはキョトンと目を丸くしたあと、満面の笑みで「うん」と答える。
無邪気な笑顔は心を解し、温める。優しい笑顔は不安を拭い、別のもので満たしていく。ルゥトは貰ったぬいぐるみをぎゅと抱きしめ、22時ごろには部屋に戻った。
皿とコップを洗い、裏返して網目状の籠にひっくり返して入れる。すべての作業を終えると手を拭き、歯を磨いて風呂に入り寝間着に着替える。
寝る前に、ルゥトの寝顔を見てから自分の部屋に戻るという、本人にもおそらくバレていないちょっとした日課を今日もしようと部屋に入ると、風が頬を撫でた。
暑かったのかと思いながらベッドに近づくと、いつもはこんもりとしているはずの布団が今日はペタンとしていることに気づく。
布団をめくってみてもどこにも居ない。
クローゼット、トイレ、自分の部屋、キッチンにホール。家中を探してもどこにも居らず、もう一度ルゥトの部屋に戻るとベッドサイドにある本棚の上に一枚の紙を見つけ、ドクンと心臓が跳ね上がった。
魔力の使い方を教えてもらった。でも魔力はこの体内にはなく、別のところに封印されていた。代わりに神気を魔力に変換する方法と、その使い方を教えてもらった。
あまりやり過ぎると神気がなくなってしまうから、やり過ぎないようにと注意を受けたため、普段は使わないが今日だけは使おうと、ルゥトはいつも来ている服より少し大きめのものを着、帽子で長い髪を隠し外套で体格を誤魔化す。
帽子には認識阻害の魔術がかけられており、ちょっとやそっとじゃ看破できないようになっている。
魔力を体中に流し、体を少し大きくすると100ほどであった背丈が120ほどになる。
色んなものを置いていく中、今日貰ったぬいぐるみはどうしても置いて行くことができず、外套の中に隠し持つことにした。
窓を開け、壁伝いに地面に降りると最後に一度だけ、己の部屋と男の部屋を見てそのまま大通りを歩き始める。
チラホラと人は歩いているが、誰もこちらを見ない。ルゥトだとバレるバレない以前に、そもそも子供だとは思っていないようだ。
夜の街は昼間とほんの少し違う顔を覗かせていた。
酔っ払った男たちが大声で喚き散らかし、女性は胸元をざっくり開けた服を着て金を落として貰おうと、次から次へと声をかけていく。
必死だなと思う反面、うちは呼び込みなしでよくやって行けているな、とほんの少し感心する。
若干の不安が混ざり、外套の下に隠し持っているぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
タッタッタッと軽快に走る音と、誰かを呼ぶ声が聞こえる。どうやら酔っ払いにぶつかったようで怒鳴り声が聞こえるが、軽快な足音は止まることなく走り続ける。
心臓がドクドクと耳元で鳴り止まない。
怪しまれるが路地裏に入ろうか。でもそれだと完全に足跡を消してしまう。
呼び込みの多い道に入ってしまおうか。だが彼はこの道を行くだろう。
気づいてほしくない。気づいてほしい。
「ルゥト!」
叫び声が己の横を通り過ぎていく。それもそうだ、態々体格を変え、髪を隠し、認識阻害を使っているのだ。むしろ見つけるほうが至難の業だろう。
仕方ないと苦笑いをしながら大きく息を吸い、そして息を吐き意を決して前を向く。震える手をもう片方の手で強く握りしめ、祈るようにぬいぐるみを抱き、走り去る男の背を見つめる。
ごめんなさい。ありがとう。
そう心の中で呟くとほぼ同時に男がこちらを振り返りじっとこちらを見つめる。
「……ルゥト?」
(気づかれたか?)
一瞬そう思うがそんなことは無いと心の中で首を横に振り、ただ一心に前だけを見ながら歩む。だが男は何が確信になったのかはわからないが、男はルゥトに近づき肩をガシッと掴むと必死の形相で
「ルゥト…? ルゥトだよな…?!」
と問いかける。
「…違いますけど…」
「違わないだろ。だって声が…それに……」
ちらりと、男は視線を下ろす。そこにはぬいぐるみが抱かれており、ルゥトはしまったと思いながら外套の中に隠す。
「これ、店で見つけて買ったやつです」
「いつ、どこで買ったんだ?」
「えぇっと、三日ほど前にルイーツですね」
「…ルゥト、一旦帰るぞ」
男はそう言うと、もう疑うことなくルゥトの手を引く。
「ちょ、ちょっと待って下さい! これは本当に…。」
「それは俺がオーダーメイドして作ってもらったやつだ。首輪には名前が書かれているし、大体の居場所がわかる魔法がかけられている。」
男は怒気を孕んだ声でそう言うが、ルゥトは引くことなく
「デザインがたまたまかぶっただけでは?」
「ルイーツは三日前は休みだぞ」
「じゃぁ多分二日前……」
「あそこの店主は一週間前から旅行に行っていて暫く休みだ」
男はそう言うと首だけで振り返り、今まで見せたことのない冷たい眼差しをルゥトに向ける。
肩をビクつかせるルゥトに常ならば男は謝ったが、今回は何も言わずにただ店への道を辿るだけであった。
魔力切れにより、いつもの小さなサイズに戻ったルゥトは何も言わずただ俯いたままであった。
対する男は足と腕を組み、話すまでは逃さないといった様子でただ話し始めるのを待った。
もう既に三十分ほどはこうしていた。
先に痺れを切らしたのは男で、ただ淡々とどうして
、と聞いた。
「…貴方の為になることをしたかったの」
「でもそれで心配をかけていたんじゃ本末転倒だろ?」
「でもそれ以上の見返りがあるから…」
男はじっとルゥトを見つめる。ルゥトもほんの少し顔を上げ、「ごめんなさい」と呟く。
「大体のことは許してきた。客に勝手にオプションをつけようが、ちょっとした悪戯で俺の布団に飛び込もうが、取り込んだばかりの洗濯物に泥をかけてしまおうが、どれも許した。
それらを許してどうして今回は許さなかったと思う?」
「……心配かけたから?」
「そうだ。それにどうして相談しなかったのか、もう少し大きく……はならないけど世間を知ってからでも良かったんじゃないのか?」
「それじゃだめなの!だって、それじゃぁ…!それじゃぁ……」
少しずつ背を丸め、勢いを失う。男は神眼のことについて思い出した。あの老婆はルゥトの神眼には未来視が含まれていると言っていた。
(なら未来を見て何かを焦った可能性は?)
そう思った男はルゥトに色々尋ねてみることにした。
「何かを視たのか?」
率直にそう問いかけてみると、ルゥトは素直に首を縦に振る。
「それは俺達に関わることか?」
それもまた首を縦に振る。
「近々起こることか?」
それに対しては首を横に振ったが、困った顔をしていた。
「未来視については話すことはできないのか?」
その問いかけにはまた首を縦に振る。変えることはできても、誰かに教えたりすることはできないようだった。
「……大体のことはわかった。でもお前一人で旅に出るのは大反対だ。何よりその服装と装備じゃ一週間も経たないうちに野垂れ死にするはずだ」
ウエストポーチに外套一枚。持っているのはぬいぐるみ。まるで近所に遊びに行くかのような格好だ。
「それに世話になった人たちに挨拶をしないでどうする。留守にするならせめて挨拶くらいするべきだ」
「…わかった」
しおらしくそう返事をすると、男はルゥトの脇を抱えてそのまま二階に行き、自分の布団に潜り込む。
ルゥトを逃さないようにガッチリホールドすると「明日挨拶回りに行くからな」と告げた。
「…私一人でいいわ」
「いや、俺も留守にするから二人でだ」
「私の事なんだから、あなたはここに残ってて」
「駄目だ。お前は旅を舐め過ぎている。火の付け方は?自給自足の仕方は?雨の凌ぎ方は?ちゃんと全部答えられるか?」
ルゥトは黙りこくってしまう。そこまでの知識はまだないのだ。ただ気だけが急いでしまい、夜逃げのような事をした。
「俺はその辺りのことは慣れている。だから俺も行く」
男は拗ねたような顔でそう言うと、もういいだろうとばかりに顔を埋め目を閉じた。
「……ごめんなさい」
「次からはちゃんと相談をするんだぞ」
「……ありがとう」
「ん」
ゆっくりだが確実に深い沼へと落ちていく。人の温もりはやはり良いものだと二人は思いながら眠りについた。
ルゥトの部屋には『時神族の里に戻ります』と一言だけ書かれた紙が床に落ちており、それは風に吹かれて外へと飛び出し、傷だらけの女性が手に取り不思議そうに見つめていた。
翌日、挨拶に周った後、身支度を整えて一部の人に見守られながら街を後にする二人が見受けられた。
読了後、今後のために色々とアドバイス等頂けると幸いです




