その③
うつむいたまま小さな声でそう語り始める少女は父親が医師だと明かし、自分も病弱でなければ医師を目指すつもりだったと告げた。
「父はある大きな病院で感染症の専門医として勤務しています」
「そりゃすごい。病気さえ治ればいまからでも目指せるんじゃないか」
「ありがとうございます。父は感染症の専門家として『あの時』は奔走し、病院も『高度入院施設』の指定を受けて重症患者の受け入れをしていました」
「『高度入院――おい、おまえの父親って」
あの騒動の時、この辺りでその指定を受けた病院は一つだけ。連日のようにニュースでやってたからいまでも記憶に残っている。さくらが言っている病院は間違いなく築大病院だ。
「はい。父の勤務先は築大病院。わたしが入院していた病院です」
「……そういうことか」
「病院は評判の低下を懸念して公表しません。父の配慮で病室は個室でしたから関係者が漏らさない限り外に出ることはありません」
ひとりの人間より保身に走ったってことか。汚い奴らだ。病院がそう言う態度を取ると言うことはさくらの父親も口止めされているのだろう。いや、仮にそうだとしても娘よりも大切なものがあるのか。そんな訳あるか。他人の親を悪く言いたくないがどうしても怒りを覚えてしまう。
「――お父さんたちは悪くないです」
「なぜそう言い切れる。普通ならどんな手を使ってでも探すだろ!」
「わたしがお願いしたんですっ」
「……は?」
さくらがなにを言っているのか理解できない。彼らはさくらの企てを事前に知っていたと言っているようなものだ。
改めて考えてみれば病室を抜け出し、そのまま病院の外へ出て行くことはそんなに簡単なものなのだろうか。病院内の事情はよく知らないがどこかで引き留められるはずだ。父親たちを巻き込んだとでも言うのか? ありえない。
そりゃ普通の親なら娘の願いをかなえるかもしれない。だがさくらの父親は医師。それも彼女が入院している病院に勤務しているのだ。直接かかわりがなくとも病状くらいは耳にできるはずだ。いくら娘の願いだとしても医者としてそれを認めるだろうか。
「隆俊さんと出会ってすぐの頃です。一度だけ家に連絡したんです」
ボソッと隆俊の知らない事実を口にするさくらの顔には黙っていたことに対する罪悪感が滲み出ている。おそらく隆俊がこの件を追求しなければ言わないつもりだったのだろう。隆俊の表情を伺いながら言葉を紡ぐさくらの顔は曇ったままだ。
「スマホのGPSを追えば居場所くらいすぐにわかります。だから隆俊さんに出会ってすぐ家に電話したんです『大丈夫だから探さないで』って」
根回しをしたと言うことか。たしかに本人がスマホさえ持っていればどうにか居場所くらいは掴める。言われたらそうだと気付くがGPS機能のことなど頭になかった。




