第十二話 魔女と
店を閉め、アパトも上がりぼうっと二階にあがる階段膝に座り込み、頬杖をついてルゥトの帰りを待つ。
先程部屋を見に行ったときにはいなかったので、今から帰ってくるはずだと踏み階段で待ち構えていた。
部屋で待っていても良かったのだが、あれでも年頃の女の子なので、勝手に入って待っているのはよろしくないと思い、外で健気に待っているのだ。
カチャリと裏口が開く音が聞こえる。死角からそろりと扉の方を見ると、誰もいないかキョロキョロとあたりを見渡しているルゥトが見えた。
思っていたより元気そうで安心する反面、なぜ勝手に外を出歩くのか。なにも自分には言わないのかとほんの少し怒りが湧く。
「わぁ!」
ガシャン! と何も言わず男が階段に座っていたことに驚き、尻餅をつく。鞄には重たい何かが入っていたらしく大きな音が鳴り響いた。
「遅かったな」
ほんの少し怒気を孕めてそう言うと、ルゥトはビクッと肩を震わしてしまう。その様子に慌てて一度顔を覆い、一度深呼吸をするともう一度チラリとルゥトを見る。
「ごめんなさい…」
「なにが?」
「…勝手に家を空けたから怒っているでしょう?」
カバンの紐をきゅっと握りしめながら俯く。瞳はじんわりと潤んでおり、これ以上は怒るに怒れないなと両手を上げる反面、危ないことをしてほしくないという気持ちもある。
そう、怒っているのではなく心配しているのだ。男の中で答えがストンと落ちる。
「……怒ってはいない」
「………」
「心配しているんだ。……あの日以来、部屋からでなくなったと思ったら魔女が住んでいるという森に行っているから」
「ごめ」
「謝らなくていい」
男はゆっくりと立ち上がるとルゥトの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。
「何をしているのか、教えてほしい。駄目か?」
「……駄目じゃないわ」
男はよしっと言うと立ち上がり店の方へと足を向ける。そこからは仄かに良い香りがし、ルゥトの腹の虫がグゥっと鳴った。
「晩御飯にしよう。ルゥトに聞きたいことや話したいこと、沢山あるんだ。」
テーブルにはサラダとスープ、ルゥトが好きなオムライスに横には小さなハンバーグが添えられていた。
男は何もない空間からひとつの瓶と二つのグラスを出すとそれを注ぎ、ルゥトの前と自身の前に置く。桃の甘い香りが鼻腔をくすぐり思わず涎が垂れてしまう。
「ご飯中にジュースは駄目って聞いたわ」
「たまにはいいだろ?大人だって悪いことをしたくなるときがあるもんだ」
「あなたも大人って歳じゃないでしょ?」
「片足突っ込んでるんだから大人でいいんだよ」
少し愉快そうに笑うとルゥトもそれに釣られて笑う。何故かいつもより口の周りを汚しながら食べるルゥトの世話を甲斐甲斐しくしながら、今日は久しぶりに楽しい食事会が開かれていた。
翌日。魔法科学を利用した、遠方に声を届けるものを利用してアパトに店は休むことを伝え、2人は西の魔女の住む森に来ていた。
男は普段より軽い装いに茶色の外套を羽織り、ルゥトはいつもより髪を高い位置に結い、鞄を肩から下げて楽しそうに歩いていた。
「魔女のおば様はすごく強いの」
木の棒を持ち、振り回しながらそう言うルゥトの後頭部を見やる。効果音をつけるとしたらルンルンだろうか、それともランランであろうか。全く関係のないことを考えながら話を聞いていた。
「今のおば様とあなたならお兄さんの方が強いけど、おば様の最盛期ならお兄さんの事を圧倒できるはずよ」
そう言うとチラリと男を見る。
「世の中には俺より強いやつは五万といるさ」
「そんなことはないわ。少なくとも、私があってきた中でお兄さんが1番強いもの。先日の大武闘会に出ていたら優勝していたんじゃないかしら」
先を歩いていたルゥトは少し下がり、男の手をきゅっと握る。ゴツゴツとして傷だらけの手だ。
「苦労も努力も吐くほどしてきたんでしょうね」
何故か嬉しそうにそう言うルゥトの頭をワシャワシャと撫でる。嬉しそうに歯を見せながらえへへと笑うと、何かに気づいたかのようにあたりをキョロキョロと見渡し始める。
男も何か違和感に気づき一緒にあたりを見渡すと此処には生えていないはずの草花や、木々の様子が変わっていることに気づく。
霧が辺りを覆い、先がよく見えず目を細めて注意深く辺りを見渡す。逸れてはいけないと思いルゥトを片腕で抱き上げ、程よい木の棒を見つけると蛇避けのために辺りを叩きながら先を進む。
「おば様、結界を張っているみたい」
「結界…?いつもは張っていないのか?」
「張ってはいるけど、許可した人は入れるようになっているの」
「俺がいるからじゃないか?」
そう問いかけてみると、ルゥトは首を横に振り、何故か耳元でこしょこしょと話し始める。
「おば様、すっごく耳がいいから家の会話は筒抜けなの。あのときも聞いていたから、お兄さんが今日来ることは知っているわ」
なんと、魔女はそのような高度な魔法を取り扱うのかと男は驚愕する。研鑽を積んだ魔法使いに扱うことはできる。だが、他の雑音や会話まで聞き取ってしまい、耳が壊れてしまうと聞く。
それをピンポイントで聞いている。もしくは他の音も聞いた上で、こちらの会話も理解している。であれば前者は魔法の扱いに長け、後者は頭が相当回るということだ。
「うーん…。道に迷ったかもしれないわ。それか魔力隠蔽をして私達を尾けている人がいるのかもしれない…。全力で走ってその人を撒いて貰えるかしら」
男は一つ頷くと、棒を捨てて両腕でルゥトをしっかりと抱き走り始める。今まで経験したことがない速さで、クルクルと視界が回る。ルゥトは目が回りそうだと思いながらも、アトラクション感覚で楽しんでいた。
数分後。どうやら撒けたのか、少しずつ視界が開けていくのがわかる。それに気づいた男は少しずつ速度を落とし最終的には再び歩き始める。
あれだけの速度にルゥトは男の体力を心配したが、特に息は上がっておらず、疲れた様子もない。
さすがだと内心男を褒め賛える。
「見えてきたわ」
木々の間からこじんまりとした小屋が見え始める。蔦が絡まり、屋根もボロボロで到底人なぞ住んでいないように見えたが比較的新しめな薪や少し奥に畑が見え、生活感が垣間見えた。
ルゥトを下ろし、何もない空間からバスケットを取り出して念の為中身を確認する。
形は崩れていない。変なものも特に入っていない。好みだと聞いた酒も入っている。
そう思いながら扉の前に立つと急激に緊張し始める。あれだけの結界を張り、広範囲に及ぶ聴覚向上の魔法、若しくは権能領域の使い手はどのような人物なのだろうかとほんの少しワクワクしていた。
コンコンっとノックをするとしゃがれた声で「どうぞ」と返事が来る。
「おじゃまします」とキィっとドアを開け、中を見てみるとたくさんの草が干されており、薬草のような匂いが充満していた。
どうやら薬にも精通しているようだ。
中は外観よりも三倍ほど広くなっており、鞄などに使われる拡張魔法が応用されているようだった。奥の暖炉の近くにあるソファから「よっこいしょ」という声が聞こえ、そちらを見てみると九十は超えていそうな老婆が、紫水の瞳をこちらに向けていた。
(神眼か)と男は心の中で呟く。
青のローブの上に紫の肩掛けブランケットをかけ、顔はよく見えないが長い銀髪が見える。思っていたより恰幅がよく、人柄も良さそうであった。
「……こんにちわ。ルゥトの保護者をやっています。名前は諸事情により言えませんが、なんとでもお呼びください」
恭しく頭を下げるとヒヤリとした何かが頬を撫でる。少し驚いたが、物理的に何かが触れたわけではないと気づき、あげようとした頭をそのままじっと下げたまま保つこと三十秒、老婆が口を開く。
「勘が鋭いね。いいよ、頭をお上げ」
ヒヤリとした何かが引っ込むのがわかる。ゆっくりと頭を上げるとキッチンで何かを作っているようだった。
「朝ごはんも昼ごはんもまだでね。少しだけ食べさせておくれ」
老婆はそう言うとコンロに火をつけようとするがその前に男が口を開く。
「あの、サンドウィッチで良ければ持ってきてます。…お口に合うかはわかりませんが」
そう言いながらバスケットを前に差し出し、蓋を開ける。中には新鮮な野菜が使われたものやベーコンが少し炒められたもの、卵が挟まれたものが詰まっていた。
それを見た老婆は少し目を輝かせながら「ほうっ!」 と食いついた。
「それはありがたいね、そこの嬢ちゃんは図々しく入り浸るだけでね。礼儀正しい子は好きだよ」
「ケヒヒッ」と少し変わった笑い方をしながら老婆はそう言うと、本やペン、皿などが散乱したテーブルに手をかざすとみるみるうちに綺麗になっていく。
「随分とまた便利そうな…」
「このくらいなら大体の人間は覚えられるよ。…まぁ、あんたは例外だけどね」
男は気まずそうに少し笑みを浮かべながら首を掻き、ルゥトは不思議そうに首を傾げ、老婆は意地の悪い笑みを浮かべる。
「とりあえず飯にしようか」
そう言いながら魔法で三人分の椅子を引いた。
キッチンを借り、水をためた鍋に火をつけ湯を沸かす。その間に保存魔法をかけたケーキを皿に切り分けて気持ち程度の盛り付けをする。
今日のケーキはシフォンケーキに、ホイップを乗せたものだ。年寄りということで歯に気を使ったのだが、いらぬ心配だったようだ。
湯が湧けば一度ポットとカップを温めて茶葉を蒸らし、湯を捨てもう一度注ぐと出来上がりだ。
ルゥトも老婆も嬉しそうにそれらを頬張るとキャッキャとはしゃぐ。
「随分と想像とかけ離れた方ですね」
「世間一般の魔女はアレだろ?大釜で色んなもの入れて杖で混ぜる…。もしくは実験ばっかで禄に話せもしない…。なんだい兄ちゃん、案外俗世に染まってるねぇ」
老婆はそう言うとズッと紅茶を啜る。少し苦かったようで渋い顔をしたので、魔空間から砂糖を取り出し目の前にコトリと置く。
「驚いた。魔空間は使えるのかい?」
「……まぁ、これくらいは」
老婆はほうっと言いながら男をジロジロと見る。ルゥトは怪訝そうな顔をして「見過ぎじゃないの?」 と言うと老婆は再びケヒヒと笑う。
「嬢ちゃんは気づいてないかもしれないけど、この子は魔力なしだ。固有魔法とフィジカルだけで立場と今を築き上げてきたね」
ルゥトは驚いたように目を見開き、男をじっと見つめる。どうして今まで気づかなかったのだろうか、魔力を生成するはずの核が粉々に砕けている。
「魔力の核は人間ひとりひとりが持って生まれた内臓のようなものだ。砕ければ元には戻らないし、魔法も使えなくなる。
日常生活のちょっとした魔法なら使えるだろうが、身の丈に合わないものを使うと吐き気や目眩を催し、酷いときは死に至る」
「でもだからって見過ぎじゃないの?」
「男前はどれだけ見ても飽きないからいいのさ」
男ではなく何故かルゥトがプンプンと怒り始める。老婆は笑いながら「隙あり!」 とルゥトのケーキを奪うと更に怒り始める。
「ルゥトはいつでも食べれるだろ?」
男はそう宥めると、「そういう問題じゃないの!」 と怒られる。口の周りにはクリームがついており、どれだけ食に対する意地が強いのだと思うと思わず笑ってしまった。
ハンカチを取り出し、口の周りを拭い
「こんなについてたぞ」
と見せるとルゥトは「気をつけてたのに!」、と違う意味で怒り始める。
「今日は随分と感情表現豊かだな」
思わずそう尋ねてしまう。
ここに来る少し前から思っていたのだ。手に棒を持ち、遊んでいたときから。
だが子供とは突飛なもので、そんなものかと納得していたがこれだけ怒りの表現を見せることはそうそう無いと思い、聞いてしまった。
途端、空気が変わる。ケヒヒという声が聞こえ、目線をそちらに向けようとするが嫌な予感がしたので、やめておいた。
「やっぱり勘がいいねぇ」
再びそんな声が聞こえる。
「……ルゥト…じゃないな。確か昔一度だけ会った…」
「…御名答。ルゥトは今寝ている。でも安心して、私もある意味ルゥトだから」
ふてぶてしく椅子にもたれ掛かるとルゥトでは見られない不敵な笑みを見せる。
男は眉を顰めながらもそれを見ると、あぁそうかとあることに思い至り、一度頭を撫で己のケーキを切り分ける。
「ほら、食べたかったんだろ?」
そう言いながらルゥトの口元にケーキを持っていくと、驚いたように二、三回瞬きをする。
「本来なら不敬と言いたいところなのだけど…」
ルゥトはそう呟きながらケーキを頬張る。うっとりと目を閉じ、美味しそうに咀嚼する姿は同じだなと男は安堵する。
「よくこの子が自慢してきていたの。『お兄さんが作る料理が〜』って。だから本来食べなくても良いのに食意地張ってるの」
「食べなくていい…?」
「そう。俗に言う、災禍の子と呼ばれるこの身は人ではないのだから、食べなくてもいいし眠らなくても平気なの。
ただお兄さんが美味しいものを作って寝床を与えてくれたから甘えているの、この子。まぁ、体がある以上腹は減るし眠気も襲う。自覚はまだないけれど、年を取れば性欲だって出てくる…と思う。」
サンドウィッチも「美味しかった〜!」とルゥトは伸びをする。
「…聞いていいのかわからないけど、君は?」
話を少し飲み込むために紅茶を口の中に含み喉を潤す。
「貴方達の言う災禍の子、本来の中身。神と悪魔の間に生まれた最後の人ならざる者。」
そう言うと、男が昔渡したネックレスを取り本来の姿となる。
神の化身と謳われることのある金の目と、悪魔の化身と謳われることのある赤の目の両方を有した目。
「時の神と空間の悪魔から生まれた子供。それが私」




