その②
「まぁ、アレだな。肩に荷が下りた感じなんだろ。これで少しは仕事に精が出るようになるな」
「俺は先輩みたいにサボってませんよ」
「お、言うなおまえ。そんな生意気な後輩には指導が必要だな。俺の代わりにツアー企画を考えろ。行先は山口だ」
「それ単に面倒だから押し付けたいだけでしょ。いま山口って言いました?」
「なに? マジでやってくれるのか」
「やりません。ただ、さくら――例の子が川棚に行きたいって」
「たしかに山口だな。ん? 行くのか。婚約者いるのに」
「いちいち面倒くさい方向へ持って行くのやめてくれませんか」
他人事だと思って楽しむ竹原へ溜息を吐きつつも事情を話して旅程プランの意見を求める。意見を求めればきちんと助言をする。竹原はそういう人間であり、当然、いまも『顧客』が求めるものを考慮した素案を出してくる。
「いまの時期なら角島もいいんじゃないのか」
「角島ですか。たしかに景色いいし、海もきれいですもんね」
「だろ? そこから川棚まで車で1時間ちょっとだから1泊2日なら良い感じに組めるんじゃないか」
「え?」
なんで1泊する予定になってるんだ。行程は少しハードだが距離的には日帰りで行ける範囲だ。それもさくらと2人。彼女との関係性は非常に薄く、年齢差も踏まえると憚られるような組み合わせであり、未那と言う存在があれば尚更だ。2人で旅行など隆俊の中ではありえない選択肢だ。
「この間は椎名と一緒に2泊の視察に行ってただろ」
「椎名さんとは部屋別でしたし、あれは仕事じゃないですか」
「行ったのは事実だろ」
「そうですけど」
「それに考えてみろ。無理に日帰り強行して体調崩したらどうするんだよ。身体弱いんだろ」
たしかにその通りだ。さくらもいまは調子が良いだけと言っていた。彼女の体調を考慮すれば1泊入れるのはやむを得ない選択かもしれない。
「今度やるツアーの視察ってことにすれば経費精算できるから行ってこい」
「それってマズいんじゃないですか」
「俺も昔やったことあるぞ。彼女と」
なぜこの会社潰れないのだろう。いや公私混同ともいえる不正がバレないとはどれだけ緩いのだ。これが大手企業との違いというやつか。地元密着型の零細企業だからガバナンスが存在しないと言うべきなのか。
(未那が聞いたら呆れるだろうな)
法律事務所に勤めているせいか未那は不正の類に厳しい。全てを悪と思っているわけではないが、これは間違いなく、彼女的にアウトな部類だ。
「ま、視察云々は抜きにしてその子のためにプランを作ってみろ。新婚旅行の予行練習だ」
「あいにくその予定はないですよ」
「は? なんで」
「そんなのに金を使うなら日々の生活で少し贅沢することにしたんです」
「おまえ、自分の会社がなにしてるか知ってる?」
「それはそれ、これはこれです」
旅行会社の人間が生業を否定するような発言だが仕事とプライベートはきちんと線引きする。結婚するにあたって未那と決めたルールだ。そして新婚旅行の件も2人で話し合った結果であり、日常にゆとりを持たせることが2人にとって意義があるという結論に至っただけの話だ。まぁ、旅行会社の営業をしている身としては耳が痛くなる話ではあるが仕方あるまい。
「まぁ、ツアーやるのは事実だし行ってこいよ」
「わかりました。でもちゃんと自腹で行きます」
「真面目だなぁ」
「俺の婚約者、そういうとこ厳しんで」
とりあえず未那に断りは言わないといけないな。さすがに黙って女の子と泊まり旅行はいろいろとマズい気がする。
(さすがにタダじゃ済まないよなぁ)
さくらの存在は知っているし頭ごなしに却下はしないだろう。だがそれなりの見返りは求めてくるはずだ。とりあえずあいつの好きそうな焼き菓子で手を打ってもらえるよう交渉しよう。そう決める隆俊は退勤後、すぐに未那へ連絡を入れた。




