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小麦畑の君に  作者: おはよう


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6/8

5話


定刻より少し早めに王宮へ到着すると、受付を済ませた私は、応接間のような部屋へと案内された。


中に入った瞬間、思わず息をのむ。


視界に入るのは、見るからに高価だと分かる調度品の数々。


磨き上げられた家具に、繊細な装飾が施された壺や絵画。


(……絶対に壊さないようにしなきゃ)


私はそっと、光り輝く壺から距離を取る。

うっかり触れてしまわないように、壁際へと移動した——そのとき。


コンコン、と軽やかなノックの音が響いた。


「失礼するよ」


扉が開き、入ってきたのは——

理知的で隙のない表情をした、老齢の紳士だった。


紳士は、壁に身を寄せる私の姿に目を丸くする。


「……何をしているのかな?」


「……壺を割らないように、しておりました」


小さな声で答えると——一瞬の沈黙のあと。


「はっはっは!」


紳士は弾けるように笑い出した。


「なるほど、面白いお嬢さんだ」


くしゃりと相好を崩すその様子に、最初に感じた堅さがふっと和らぐ。


(……よかった。怖い人じゃなさそう)


そう思っていると、紳士は軽く姿勢を正した。


「私は書記官長のセレディオ・ハーヴィス。よろしくお願いしますね、グラント書記官」


“書記官”と呼ばれた瞬間、ぴんと背筋が伸びる。


「キルシェ・グラントです。よろしくお願いいたします!」


勢いよく頭を下げると、ハーヴィス書記官長は優しく目元を緩めた。



その後、業務に関する簡単な説明を受け、ハーヴィス書記官長に連れられて書記官室へと向かう。


扉の前で立ち止まった書記官長は、少しだけ眉を下げた。


「……大分荒れているから、覚悟するように」


「荒れて……?」


首を傾げる私をよそに、ゆっくりと扉が開かれる。


そこは——


「午後までの契約書、準備できてる?」

「会議の議事録、どこだっけ!?」

「次の会議、もう始まるぞ!」


部屋中に飛び交う声。

机の上には書類の山がうず高く積まれ、制服姿の人たちが忙しなく動き回っている。


「……」


“荒れている”という言葉に、思わず納得する。

あまりの慌ただしさに目を丸くしていると、ハーヴィス書記官長が苦笑した。


「ミルトン書記官、少しいいかな」


「はい! なんでしょうか」


書類の山の向こうから、ミルトンと呼ばれた青年が顔を出し、こちらへやってくる。


「今日から一緒に働く、キルシェ・グラント書記官だ。仕事を教えてあげてくれ」


その一言で——

さっきまでの騒がしさが、ぴたりと止まった。

室内にいた全員の視線が、一斉にこちらへ向く。


「……!」


その視線に驚き、一瞬ひるみかけるが、ぐっと踏ん張って頭を下げる。


「えっと、キルシェ・グラントです! よろしくお願いします!」


しん、と静まり返る空気。


「……?」


不安がよぎった、その瞬間——


「新人ちゃん! よろしくね!」

「助かるー!」

「分からないことあったら、なんでも聞いて!」


ぱっと空気が弾けた。

先ほどまでの慌ただしさが嘘のように、みんなが明るい笑顔を向けてくる。


その優しさに、思わず肩の力が抜けた。


「グラント書記官には、まず僕の仕事を手伝ってもらおうかな」


ミルトン書記官がにこやかに言う。


「はい! よろしくお願いします!」


思わずぎゅっと拳を握ると、その様子がおかしかったのか、ハーヴィス書記官長とミルトン書記官がくすりと笑った。


その笑いは、周りにも伝わっていく。

気づけば、先ほどまでの張り詰めた空気はすっかり和らいでいた。


(うん、ここなら——楽しく働けそう)


小さく胸の中で呟きながら、用意された席へと腰を下ろす。


そして、ふと目の前を見ると——


まだ控えめではあるものの、すでに立派な“書類の山”ができあがっていた。


「……が、がんばります……!」


小さく気合いを入れながら、私はその山に向き合ったのだった。



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