幕間
「なあ、セイル。 僕は優しいかな?」
「……外面は大変よろしいかと」
会議を終え、執務室へと戻る道すがら、隣を歩くセイルにふと問いかけてみれば、付き合いの長い気心の知れたこの部下は忖度することなく答えてくれた。
この国の宰相として、腹に一物も二物も抱える貴族たちを相手に、国のため民のために物事を進めるには余計な波風を立てない立ち回りが必要だと経験から学んだ。
特に自分の仕える王は刃に衣着せぬ物言いで、波風どころか海に特大の岩を投げ込むような人だから、尚更。
“いつも穏やかで、誰にでも分け隔てなく優しい宰相”
親にもらった容姿も相まって、周囲から与えられたこの評価には概ね満足している。
とは言え、自分が本当に優しい人間だとは思っていない。
王や国を害する者には容赦なく刃を向ける。
地下牢へと続く道を歩かされた者達に問えば“穏やかで優しい”などとは言わないだろう。
だからこそ、セイルの“外面が良い”と言う言葉に妙な納得を覚えた。
『宰相様は、お優しい方ですから』
不意に、グラント秘書官に言われた言葉が蘇る。
真っ直ぐこちらを見つめる、琥珀色の瞳。
優しいと言われることなど何度もあるが、彼女から向けられた視線には他とは違う、自分の本質を認められたような、そんな力強さがある気がした。
――上辺だけでなく、その奥にあるものを見て欲しいという願望がそう思わせたのかもしれないが。
「そう言えば、件の令嬢方はどうするおつもりで?」
セイルの声に顔を上げる。
件の令嬢――カミラ・ドミトルとその取り巻きたち。
「一ヶ月の謹慎と向こう半年間の登城禁止、かな」
「社交シーズンの間、登城できないのは未婚のご令嬢には相当痛手でしょうね」
社交シーズンに開かれる夜会は貴族令息令嬢達の出会いの場。
そこに参加できないということは、縁談の機会を逃すことはもちろん、あらゆる噂の種となる。
「今シーズンは身の振り方を学び直せば良いさ」
「伯爵から抗議が来るのでは?」
「粗暴なまま嫁いで離縁される危機を未然に防いだんだ。感謝してもらわなきゃ」
――まあ、あの高慢な伯爵が、そんな殊勝な考えを持つとは思えないが。
自分の利益ばかりを口にする伯爵の顔を思い出し、思わず眉根に力が入る。
「いっそのこと、もう少し重い罰を与えて親子共々身の振り方を学んでもらうのも悪くないね。」
「……本当に、外面“だけ”は大変よろしいですね」
呆れたようなセイルの呟きに肩をすくめる。
ふと窓の外を見れば、辺りはすっかり暗くなっていた。
グラント秘書官はもう帰宅しただろうか。
大変な一日だったはずだから、ゆっくり休んでほしい。
そう思うのに、出迎えてもらえない寂しさが胸の奥をチクリと掠める。
(執務室に帰ったら残しておいたマフィンを食べよう)
自分に優しく、と突き出されたチョコチップがたっぷり入ったマフィン。
一度に食べきってしまうのがなんだかもったいなくて、半分を机の上に残してある。
(自分に優しくするのも、悪くないな)
そんなことを考えていると、自分でも知らないうちに口元が緩んでいたのだった。




