その③
家に戻ったのはいつもより少し遅い19時過ぎだった。
15分ほど前にさくらからなにかあったのかと連絡があったが、残業で少し遅くなったと伝えるとすんなり受け入れてくれた。こんなやり取りをしてしまう仲になるとは考えてもみなかったが半月以上、生活を共にすると自然とそういう関係性が構築されるのだろう。帰宅後、それをさくらに伝えると彼女はおかしそうに笑った。
「予行練習と思えばいいんじゃないですか?」
「別に俺と未那はしなくても大丈夫だぞ」
「わたしのためでもあるんですよ。いつか隆俊さんみたいな素敵な人と結婚したときの練習です」
「気になるやつとかいるのか?」
素朴な疑問だ。こんなことを口にするのだから意識している相手がいるのだろうと興味本位で聞いてみるがさくらは小さく首を横に振る。
「学校さえろくに行けない子を見てくれる人なんていませんよ」
「そうとは限らないだろ」
「隆俊さんは本当に優しいですね。だから悔しいです」
「どういう意味だ?」
「どういう意味でしょうね。隆俊さん」
「なんだ」
「わたし、行きたいところがあります」
昼間、隆俊が仕事で留守中に調べたというさくらは角島灯台に行きたいとスマホを見せる。画面に映る画像は夏空と眩しい草原が映える石造りの灯台。背景に見える海は深いマリンブルー。竹原が退勤間近にメッセージアプリで送ってくれた画像と同じ構図だった。
「隆俊さんが教えてくれた川棚温泉から近いみたいなんです」
「たしかに近いな。行くか」
「良いんですか!」
「そんなに驚かなくていいだろ。行きたいとこは行くべきだ」
他にも行きたいところがあれば教えてくれと言うとさくらは「大丈夫です」と返すと少し間を置き、隆俊から目を逸らすように俯き加減で囁くような声でなにかを口にした。本当に小さな声でつぶやくので隆俊には彼女がなにを言ったのかわからなかった。けれどもそれでいいと言わんばかりにさくらは満足げな表情を彼に見せる。
「今度のお休みが楽しみですね」
「そうだな。そうだ。言い忘れるとアレだから先に言っとくが未那も行くからな」
「未那さん……そう、なんですね」
「嫌か?」
「そ、そういうわけじゃないんです。わたしって未那さんから見たらただの邪魔者なので」
「妙なとこで卑下するな。あいつはあいつなりにおまえを認めているぞ」
「そうなんですか」
「考えてみろ。見ず知らずの女の子を婚約者の傍に置き続けるわけないだろ。とにかく、未那はおまえを認めている。だから変に気を使うな」
傍から見れば奇妙なやりとりに見えるだろう。それで良い。隆俊とさくらは稀有な関係性なのだ。もしかしたら未那も含め3人で健全な三角関係を築いているのかもしれない。そうでなければ未那がさくらとの旅行を認めるはずがなく、ましてや3人で一緒に行くという発想には至らない。
いずれにせよ3人での旅行の下準備は整った。あとは細かいところを詰めるだけだがそれは隆俊の仕事だ。角島灯台に行きたいというさくらのリクエストに応えつつ、彼女の体調を考慮したプランを考える。
「隆俊さん?」
「どうした?」
「なんだか楽しそうな顔してますよ」
「ん? そうだな。仕事とは違うからな」
クライアントが求める旅を考えるのも悪くない。むしろ好きだ。だがこんな風に自分のための計画を組むのはやはり楽しい。そんな心の声が表情に現れたのだろう。
「さくら」
「なんですか」
「期待しとけよ」
一生の思い出にしてやると豪語する隆俊に満面の笑みで応えるさくら。だがその笑顔には彼へ伝えられない感情が隠れていることを隆俊は気づくことはなかった。




