その①
未那へ連絡を入れたのは竹原に唆され、さくらとの旅行を決めた日の夕方。退社して最寄りの駅へ向かう道中、歩きながら話すか、そんな軽い気持ちで電話したのだがその考えは甘かったと後悔する展開となった。
「……いまなんて言った」
『だから、出てないのよ。捜索願。警察庁のデータベースで検索しても同姓同名の人物がヒットしないの』
「調べたのかよ」
『そりゃね。あの子のことを完全に信用したとでも思った? 普通に考えて怪しいでしょ』
スマホ越しに聞こえる未那の声音はさくらへの不信感を募らせていた。落ち着いたトーンだが明らかに彼女を警戒した様子だった。
『あの子が病院を抜け出して半月以上経つんでしょ。普通ならとっくに保護されているはずよ。出歩いているなら尚更。日本の警察舐めちゃダメよ』
「捜索願が出てないだけかもしれないだろ」
『大人ならまだしもまだ未成年でしょ。そんな親がどこにいるの』
さくらを庇っているのが明らかな隆俊に口調を強める未那は「可能性だけど」と前置きをして『捜索願不受理届』という仕組みがあると告げた。
『“私は自分の意思でいなくなるので探さないでください”って警察へ届け出ることができるの。もしかしたらそれを使ったかもしれないわ』
「そんなことができるのか」
『DVやストーカーの被害者を守るための仕組みよ。警察と面談して妥当性を確認したうえ届け出るのが基本だけどね』
「それじゃさくらは――」
『あくまで可能性だけどね。いよいよ面倒なことになってきたわね。少なくともあの子からは真実を聞き出すべきよ』
本当に病院を抜け出しただけならそれでよし。真実を隠して――なんらかの犯罪に巻き込まれているなら然るべき対処をする。その選択をするのが先だと未那はあらためて隆俊に問う。
『ハッキリ事情がわからないのなら聞き出すべきよ。多少強引な方法を使ってでも。私のためじゃない。タカのためよ』
「強引って、どうするんだよ」
『別に法を犯せとか言わないわ。でもこのままだと面倒なことになるかもしれないわよ』
私との結婚がどうとかの問題ではない。人生を狂わせる前に白黒つけるべきだと忠告する未那の言葉に迷う隆俊。
さくらが悪い人間とは思えない。未那もそう感じたから同居生活を黙認したのだ。だが彼女に対する謎が解けたわけではない。やりたいことをしたいから病室を抜け出したと言うのは筋が通る。しかし捜索願が出ていないとなればなにか裏があると勘ぐる未那の気持ちも理解できる。むしろ未那の感覚が正常だ。
『私は別にさくらちゃんと旅行に行くこと自体に反対する気はないわ。でもいまのままはよくない。そうでしょ』
「ああ。そうだな」
『病院から抜け出したのが事実だとしても捜索願すら出てないのはなにか理由があるはずよ。それは“保護者”として知っておくべきじゃないかしら?』
あえて保護者と言う表現をする未那も心からさくらを邪険にするつもりはない。納得できる理由があればそれでいいのだ。隆俊にはそれを引き出してほしい。ただそれだけなのだ。
『私も先生に頼んで調べてみるからもう一度さくらちゃんと話してみたら? 瓦蕎麦はそのあとね』
「わかった。そうするよ」
『理解ある婚約者で良かったわね。あ、それから――』
「なんだよ」
『新婚旅行。さくらちゃんと同じプランでお願いね』
「は? 行かないんじゃなかったのか」
『どこの馬の骨かもわからない女と旅行に行くなら当然だと思うけど?』
楽しみにしているからと一方的に電話を切られるがこれはこれで仕方ない。一応はさくらとの旅行の許可を取り付けたのだ。これで文句を言うのは見当違いもいいところだ。
(とはいえ、厄介なことになったな)
スマホをジャケットのポケットにしまいながらさくらにどう切り出そうかと頭を巡らせる。遠回りな言い方はせず単刀直入に切り出すべきだろうか。だがもし言い難いことを隠していたとしたら? こちらからしてみればただの居候だし出て行ったところで元の生活に戻るだけだ。別に配慮なんかいらない。ドライで良いはずなのにそれができない。
(考えてみれば面倒なことに首突っ込んだよな)
さくらを見かけたあの時は変な輩に絡まれるくらいなら――とある種の善意で声を掛けた。いま振り返れば自分も十分怪しい奴だったし素性もよく知らない女子高生を泊めるとか馬鹿なことしたなと呆れてしまう。
(帰ったらとりあえず話だけしてみるか)
未那とのやり取りはとりあえず伏せるとして、そうだな両親とか心配していないのかくらいの感じで探りを入れるか。そう決める隆俊だがホームで列車が来るのを待つ間も今日の夕飯はなんだろうと考えてしまうあたり、さくらがいる日常が当たり前になっているんだなと苦笑するのだった。




