幕間
「宰相様、なにか良いことでもありましたか?」
夕刻。
書類に目を通していると、報告書の署名を求めてやって来たディオスが声をかけてきた。
「そんなふうに見えたかい?」
動かしていた筆を止め、顔を上げて彼を見る。
「はい。いつもより、どこか楽しげに見えました」
ディオスはわずかに目元を緩め、小さく頷く。
長身で強面な彼は威圧感のある外見だが、実際は気配りに長けた男だ。
だからこそ、周囲の変化にもよく気がつく。
「……ちょっとした出会いがあってね」
先ほどの出来事を思い出し、自然と笑みがこぼれる。
そんな僕の様子に、ディオスは首を傾げた。
「出会い……小動物か何かですか?」
「そんなところかな」
“小動物”という言葉に思わずくすりと笑うと、ディオスはますます不思議そうな顔をしながら、自席へと戻っていった。
再び書類へと視線を落としながら、先ほどの光景を思い返す。
常に人に囲まれている為、一息つける時には誰も来ない裏庭に行くのが常だったが、今日は先客がいた。
——その客が、木の上にいるとは思わなかったが。
枝にしがみつく姿は、確かに“小動物”のようで。
小柄な身体に、大きな瞳。
紅茶にミルクを落としたような柔らかな色の髪は、ひとつに結われ、尻尾のように揺れていた。
(——お転婆なリス、といったところかな)
バランスを崩して落ちてきたときは肝が冷えたが、怪我をさせずに済んで良かった。
おそらく彼女が、グラント書記官なのだろう。
見覚えのない顔というのもあるが、胸元に結ばれていたリボンは書記官職を示す、赤色のリボン。
市井で迷子になったり、木に登ったり——
有能と噂の書記官の、想像とかけ離れた素顔に、思わず笑い声が漏れる。
その音に、部下の視線が刺さった。
誤魔化すようにひとつ咳払いをすると、書類へと視線を戻す。
そこに書かれた整った文字と、小さな注釈。
あのリスのような彼女が一生懸命机に向かう姿が目に浮かぶ。
無意識に、口元が緩んでいた。




