その②
さくらが行きたいと言った角島に着いたのは午後2時過ぎ。日差しは強いが海から吹き上げる風が心地よい。
「きれいですねぇ。来れて良かったです」
車から降りてすぐ。さくらが空を見上げながら口にした。
「わがまま言って正解でした。隆俊さん。ありがとうございます」
「礼なんか言わなくて良い。俺も来て良かったと思ってる。だろ?」
「そうね。さくらちゃんが言わなきゃたぶん来ることはなかったわ。ありがとね」
「い、いえ。わたしはわがままを言っただけなので……」
礼を言われるとは思ってもいなかったらしく顔を紅くするさくらの口元は緩んでいる。その様子に未那はやはりそうなのかとこれまで抱いていた疑念が複雑な思いへ変わる。その確信は自分にとっては都合が悪いものだ。だがいまは関係ない。さくらの背中をそっと押してしまう自分がいる。
「たしかこの灯台って登れるのよね。2人で行ってきたら?」
「え?」
「せっかく来たんだし登らないのはもったいないわよ」
「おまえは?」
「高いとこ苦手」
即答だった。だが未那が高所恐怖症でないことは知っている。
「勘の悪いやつにはわからないわよ」
見え透いた嘘の理由に気付かない婚約者に溜息をつく未那はちょっと散策してくると灯台とは逆の方向へ歩き出した。
「少し歩いたら岬に出るみたいなの。ちょっと日本海を眺めて来るわ」
「ほんとに登らないのか」
「バカ」
本当に勘が悪いと呆れるがさくらに変な気は使いたくない。それでもいまばかりは彼女に付き合ってあげたい。それが大人の対応だと言わんばかりにそそくさと歩き出す未那は去り際、一言二言さくらに耳打ちをする。なにを言われたのか隆俊には聞こえなかった。だが2人とも悪い表情はしておらず、さくらは緊張が解れたような顔をしている。
「なに言われたんだ?」
未那の姿が少し遠くなったところで尋ねると「内緒です」と無邪気な笑みを溢すさくら。誰に似たのか鈍感な人には分かりませんと笑い、首を傾げる隆俊の手を取った。
「私のぶんまで景色を楽しんでって言われました。さ、行きましょ」
「お、おう?」
こんな風にさくらが自分の手を取ったことは一度もない。誤解を招くような言動を控えていると言っても良いかもしれない。そんなさくらの思いがけない行動に戸惑うもたまには良いかと彼女の感情に気付くことなく、隆俊は手を引くさくらに導かれるように灯台へ歩き出した。
地上30メートルの高さから眺める光景はまさに絶景だった。
灯台内部の螺旋階段を上がった先に待っていたのは水平線まで望める青く輝く日本海だった。展望室から外回廊へ出れば絶景と言わざるを得ない美しい夏の海。少し目線を下に向ければ緑の草原も眩しく、聞くところによると灯台の周辺はスイセンが群生しているらしい。冬はスイセンの花が一面を埋め尽くすのだろう。それはそれで絵になる光景だ。
「すごく綺麗ですね。空が近く感じます」
目の前に広がる絶景に吐息を漏らすさくらは水平線の先を見つめ、海風が彼女の髪をなぞるように抜けて行く。
「こんなに綺麗な海は初めて見ました」
「ああ。俺も初めてだ」
「この海の先って外国なんですよね」
「そうだな。韓国辺りだな」
「韓国かぁ。いつか行ってみたいです」
韓国が好きというよりは海外旅行への憧れと言った感じだろう。いつか行ってみたいと口にするさくらは景色を目に焼き付けるように真っ直ぐ海を見つめている。静かに景色を堪能する姿に暑さで疲れが出てないかと心配していた隆俊は安堵し、来て良かったとさくらに寄り添うようにして自身も眼前に広がる絶景を味わった。




