その③
「弁護士事務所の人間が人を顎でしゃくるのはどうかと思うぞ」
「よく言えるわ。しばらく来ない間に女を『上がり込ませてる』なんて。それも女子高生。刺されなかっただけマシと思ったら?」
「今日のおまえなんか凶暴だな⁉」
「なんなら本当に刺してあげましょうか?」
チラッとキッチンの方に目を向ける未那は不敵に微笑む。勝気な性格の彼女だがそれだけでは片付けられない言動に背筋が凍る。しかし当の本人はそんな彼の姿を笑っている。しかも肩を震わせ、笑い過ぎて涙まで流しているではないか。
「やだ。ほんとに刺すと思った? 冗談に決まってるでしょ」
「っ⁉ あのなぁ……」
要は怒っていないってことか。いや、正確にはもっと建設的な話し合いを望んでいるって感じか。ならばこちらも考えを主張すべきだ。
「俺はあいつが『いたい』って言う限りは面倒を見るつもりだ」
「それはあの子と重なるから?」
「そ、それは」
「やっぱり重なるんだ」
「……そうだな」
「そっか」
付き合いが長いだけあって古傷を抉るような真似はしない。かわりに素っ気なくも的確な相槌で傷の修復に取り掛かってくれる。
「私は一人っ子だからタカと同じ気持ちにはなれない。でも重なってしまうのは仕方ないと思うわ」
「悪い」
「タカがそうしたいならそれで良いわ。でもわかってるでしょ」
「別に巻き込むつもりはない」
「すでに巻き込んでるわよ。まぁ良いわ。ウチは民事専門だけど伝手を辿って腕の良い先生紹介してあげる」
「俺まだ捕まっても無いんだが?」
「もしもの話よ。見た感じ悪い子じゃなさそうだけどね。どこで誰が見てるかわからないわよ?」
「善処はする。あいつにもなにかあれば『従妹』だと言ってる」
「その時点でアウトよ」
こういうやつが話拗らせるのよと深く溜息を付く未那は「捜索願が出たらどうするの」と尋ねる。
「仮に捜索願が出ていたとして、その話を知っている人があの子をそれもタカと一緒にいるとこを見かけたとするでしょ。その時にあの子が『この人の従妹です』って言ったら不審に思うでしょ」
「た、たしかに」
「こういう時は変に設定を作らない方が自分の為にもなるのよ。それに、あの子はタカを陥れるような真似はしないだろうし」
未那の言う通り、警察沙汰になるような事態に陥ってもさくらは事実だけ――いや、隆俊を庇うために必要のない嘘を付くかもしれない。それだけ身の程を弁えている。そもそも人をだますような真似は出来ない性分のようだ。なんにせよ、いまのところは未那が心配する事態にはなりそうにないが忠告は受け入れるべきだろう。
「ありがとな」
「どういたしまして。どっちにしろ、いつまでもこの状態ってのは良くないわ。何処かで線引きをするべきね」
「わかってる。あいつは夢を叶えたいって言ってる。少なくともその手伝いはしたい」
実のところさくらの夢が何なのかはわからない。自分に叶えられることなのかすらわからない。それでもできることなら最後までその手助けをしたいと思うのは同じ過ちを繰り返したくないと願うからであり、未那も彼の過去を知っているからこそ犯罪に手を染めない限り支えようと思うのだ。




