その①
夕食を済ませ、帰宅した隆俊は鍵を掛けたはずの玄関が開いていると気付くや否や一瞬で血の気が引いた。
鍵は間違いなくかけた。なのに開いている。いや、そもそもこのマンションはオートロックが付いている。つまりそれは――
「隆俊さん?」
「さくら。たぶんだが未那が来ている」
「未那?」
「俺の婚約者だ」
合鍵を所持しオートロックの番号を知るのは未那だけ。逆を言えばいつでも自由に入れるのだ。それにこのところあいつがウチに来た覚えがない。要はいつ来てもおかしくない状態だったのだ。しばらく行けないと聞いていたから油断していた。
(……ヤバいな)
血の気が引いた隆俊の顔から、このあと起こるであろう惨劇に気付いたらしく、さくらの表情も険しくなり、隆俊の背後に隠れようと後退りした。
「隆俊さんの婚約者って、それってつまり……」
「この状況がバレたら間違いなく殺される」
「――わかってるなら。とりあえず説明してくれる?」
「っ⁉」
家の中から聞こえた声に背筋がビクッとなり顔から一瞬で生気が抜けた。なにをどう考えても修羅場しか思いつかない。いや地獄と言った方が良いのか。とにかく人生最大の危機が訪れたと言っても過言ではない。
「入ったら? いるんでしょ。一緒に」
マウントは完全に未那が取っている。たぶんさくらの着替え他諸々を見つけてしまったのだろう。もしもに備えて対策はしていた。さくらには未那も入ったことの無い空き部屋を使わせていたし、彼女の私物(と言っても着替え程度だが)も箱に詰めてクローゼットの奥へ日頃から隠していた。だがそんな“偽装工作”は無意味だったらしい。
「隆俊さん――」
「……マジギレしてやがる」
声のトーンからして隆俊の釈明に耳を貸すつもりはないらしい。逃走を図ったところでさくらに迷惑が掛かるだけだ。だからと言っていまの未那が冷静に話を聞いてくれるとも思わない。
「どうしたの? このままだとあんたの印象が悪くなるだけよ?」
声色を変えて甘い声で心を揺さぶってくる未那。勝気な性格で周囲からは当たりが強いと思われている彼女がこんな風に声を操る時は怒りが頂点を突き抜けた時だ。
「あ、あの。私やっぱり邪魔なんじゃ……」
「いまおまえを隠したら確実に俺は死ぬ」
未那が抜き打ちでウチに来た時点で死刑宣告を受けたようなものだ。どう足掻いたところで事態が改善することはない。ならば潔く罪を認めようではないか。
「――さくら」
「はい?」
「楽しかったぞ」
本当に今生の別れをするような言い回しに自分自身、おかしくて笑ってしまいそうになる。だがそれくらいの覚悟を持ってせねば未那の怒りを鎮めることはできない。
「わかった。いま入るから待ってろ」
スゥと息を吸いこみ恐怖を鎮める隆俊はドアノブに手を掛け、静かにゆっくりとまわした。




