その②
結論。隆俊の不貞疑惑は嫌疑不十分で咎めなしとなった。いや、怯え切ってしまったさくらを見て未那が大人の対応をしたと言うのが正解だ。一先ず首の皮一枚繋がった隆俊であったが、それと同時に新たな問題が生じた。
「――で、どうするのよ」
「どうするって。そりゃ……」
「え? あ、はい……その、すみません」
ダイニングテーブルを挟み、向かい合う隆俊と未那。隆俊の横にはさくらが文字通り肩身を狭くして座っている。自分が原因で二人の関係をギクシャクさせた罪悪感からさくらは未那の顔を見ることができずに俯いたままだ。
「これって見方によっては刑法224条、未成年者略取及び誘拐罪が成立するのよ」
「さくらが『泊めてくれ』って言ったんだぞ?」
「同意があったとしても成立するのが法律の面倒なところよ。ウチの先生は民事専門だから仮にあんたが起訴されても弁護は無理よ」
まだ捕まってもいないのだがと反論したい気持ちを抑え、未那の忠告に耳を傾ける。さすが法律事務所で働いているだけあって法曹資格を持ってなくともそれなりの知識があるのは尊敬に値する。
「それで、改めて聞くけど?」
「は、はいっ」
「なんで病院を抜け出したの?」
「それは……」
「言いたくないならそれでいいわ。でもね、いまの状況が良くないって言うのはわかるでしょ?」
「……はい」
小さく頷くさくらはテーブルの下で隆俊の手をギュッと握った。自分のせいで二人の関係が破綻しかけたにもかかわらず、それでもまだ彼に縋りたいと思ってしまう。
重苦しい空気が漂う。未那はさくらが口を開くのを静かに待っている。その瞳に怒りはもうない。リスクを負ってまで病院を抜け出し、知らぬ男の家に上がり込むほどの理由があるのだと理解しているような、強いて言えば、哀れむような目でさくらを見つめている。
「なぁ未那」
沈黙を破ったのは隆俊だ。さくらが自分の口で言うべきことだとわかっている。それでもずっと握る手を放そうとしない彼女を見ていると少しは手を差し伸べたいと思ってしまうのだ。
「なに? 内容によっては提訴させてもらうわよ」
「こいつは夢を叶えたくて病院を抜け出した。だよな?」
「……はい。ずっと病室にいました。外の世界はほとんど見たことありませんでした」
頷くさくらの言葉に嘘はない。いまどきファストフードやカラオケに行ったことがない女子高生がいるだろうか。多少アップデートできていなかったとしても隆俊の価値観は偏ったものではない。少なくともアイツはそういった類が好きだった。
「隆俊さんも最初はわたしを怪しんでました。それでもわたしを受け入れてくれました」
「どうしても叶えたいって言うの」
「叶えたいです」
正直なところ彼女の夢が何なのか隆俊も知らない。病院を抜け出す口実に過ぎないのかもしれない。だがいまこうして未那の詰問にハッキリと答える姿を見るとその考えは誤っていると自覚させられる。変わらずテーブルの下では隆俊の手を握り続けるさくらだが未那に向ける視線は力強く、自分の意思を隠すことなく伝えようとしている。
「迷惑かけてるなってわかっています。でも、隆俊さんが良いって言う限り叶えてみたいんです」
「少し、席を外してくれるかしら?」
「え?」
「そこのバカと2人で話したいの」
貴方の生殺与奪は私にあると言わんばかりに婚約者をじっと見つめている未那の目は据わっている。こうなると選択肢は一つしかない。ここからは大人の話し合いだと腹を据え、さくらを普段使わせている部屋に下がらせる隆俊は、彼女がリビングを出たところで口を開いた。




