幕間
夕陽に染まる王宮――
昼前から続いた会議を終え、執務室に戻ると、ようやく一息つく。
――が。
「宰相様、こちらの書類にサインをお願いします」
「宰相様、王都南の橋の修繕について面談の申し込みが来ています。いかがなさいますか?」
「宰相様、明日の会議ですが――」
部屋に入った途端、補佐官たちが次々と声をかけてくる。
一つ一つに応えているうちに、気づけば空はすっかり夜の色に染まっていた。
「それでは、お先に失礼します」
仕事を終えた部下たちが、一人、また一人と帰っていく。
静まり返った執務室に残されて、ようやく深く息を吐いた。
目の前にうず高く積まれた書類の山は――今は見ないことにしよう。
「……いい加減、新しい秘書官が必要では?」
そう言いながら茶を差し出してきたのは、筆頭補佐官のセイル・レイトン。
その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいる。
「そうなんだけど、ね」
曖昧に返すと、セイルの表情がさらに重くなった。
「……募集しても、集まってくるのは貴方目当てのご令嬢ばかりですからね」
「しかも、すぐ辞めてしまう」
苦笑すると、セイルはついに頭を抱えた。
かつては複数の秘書官を置いていた。
だがそのほとんどが、アルヴァート公爵家当主であり宰相である僕――リディオル・アルヴァートの“妻の座”を狙う令嬢たちだった。
最初こそ熱心に働いていたものの、激務に直面すると、皆あっさりと去っていく。
――靡かない僕の態度も、一因ではあるのだろうが。
秘書官不在の今、その役割の多くはセイルが担っている。
「このままでは倒れてしまいますよ」
「ははは。その前に家に帰してあげるから安心して」
「私ではなく、貴方が、です」
「それこそ安心して。アルヴァートの男は頑丈なのが取り柄だから」
冗談めかして笑うと、セイルは呆れたように肩をすくめ、自席で書類の仕分けを始めた。
その背を横目に、僕も書類の山へと手を伸ばす。
並んでいるのは、貴族たちからの無理難題ばかり。
見ただけで溜息が出そうになるのを、どうにか堪え、ひとつひとつ筆を走らせていく。
静まり返った執務室に、紙の擦れる音と筆の音だけが響く。
(……日付が変わる前に帰るのは、無理かな)
胸の内で小さく息を吐き、再び目の前の仕事へ意識を戻した。




