その④
「2人はわたしの居場所をわかっているでしょうし、その気になれば連れ戻すこともできますよね。でも――」
「そうしないのはおまえを信じてるから――か」
「困った娘ですよね。たくさんの人に迷惑かけてやりたいことをやろうとしている。ただのわがままな子です」
さくらの話を聞く限りでは彼女だけに非を負わせるのは筋違いだと思う。非難を恐れ公表しない病院、娘の言葉を信じ切る親。そして訳アリだとわかっていて彼女を匿うような真似をしている自分。全てが悪い意味でうまくかみ合ってしまった結果がいまなのだ。さくらが悪いわけじゃない。
「……やっぱり病院に戻ったほうがいいですよね」
「?」
「心配しないで下さい。隆俊さんのことは秘密にします。お父さんたちも深く詮索するような人じゃありません。だから大丈夫です」
「なにひとりでまとめようとしてんだ」
無理に笑顔を見せるさくらの額を軽く小突き「追い出すつもりはない」と少し強い口調で告げた。
「おまえは自分のために病院に戻るのか。それとも親父さんたちのために戻るのか」
「だってわたしがこんな真似しなければ誰も苦しい思いをしなくて良かったんですよ!」
「さくらはどうなるんだ」
「え?」
「病院を抜け出さなかったら、おまえはずっと病室から外を見るだけだったんだろ。それが嫌だから抜け出したんだろ。誰かに迷惑を掛けてもいいって思うだけの価値があったんだろ」
なにバカなことを言ってるんだ。居候が自ら出て行くと言っているのに引き留めるような真似をするなんて誰が見ても常識から外れている。この数週間で彼女に随分毒されたものだ。
「正直、有希の時に感じた後悔をしたくないって自己満足だ。未那にも呆れられてる。それでもさくらにはやりたいことをやって欲しい」
「でもそれじゃ――」
「少なくとも親父さんは外に出しても大丈夫、そう思ったんじゃないのか」
声を聴いて安心したと言うのもあるかもしれない。それでも医者としてこのままでは危険だと判断すれば無理にでも連れ戻すだろう。そうしないのはつまりそう言うことだ。
さくらがいる生活に慣れたせいかもしれない。それでも彼女がここに居たいと思っている限りはそれを否定しない。だから引き留める。
「本当に病院へ戻りたいと言うなら送ってやる。外の世界がいいと思うなら我儘でいろ」
「我儘……」
「そうだ。やりたいことあるならもっとわがままになれ」
「隆俊さん」
「なんだ」
「わたし、もうちょっとだけ一緒にいたいです」
「そうか……っておい」
「有希さんが羨ましいです。こんな素敵なお兄さんがいるなんて。すごく贅沢です」
いきなり抱き着いたかと思えばそんなことを口にするさくらに恥ずかしくてなにも言い返せず、されるがままの隆俊はそっぽを向き時が過ぎるのを待つ。こんなところ未那に見られれば今度は確実に簀巻きにされてしまう。変な感情が生まれる訳ではないがこの状態はあまり好ましくない。
とりあえず未那にはことの真相を話さないといけない。さくらが寝た後にでもゆっくり話そう。なにを言われるだろうか。どうやらさくらは切れ者らしいからなおさらに警戒心を露にするかもしれない。
(どちらにしろ小言は言われるな)
小言程度で済むならいくらでも聞いてやる。そう決めている隆俊は自身の胸板に額を付ける少女の後頭部を優しく撫でた。




