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第十一話 手を握る

 昔を思い出す。

 護衛の依頼を受け、一人の少女を探していたときの事を。


 ほんの数回会った程度だったが、己の主君が気に入り、守ってあげて欲しいと依頼された相手。


 殺戮を好む己の部下から逃がすために探して追いかけたものの、少女は「嫌だ!」 と里中を逃げ回り結果的には追い詰めてしまう形で命を落としてしまった。


 罪悪感と守りきれなかった己への嫌悪。なんでもできると思っていた驕りと、慢心に対する怒り。


 普通の子供だったのだ。


 笑い、悲しみ、怪我をすれば痛いと泣く。普通の子供であった。何故、殺されなければならなかったのだろうか。


 様々な感情がひしめき合い、このままここから姿を消してしまおうかと考え始めたとき、赤子の様な泣き声が辺りに響き始める。


「…水子神……。」


 この世に唯一現存する神だ。今回の一方的な虐殺とも取れる行為に耐えきれず、出てきたのだろう。


 そこら中にある目は涙に濡れ、手は四方八方に伸びては誰彼構わずとっ捕まえ、殺していた。その中に己の部下も混ざっていたが、助ける気は起きなかった。

 目の前の広場では首を刎ねられる少女と主。


 潮時かなと思ったその時、手に生暖かい何かが触れる。


 驚いてそちらを見てみると、先に手を握ってきたはずの子供が、己より驚いた顔でこちらを見ていた。

 まるで誰かに引っ張られたかのようにボサボサの髪、殴られたのだろう顔は腫れ上がり、所々血が滲んでいた。

 チラリと足元を見てみると、血溜まりを歩いてきたのか、道には足跡が点々と付いていた。


 自覚があるかはわからないが、キュッと強く握りしめられたので、それに応えるように少し強く握り返すと、口元がほんの少し緩んでいた。


「家族は?」


 そう問いかけると首をゆるゆると横に振る。

 何故か昔の己を思い出し、両手を脇に入れ抱き上げると目元がはっきりと見えた。


「災禍の子か。」


 思わずポツリと呟くが本人は特に気にした様子もなさそうであった。


「…貴方は逃げないの?」


 ほんの少し、掠れた声でそう問いかけられる。


「そろそろ退散しようとしていたところだ。」


 そう返すと、少女は肩のあたりをきゅっと握りしめる。

 最後に再度、己の主をチラリと見て焼け焦げたこの場所を後にする。おそらく、十中八九この子は先程首を刎ねられた子供の姉妹であろう。


 守りきれなかった己への贖罪だ。


 先程よりほんの少し少女を強く抱きしめ、燃える里を後にした。




 ゆっくりと瞼を開ける。朝日に照らされ、シパシパする目を擦りベッドから降りる。いつもなら走り回っている元気な子供の姿はない。


 昔、あの子を連れてこの街に来たあとは三日ほど目が覚めず、大変な思いをしていたが眠りにつく前、人が変わったように冷ややかな視線を向けてきたことを何故か今更思い出す。


 その時のことは何故か聞く気になれず、未だに謎に包まれたままである。


 朝ごはんを作り、お盆の上に乗せるとルゥトの部屋の前に持っていく。二回ノックをし、小さく「はい」という声が聞こえたらそのまま扉の前に料理を置いて部屋をあとにしていた。

 あの一件以来、ルゥトは心を閉ざしてしまったのか部屋からでなくなってしまっていた。一ヶ月半程経ったが、男もどうしたらいいのかわからず、ただ時短で営業をすることしかできなかった。


 あれからもアパトは店に来ては仕事をしてくれていた。ルゥトが出れないことに対してほんの少し不満を漏らしていたものの、男が少しキツく注意すると不満が表に出ることはなくなった。


 アパトが変わったことといえば夜の誘いが以前より増えていることだった。

 例の一件により、そういったことに嫌悪感を抱いてしまった男は、毎回誘いを断ってはいるものの、目に見えて機嫌は悪くなる一方であった。


(切るなら今のうちかなぁ)


 心の中でそう呟くと、ほぼ同時に看板をOPENに切り替えた。



 その日の昼過ぎ頃、私服を着たギンソウが一人で飯を食いに来た。

 カウンターにドカリと座り、よっと手を一度上げるが男はそれをちらりと一瞥するだけで、何も答えようとはしなかった。


「元気ねぇな。嬢ちゃんは元気に手を振り返してくれたぞ」


 ギンソウが不満そうに肘をつきながらそう嫌味を言うと、男の手がピタリと止まる。


「…ルゥトに会ったのか?」

「お前さん猫は逃げたのか? 会ったよ。さっき西の森に行っているのを見た」


 ギンソウは出された水を飲みながらそう言うと、男はピクリと反応する。


「猫なら逃げ出したよ。ギンソウさんには色々知られただろうしもうどうでもいい。

 ルゥトはどうして西の森へ?」

「はは! 噂とは違って随分さっぱりした奴だな! それはわからん。だがあっちには森の魔女が住んでいるって話だ」

「その頃もまだ猫を飼ってたからな」


 森の魔女。そう男が呟くと、ギンソウは出された水をカラカラ音を立てながら揺らす。その顔は少し意地の悪い顔をしており、男はそれに気づくとほんの少しむくれた。


「あんた、遊んでるだろ」

「まぁな! 得体のしれなかったお前さんの素性が知れたんだ! 嬉しいってもんだ!」


 「がっはは!」 そう豪快に笑うギンソウによくわからないといった表情を向けると、ギンソウはどこか遠い目をしながら語り始める。


「お前らここに来たとき、覚えてるか?」

「いやあんまり」


「即答かよ。ルゥトはボロボロ、お前さんは殺気だらけでな。騎士団はお前らのことをどう対処しようか迷ってたんだ。保護するのも違うし、かと言って何もしないのも違うと思ってな。

 けどだんだんあの子が元気になっていって、お前さんは丸くなっていって、もう心配ないと思っていたんだ。

 思っていたんだがな…」


 ギンソウの背がだんだん丸くなり俯き目頭を押さえ始める。その間に他の客の最後の提供に行き、少し早いが看板をCLOSEにしてギンソウの隣に座る。


「すまねぇ。俺らがあいつをもっと早く捕捉できていれば…」


 ズッと鼻を啜る音が聞こえる。


「…いや、俺も色々と調べたけど巧妙に魔力や証拠を隠されていた。認識阻害に魔力隠蔽、微量だが精神操作魔法も使えるようだったしな。

 ルゥトにはそれが通じなかったからあぁなったんだろう。

 ……俺ももし帰るのが遅ければ、気づくことができていなければ、何も知らないまま今日を過ごしていただろうよ」


 男は椅子の上に胡座をかき頬杖をつく。やはりできる男だとギンソウは内心男を褒め称えると、ギンソウはチラリとルゥトの好みであろうレトロな雰囲気には合わない黄色の時計を見る。


「それに、今回のルゥトの件は協力者がいるって話も上がっている。恨みを買った覚えは?」

「むしろ恨みだけで構成された身分だからな。」


 嫌味ったらしくそう言うと、ギンソウもそれもそうだと返す。

 だが今回の件は男の正体が明るみになる前の出来事だ、関係ないだろう。


 そう思いながらはぁっとため息を吐く。もう大体の目星はついていた。あとは証拠を揃えて自警団に差し出すだけである。


「じゃぁ今日もカレー大盛りで頼む」

「なんだ、食べていくのか?」

「当たり前だろ!世間話しに来ただけじゃないんだぞ!」

「……それもそうか」


 男はそう言うとキッチンに引っ込み、皿にご飯を多めに盛りルーをかける。ついでにチーズをまぶし、冷蔵庫からサラダを取り出し差し出すとギンソウは「サービスとは珍しいな」と訝しげな顔をしながら呟くと「500ダル追加だ」とククッと喉を鳴らしながらわらう。


「カーッ。頼んでもないものだしやがって!詐欺じゃねぇか詐欺じゃ!」

「冗談だよ。今日は代はいらない。情報提供と引き換えだ」

「……金は生きる上で必要なものだぞ」

「はは! 違いない! あんたが言うからなおのこと説得力がある!」


 いつも素寒貧で金がないと嘆いているギンソウを思い出す。たしかに、金があれが心に余裕がもてる。


「生憎、金は腐るほど持っている。前までの給料もボーナスもあんたの倍以上はあった上に四年前と二年前の大武闘会では金をもらったからな。」

「……それもそうだな。」


 ギンソウは一つため息を吐きながら男を見る。その口元はほんのり緩んでおり、男が心を開いてくれたのを喜んでいるように見えた。

 そんなギンソウとは真逆に、今日の夜どうルゥトに話を切り出そうか男は迷っていた。

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