幕間
「宰相閣下、会議に使用する資料です」
セイルが差し出した紙束を受け取りながら、僕は今日の議題を頭の中でなぞる。
橋の修繕といった国民の生活に直結するものから、晩餐会の席順といった取るに足らないものまで——まさに玉石混交だ。
己の都合しか考えない貴族たちの顔が浮かぶ。
内心で溜息をつきながら、資料を一枚一枚目を通していく。
「あれ?」
思わずページを送る指先が止まる。
重要な箇所には下線が引かれ、余白には小さく補足が添えられている。
ページを進めるごとに、資料は重要度の高いものから順に整理されていた。
「これ、セイルがまとめたのかい?」
書き込まれた文字が彼のものとは違うと分かっていても、思わず問いかけてしまった。
「いいえ。書記官室から上がってきたものです」
「書記官に、有能な新人でも入ったのかな?」
整った文字に、的確な補足。
一目で内容を把握できる構成。
手にしているのは、理想に近い資料だった。
そのとき、隣で控えていた補佐官——エリナ・レシアが口を開く。
「ああ、それならきっとグラント書記官ですね。最近、見やすい書類が増えたと話題になっています」
「グラント?……あの“復活のグラント”の?」
別の補佐官——エルマー・ディオスが会話に加わる。
「多分、そうじゃないかしら。貴族でグラント姓といえば、男爵家しかいないもの」
「“復活のグラント”って、なんですか?」
年若い補佐官、トレン・ハルクスが首を傾げると、セイルが簡潔に答えた。
「十年前の大災害の際、最も早く復興を成し遂げたのがグラント男爵です」
「わずか二年もしない内に、グラント領の小麦畑が復活したのよ。だから“復活のグラント”」
「二年で……? まだ復興できていない領もあるのに」
トレンが目を見開く。
「グラント男爵は災害の時に支給された支援金を全て領地民の為に使ったのよ。」
「領民が元気になれば、領地も立ち直る——ということですね」
ディオスが納得したように頷いた。
「その分、男爵家はかなり苦しいらしいけれど」
レシアが憂いの溜息を吐くと、それを合図に皆が仕事へ戻っていく。
「……惜しい人材ですね」
「ん?」
補佐官たちのやり取りを見ていたセイルの呟きに首を傾げた。
「グラント書記官。……秘書官として良い働きができそうですが、男爵家のご令嬢であれば、結婚相手を見つけて早々に辞めてしまうでしょう」
「君が褒めるなんて、珍しいね」
くすくす笑うと、セイルは肩をすくめた。
「事実を述べただけです」
そう言い残し、自席へと戻っていく。
その後ろ姿を見送ると、再び資料へと目を落とす。
確かに——これだけのものを作れるなら、秘書官として申し分ない。
(グラント男爵令嬢、か)
見知らぬ令嬢の名を胸中で呟くと、僕は意識をこれから始まる会議へと切り替えた。




