その②
夕食は地元素材を使った会席で、さくらの希望に沿う形でメインには瓦蕎麦が据えられた。料理にリクエストが出せるのは一日一組限定だからこそできる醍醐味というやつだ。
「これですっ。小さい時に食べたのと同じです!」
熱せられた瓦に盛り付けられた茶蕎麦に興奮を隠し切れないさくらは目を輝かせている。
錦糸卵や牛肉と刻みのりがトッピングされ、さらに輪切りのレモンが添えられた山口の郷土料理。焼かれたことで焦げ目がついた麺は香ばしく、具材と共につゆに浸して食べれば口の中で絶妙なハーモニーを作り出す。要するに美味しいということだ。
「ほんとに瓦蕎麦だったんだな。違ったらどうしようって内心ヒヤヒヤしてたんだぞ」
「その時はその時で嬉しかったですよ。初めて食べる料理ってワクワクするので」
「さくらって意外と好奇心旺盛だよな」
「ずっと病院にいたら――あ、すみません。別にそんなつもりじゃ」
「わかってるわよ。それより乾杯しましょ」
重い空気にさせまいと率先して乾杯の音頭を取る未那の手には猪口。だが彼女が普段飲まないことを隆俊は当然知っている。そして酔ったらテンションがおかしくなることも。
「今更だが大丈夫なのか。日本酒なんて普段飲まないだろ」
「少しなら大丈夫よ。さくらちゃんもあとちょっとしたら一緒に飲めるのにね」
「ちょっとってあと2年は必要だぞ」
「あっという間に二十歳になるわよ。ね、さくらちゃん?」
「え、は、はい」
「未那、もう酔ってるだろ」
やはり飲ませても一杯で止めるべきだな。向かい側に座る婚約者に溜息を洩らしつつ猪口に口を付ける隆俊はこっちは大丈夫かとさくらに目を向ける。よし、匂いで酔うほど弱くはなさそうだ。
「頭クラクラしてきたら言えよ」
「クラクラ? ですか?」
「酔ったらクラクラするんだ。あと、頭が割れるように痛い」
泥酔するほど飲んだことは無いが頭痛は数回経験がある。匂いで酔うやつも珍しいと思うが未成年のさくらを酔わせる訳にはいかない。
「隆俊さんは酔わないんですか」
「嗜むってのを覚えた。大学の頃は羽目を外したこともあった」
文字通り浴びるように飲んでも泥酔したことは無く、自力で帰宅していたので元来耐性が多少はあったのかもしれない。それでも社会人になったいまは軽く一杯飲む程度で終わらせており、さくらが居候するようになってからは飲むこともなくなった。
「どうして飲まなくなったんですか」
「理性を保つためだな。別にそんなつもりはないぞ。けど酔った勢いでおまえになにかしてしまったら親御さんに面目ないだろ」
俺なりの覚悟だと口にする隆俊をじっと見つめるさくら。なんとなく気付いていたが大事にされていたのだと改めて実感して頬を赤らめる。
「ちょっとぉ、婚約者がいる前で他の子を口説くのやめてくれる~」
「別に口説いてねぇよ。てかもう酔ったのか」
「酔ってないし」
プイとそっぽを向く未那の顔はほんのり紅く染まっている。猪口一杯で本当に酔うとは思っていなかった隆俊は肩を竦める。
「先寝るか?」
「大丈夫」
「さくらに絡むなよ」
「だから他の子の名前を出すなぁ~」
「はいはい。悪かった」
強くないとはいえこのくらいで酔うとは思っていなかった。本人は大丈夫と主張しているがこのまま寝かせた方が良さそうだ。隣の部屋はさくらに使わせるつもりだったが予定変更だ。
「布団敷いてあるから先寝てろ」
「さくらちゃんと一緒は許さないわよ~」
「あのなぁ」
いくら婚約者でも相手にするのが面倒になってきた。猪口一杯でこうなるのなら未那には今後一切日本酒を与えるのは控えよう。
「部屋を逆にすれば良いだろ」
「そう言う問題じゃないし~」
「はいはい。わかった。いいからさっさと寝ろ」
邪険に扱われたのが不満なのか、頬を膨らますと言う子供じみた真似をする未那はやはり酔いが回っていたのだろう。ふらつきながら立ち上がると食事を半分ほど残したまま隣の部屋へと消えた。




