その④
このまま病院に連絡だって出来る。仮に病院へ連絡したところで俺を悪者にするような真似はしないだろう。無論、ただで済むとは思っていない。多少のお咎めはあるだろう。それでもどうしてもあいつと重なってしまう自分と葛藤する隆俊は悩んだ末、最後まで付き合ってやると腹を括った。
「戻らなくて良い」
「え?」
「やりたいことあるんだろ。最後まで付き合ってやるよ」
「隆俊さん?」
「どっちに転んでもお尋ね者だ。ならおまえが後悔しない――なんだよ」
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか」
「昔、似たようなことがあったんだ。あの時、なにもできずに後悔した。その時の罪滅ぼしだな」
こいつも秘密を話してくれたのだ。このくらい話しても誰も怒らないだろう。苦笑する隆俊はそんなことを考えながら少女の反応を確かめる。
「病院に戻るならそれでも良い。けどやりたいことがあるならするべきだ」
「迷惑……じゃないですか?」
「迷惑だな」
素っ気なく答える男を前に表情が急激に曇る。やはり自分はお荷物なのだと気付かされた少女は俯き、小さく呟く。
「……そう、ですよね」
「?」
「やっぱり病院に戻ります。これ以上、迷惑はかけられませんから」
「ん? なんか勘違いしてないか?」
「だっていま『迷惑』だって」
「言っただろ。最後まで付き合ってやるって」
他人の話は最後まで聞けと溜め息を付く隆俊はコーヒーを一口飲み、心を落ち着かせると最後まで面倒見てやると告げた。
病院に戻れば確実に面倒事に巻き込まれてしまう。そうなれば竹原たちにも迷惑を掛けてしまう。ならばいまはまだおまえを自由にさせた方が自分にとっても利がある。そう判断しただけだと誤魔化す隆俊だがその裏にはやはりあいつの存在があった。
「同じ思いはしたくない。だから最後まで面倒を見てやる。好きなだけウチにいろ」
「隆俊さん……ズルいですよ」
「は?」
「だってわたしは秘密を話しました。なのに隆俊さんは肝心なことを教えてくれません」
「それは……」
「だからもうちょっと厄介になります」
顔を上げた少女は満面の笑みを見せた。ついさっきまでのなんとなく暗い雰囲気を一蹴するような明るい表情で宣言した。
「わたし、隆俊さんの秘密を暴いてみせます!」
「暴くって、あのなぁ」
「わたしはちゃんと話しました。このままじゃ不公平です」
「そういう問題かよ」
「そういう問題です。隆俊さん」
「なんだよ」
「これからは『さくら』って呼んでください」
「なんで名前呼びなんだよ」
「いつまでも『おまえ』は嫌なので」
至極当然の主張をするさくらを前に拒否は出来ない。だが突然名前呼びと言うのもなんだか気が引ける。せめて苗字で呼ばせて欲しいと頼むと「藤瀬です」と答えるさくらは「やっぱり『さくら』が良いです」と笑った。
「苗字で呼ばれるのってなんか他人行儀っぽくて嫌です。なので『さくら』って呼んでください」
「けどなぁ」
「わたしも『隆俊さん』って呼んでます。お相子です」
「それ合ってるのか? つか、意外と強引なんだな」
いままでの控えめな感じはどこに行ったのかと思うくらいにはさくらの態度は変わっていた。きっとこれが素なのだろう。いや、病院生活が長く続いていたせいで距離感を掴めずにいるのだろう。そう思うことにした隆俊は小さく微笑む。
「――これもあいつの置き土産ってやつか」
「なんですか?」
「いいや。それじゃさくら――」
「⁉」
「なんだよ」
「な、なんでもないです。隆俊さん。ありがとうございます」
「どういたしまして。そろそろ出るか?」
気付けば店に入って2時間近く経っていた。こういう店には一日中居座る客もいるがさすがに飲み物一杯で閉店までいるのは気が引ける。さくらも言いたいことは言い切ったようだしちょうど良い頃合いだ。いまから帰って料理させるのも悪いし「なんか食って行くか?」と気を利かせるとさくらは目を丸くする。
「良いんですか」
「いまの話聞いたら少しは構ってやりたくなるだろ」
「べ、別にそんなつもりじゃ!」
「そんなつもりはねぇよ。単に帰って料理させるのが申し訳ないって思っただけだ」
「もうそれ、私が作る前提になっていませんか」
「コンビニ飯より遥かにマシだ。で、どうする?」
「そ、それじゃ隆俊さんの好きなところに行ってみたいです!」
興味本位でそう言った。キラキラ輝く瞳を見れば簡単なことだ。好奇心旺盛な子供と言うべきか、自分を特別視していると思うべきか。普通に考えれば前者なのだろうが恐らく両方だ。ただのお荷物に過ぎない人間を受け入れる俺に興味を持ったのだろう。逆の立場だったらきっと同じことを思うはずだ。コイツの頭の中はどうなっているんだと。お尋ね者を匿うメリットなど万に一つもないにもかかわらず自分の好きにして良いと言ってくれる奴に興味が湧かないはずがない。
「会社の先輩と行く定食屋があるんだ。あそこなら夜もやってるし行ってみるか?」
「はいっ」
良いのかよ。ある種の呆れを感じながらも他はタバコ臭い居酒屋しか知らんとさくらが同意してくれたことを感謝する。そもそも、いまどき分煙すらしてない居酒屋があるのは小さな個人店だから許されるのだろう。
「それじゃ行くか」
席を立つと合わせるように立ち上がるさくらは心なしか喉のつっかえが取れたような晴れやかな表情をしている。
(こいつなりに溜め込んでいたのかもな)
理由も告げず、他人の家に上がり込んでいる状況に罪悪感はあったのだろう。その呪縛からようやく解放された、そんな風に見て取れた。
(ま、乗り掛かった舟だと思って付き合ってやるか)




