その①
「なぁ、支倉」
「なんすか」
「おまえ、最近会社出るの早くないか」
昼休みにかこつけて近くの定食屋で油売りを始めて数十分。向かいに座る竹原が訊ねてきた。
「いつもなら『このプラン組み上げて帰ります』とかいう仕事バカのおまえが定時上がりだぞ。普通に考えて変だろ」
「その言い方、俺がサボってるみたいじゃないですか」
「現にサボってるだろ。いま」
「サボってるのは先輩も一緒じゃないですか」
「で、実際のとこどうなのさ。たしか彼女いたよな」
竹原が言う“彼女”とは地元に置いてきた――もとい、地元に残ると言った隆俊の婚約者のことだ。
「何時だったっけ。籍入れるの」
「年明けです。向こうの仕事が落ち着いたらこっちに来るみたいですよ」
「ってことはまだ半年以上あるのか。つか、なんでそんな他人事みたいなんだよ」
「付き合い長いんで。そろそろ戻ります?」
「まだ良いんじゃねぇ?」
このまま家に帰ろうかと言い出す先輩を前に、呆れる後輩は先日の出来事を口にする。
「そう言って結局定時まで油売って怒られたの誰ですか」
「あー、あの時は悪かった。お詫びに奢っただろ」
「コーヒー一本ですけどね。それも100円の」
直属の上司、というか入社時からコンビを組まされている竹原は決して不真面目な人間ではない。客の要望や予算に合わせて最適な旅を提案するプロフェッショナルだ。そう隆俊は思っている。
地元を離れ、九州の小さな旅行会社に入って5年。隆俊が卒業した大学のネームバリューでは大手には就職できず、慣れ親しんだ故郷から遠く離れた地に移ってでも好きなことを仕事にしようと決めた就職先。その選択に間違いはなかったと確信している。だが、最近になってその確信が揺らぎつつあることに眼前のバディは薄々気付いているらしい。
「なぁ、支倉」
「なんすか」
「婚約破棄、されるなよ」
この人、絶対気付いている。ニヤッと不敵な笑みの竹原を前に隆俊は顔を引き攣らせるしかなかった。




