セイシの真理・13
宗教施設とか国防の施設とか。とりあえず入っちゃいけないところなんだろうなと見た人は思うような、高い塀と監視カメラに囲まれた施設だった。
少々無謀とも思われるような侵入の仕方をして、案の定捕まる。あまりあっさり捕まっても疑われるので、それなりに抵抗して確保してもらう。目立つ顔には自信がある。1回覚えたら誰しも忘れられない美貌であろう。きっと「あ、こいつあそこのあいつだ」と嬉々として特別な場所へ連れて行ってくれるはずだ。果たしてそこには勝臣の父もいて、説明もそこそこに適当に暴れて逃走する。とはいえ素人の勝臣父を連れての逃走。そう易々と突破できるわけはなく、さて、どうしたものかと匠海が勝臣父を背に庇った瞬間だった。
陽気な英語でしゃべくり倒しながら、片手に自撮り棒、頭に小型カメラを着けた外国人男性が走ってくる。満面の笑みで疾走し、たまに『楪』の人間を蹴散らしている彼の言葉に、英語がわかる匠海は唖然とした。
「信じられないけど、本当にあったんだぜ!人身売買組織!平和を謳うこの国で、信じられない暴挙が行われていたんだ!」
一体どんな肺活量か、ひと言もかすれることなくしゃべりながら外国人男性は匠海のもとへ走って来ると、即座に伏せるよう目配せをして背後の追手に何かを投げた。建物が揺れる地響きと真っ白い煙で辺りが覆われる。
「大変だぜみんな!このままだとオレまで捕まってどっかに売られちまう!逃げるために発煙弾が山ほど必要だ!投げるごとにみんなも応援、お願いするぜ!」
まさか生中継なんかしてないだろうなと思うが、チャリンチャリンとかいう投げ銭の空耳が匠海には聞こえてくる。配信者らしい外国人男性に促されるまま、勝臣父を背負った匠海は煙の中を突っ込んでいく。手を伸ばしてくる『楪』の人間は、「またひとり倒したぜー!応援よろしく!」などと配信者の外国人男性に次々となぎ倒されていく。
しばらく進むと今度は中国語が聞こえてくる。ちなみに匠海は英語・中国語・韓国語は実家の仕事に必要不可欠だからと、商売に不自由ないほど理解している。素人が聞いたら怒っているのか喜んでいるのかわからないであろうスピード感溢れるその中国語は紛れもなく楽しんでいる方だった。
「信じられないね!お隣の国がこれだぜ!公になったらまた揉めるぞこれ!」
おい、余計な誤解を生む言い方やめろと言いたいが、あながち誤解じゃないかもしれないし、目配せされた方を見ると匠海の父の部下たちが待ってるので、とりあえず逃げるのを先決とした。
中国人男性も外国人男性も延々喋りながら匠海たちの援護を続け、ついに外へと免れる。
塀を越えた途端ふたりの配信者は「イエーイ!」とハイタッチし、それぞれのカメラに向かってやっぱりしゃべり続けた。
「『平和の国で人身売買!?秘密組織か軍事国家か!?謎の施設へ凸!!』どうだった!?面白かったらイイねとチャンネル登録、よろしくね!」
バイバーイ!とそれぞれのカメラに手を振る彼らは、そのまま振り返って匠海たちにも手を振り闇夜の山中に紛れて行った。
「お父さん!?」
『プロのバカを雇いました』
いわゆるなんとかチューバーとかいう、危険地帯や立ち入り禁止区域を得意とする突撃配信で生計を立てている者たちであった。
『こういうのは悪ノリで済ませちゃった方が無難なんです』
「悪ノリって……」
逃げて来たばかりの疲れもあって匠海は二の句が継げなかった。
『匠海君が自分を餌にするとか言い出すからいけないんですよ。確実に君たちを取り返すには、なるべく大勢の目撃者を作った方がいいと思ったんです。まあ、結果的に自力で逃げ切れたからいいですけれど』
万が一匠海が逃げきれず、監禁されたときのことを考えて匠海の父が立てた策だった。
『誠志郎君のおかげで思いついた案でしたが、意外と優秀でしたね、彼ら』
感心したように匠海の父は言う。その感心は配信者たちにあてたものなのか、誠志郎も入っているのか。
「危ないことはしないって約束だろう!?」
研究所に勝臣の父を届け、誠志郎の部屋へ寄ると扉を開けてすぐに枕が飛んで来た。
「……なんで知ってんの?」
差し出されたタブレットの画面には先ほどの大騒動が映っている。逃走する配信者の顔は映っているが、後ろに続く匠海たちの顔は上手いこと見切れている。画面の右端には「いけー!」とか「がんばれー!」とか「後ろ後ろ!」とか声援が飛び交い、投げ銭もチャリンチャリン入っていた。
「うわ、やっぱり……」
タブレットを受け取った匠海は配信者のこれまでの動画のラインナップを見てため息をつく。揃いも揃って危ないとこばかり。戦場まで行ってるじゃんこいつら……。え、元傭兵……?
「ホンモノだったんじゃん……、やべぇ……」
「匠海!」
誠志郎の厳しい叱責に匠海は背筋を伸ばした。
「はい!無事に多田さんのお父さんも取り返して来たことだし、もうしません!」
逆立てていた毛を戻すように全身の力を緩めると、誠志郎は大きく息を吐いた。
「勘弁してくれよ、本当に……」
「ごめんごめん、ごめんね、誠志郎さん」
匠海は車椅子の足元に片膝をつき、誠志郎の手を取る。
「ほんっとうにごめん。もうしない。もう心配させるようなことはしないから」
匠海はそのまま誠志郎の大きな睾丸に頭を乗せた。そして子供たちにも聞かせるように言う。
「ごめんね、もうお父さん心配させるようなことしないからね」
誠志郎は匠海の頭にそっと手を置き、撫でた。
突然、目の前に父が現れたことも驚いたし、父は父でメロンのように大きくなっている勝臣の睾丸に驚いた。
お互い抱き合っての感動の再開もそこそこに、父は勝臣の睾丸を心配する。『楪』に連れ去られても何も聞かされてなかった勝臣の父はただひたすら驚き、信じられないと繰り返した。だが、勝臣に手を取られ、大きくなった睾丸に導かれると瞠目した。そこにはわずかに感じる生命の蠢きがあった。
父は帰って来た。だから今さらバカ丁寧に『楪』に生まれた子供を渡さなくてもよくなった。
だが、だとしたら、この子はどうすればいいのか。生んだ勝臣が育てるのか。
勝臣は無理だと最初から言っている。そもそも堕胎するつもりだったのだ。それを、父の身代わりとして生むつもりだったに過ぎない。
目の前の父は勝臣の睾丸にあてた手に、もう一方の手も重ねてあてた。そして涙していた。
何故泣くのだろうと勝臣は戸惑う。息子が妊娠なんて到底受け入れられないはずだろうに、実は女だったのかと思って泣いているのだろうか。いや、女だったらこんなところで妊娠なんかしないとわかっているだろう。だったらやっぱり、男が妊娠なんて情けないと思って泣いているのか、気持ち悪いと思って泣いているのか。何千人に何人いるのか知らないけれど、宝くじが当たるよりも稀な男性妊娠なんて貧乏くじを引いた息子を憐れんで泣いているのか。
情けない息子で申し訳ないけれど、今さら堕胎もできない。生んだらすぐに養子に出すからと。一度妊娠出産なんて経験をした息子は、もう自分の息子とは思えないかもしれないけれど、でも時が経てばそんなこと忘れてしまって、また普通の父子に戻れると思うから……。
言葉に出すより先に涙が溢れてくる。なんとか口から紡ぎ出そうと勝臣が父の肩に手を置いたときだった。
「おじいちゃんか……。嬉しいなあ……」
しみじみと父が呟いた。
勝臣は息を呑む。涙も止まって、焦って父を起こす。
「無理だよ……、俺は……、無理だ!子供なんて」
育てられない!と続けたくても、涙でぐずぐずになった父の笑顔に続けられなかった。
「大丈夫。おまえがダメでも、おじいちゃんが育てるから」
勝臣は父に育てられた。とても良い父親だった。母がいない寂しさは多少あったが、その何倍も父といることの楽しさが勝った。
父は強い人だった。
本日は夜も更新します。




