幕間
慌てて去っていく後ろ姿を見送ったあと、僕は補佐官室へと戻った。
自席に着くと、もらったクッキーが割れないよう、そっと机の上に置く。
「……餌付けでもされてきたんですか?」
様子を見ていたセイルが、呆れたように声をかけてくる。
「これは、秘密を共有した証だよ」
「はあ……」
僕の答えに、セイルは納得いかない様子で首をひねった。
「それより、こちらを」
「ん?」
「秘書官職に応募してきた者たちの履歴書です」
「……履歴書、というより釣書のようだけど」
手渡された書類に目を通す。
並んでいるのは、どれも貴族令嬢のものばかり。
記されている内容も、刺繍や楽器といった、仕事には直接結びつかない“嗜み”ばかりだった。
「貴方がことごとく見合い話を断り続け、独身を貫いているからでは?」
「別に、貫いているわけではないんだけどね」
なにも、独身主義というわけではない。
公爵家を背負う身として、結婚が必要であることも理解している。
そこに恋だの愛だのを求めるほど、若くもない。
——けれど。
派手に着飾り、アルヴァート公爵という地位や名誉、財産ばかりに目を向ける女性たちと、関係を深めたいとは思えなかった。
不意に、裏庭の“リス”——キルシェ・グラント嬢の顔が浮かぶ。
女性の空腹の音を聞いたのは、人生で初めてだった。
顔を赤らめる姿。
クッキーを齧りながら、上目にこちらを見る大きな瞳。
真剣に本を読み進める横顔も、不思議と目が離せない。
思わず笑みがこぼれる。
手にしていた釣書——もとい履歴書を、無造作に机へと置いた。
「セイル、ハーヴィス書記官長を呼んでくれないか」
「……彼が、素直に頷くとは思えませんが」
「ははは。そこは僕の腕の見せ所、かな」
そう笑うと、セイルは肩をすくめて踵を返した。
忙しい書記官の引き抜き。
あの老伯が、すぐに首を縦に振るとは思えない。
(年代物のワインだけでは、足りないかな)
これから対峙する相手の“攻略法”を頭の中で組み立てる。
ほんの一瞬だけ——
まるで父親に結婚の許しを請うようだ、なんて馬鹿な考えがよぎった。
小さく苦笑をこぼしながら、その思考を振り払い、再び説得の段取りへと意識を戻すのだった。




