その①
竹原が紹介してくれた宿は歴史の教科書に登場しそうな趣の日本家屋だった。
敷地を囲む土塀は漆喰で仕上げられ、平屋の屋敷は当時のまま。しっかり手入れはされているが、時を刻んできたのが肌で感じる。
「……すごい」
客室の中に入った瞬間、さくらが感嘆の声を漏らした。
和室が二部屋と内風呂が備わった客室に入ると畳の爽やかな香りに包まれ、窓からは山々に囲まれた湖が一望できる。
(リノベは最低限に抑えたって感じか。こういう宿もアリだな)
客室へ案内される道中で薄々感じていたが、建物は基本的に手を加えていないようだ。客室自体も造りは当時のままらしく、いまの家屋より天井高は低く多少圧迫感を感じるが、その分だけ部屋から見える景色に開放感を感じる。この屋敷は建てた時の大名もそうだが、余計な手を加えず温泉宿に作り替えた当主のセンスにも敬意を表したい。
「部屋の中も昔のままなんですね……すごいです」
「これを私たちだけが味わえるって贅沢ね」
感嘆するさくらに頷く未那は満足気な笑顔で隆俊を見る。
「喜んでるみたいね」
「ああ」
「一日一組限定なんでしょ。教えてくれた竹原さんに感謝ね」
「そうだな」
土産はなにが良いかと思案するがさくらが喜んでいたと伝えるだけで十分かも知れない。そう思ってしまう程にさくらの笑顔は眩しく、無邪気に喜ぶ姿は見ているだけで幸せな気分になる。
「こういうところ初めて来ました!」
来れて良かったとさくらは隆俊の方を振り返り、そのまま勢いよく彼に抱きついた。
「さ、さくら?」
「こんなに楽しい日は初めてです。隆俊さん、ありがとうございますっ」
「お、おう」
突然のことに動揺を隠せない隆俊は未那を見るが婚約者は肩を竦めるだけで眉一つ変えない。それどころか「温泉行ってくる」と言い残し、部屋を出て行く。声のトーンから機嫌が悪い訳ではなさそうだが後で埋め合わせはするべきか。それにしてもさくらがこんなに感情を出すとは思っていなかった。きっとそれだけ今日が楽しみだったのだろう。
(ほんと、来て良かったな)
さくらの肩越しに見える景色は既に日が沈み始めていた。湖に反射した夕日がさくらを紅く照らし――
「隆俊さん?」
名前を呼ばれたことでハッと我に返った。
「どうしたんですか」
「あ、いや。なぜかさくらが有希に見えたんだ」
「有希さん?」
「生きてたらさくらと同い年だからさ、きっとおまえみたいになってたんだろうなって思って」
どうして死んだ妹と重なったか分からない。だが一瞬だけさくらが有希に見えた。
「もしかしたらわたしは有希さんの生まれ変わりなのかもしれませんね」
「え?」
「だって私たちって普通ならあり得ない出会い方をしてるじゃないですか。だからきっと、神様が、隆俊さんの願いを叶えてくれたんだと思います」
「神様が願いを、か」
有希のことで後悔していることは数えきれないくらいある。それを叶えてやりたかったとは今でも思っている。さくらを通してそれを具現化しているのだろうか。そんな不可思議があって良いのだろうか。
「――さくら」
「なんですか」
「ありがとうな」
「お礼を言うのは私の方です。隆俊さん――ありがとうございます」
何度も聞いたさくらのありがとう。だがこんなに感情の籠った言葉は聞いたことがなく、その意味に気付くまで時間がかかるとは、この時の隆俊はまったく思っていなかった。




