その③
「――隆俊さん」
ふとさくらが隆俊の名を呼ぶ。だが視線は遠く、水平線を見つめたまま、まるで独り言のように語りだした。
「隆俊さんはどうして未那さんと結婚しようって思ったんですか」
「ん? 急にどうした」
「未那さんがどうして隆俊さんを好きになったのか、なんとなくわかる気がするんです。正直羨ましいです」
靡く髪を掻き分けながら呟くさくらはただ一点を見つめる。遠く水平線上に浮かぶ入道雲に目を細めている。その姿に隆俊は何処か儚く、そしてなにか決意じみたものを感じた。
「なぁ?」
「なんですか」
「なにか隠してないか」
なんでこんなことを尋ねたのか分からない。ただ直感的にさくらがなにかを隠している。そんな気がしたのだ。
「無理に答えなくて良い。けど言って楽になるなら言え。いくらでも聞いてやる」
きっと未那に同じことを言ったら「そう言うとこが鈍感なの」と嫌味を言われるだろう。さくらも同じ返しをするかもしれない。事実、目を丸くするさくらは少し考え「未那さんから鈍感って言われませんか」と返してきた。だが嫌味っぽさは感じず、目を伏せて「隠し事はあります」と吐露した。
「確かに隠し事はあります。でも言いません」
「そっか」
「聞かないんですか?」
「言いたくないんだろ」
無理に聞き出すなど野暮なことはしない。無理に聞かずともさくらはいつか話してくれる。そのくらいの関係は築けていると思っているし、さくらも「いつか話します」と隆俊に笑顔を見せる。その顔は無邪気でどこか幼く、遠い昔に見た有希の笑い顔と重なる。
「どうかしました?」
「いや、やっぱりさくらはあいつと似てるなと思っただけだ」
「有希さんですか」
「ああ。おまえとあいつはどことなく仕草が似てるんだよな」
「そうですか」
急に声のトーンが変わり、視線を逸らすさくらは「有希さんはダメです」と不満を漏らす。
「未那さんは良いですけど有希さんはダメです」
「もしかして怒ってるのか?」
「っ⁉ 別に怒ってなんかいませんっ」
珍しく声を荒げるさくらはプイとそっぽを向くがすぐにクスッと笑い機嫌を直し、わがままを言って良かったと謝意を示した。
「こんなに楽しい時間を過ごすのは久しぶりです。病室に籠ってたら絶対経験できませんでした。ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いんじゃないか?」
「え?」
「食べてないだろ。瓦蕎麦。それが目的なんだ。礼の先払いは受け取れん」
少し臭い言い回しだっただろうか。目を丸くするさくらはしばし固まり、そして「楽しみにしてます」と大きく頷いた。




