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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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セイシの真理・12


「えー!?ウソ!これホントにセイシローちゃん!?」


「なにコレ、病気!?」


「え!妊娠!?ウソだろー!?」


「キンタマで赤ちゃん!?マジウケるんですけどー!」


「生成AIだろ。よくできてるよな~」


「でもさすがに題材が。男の妊娠て。しかもキンタマ妊娠」


「キンタマだから双子て」


 匠海が初めて誠志郎と出会った店へ来るのは1年以上ぶりだった。


 付き合い始めてからも何度か一緒に来たことはあったが、特定のパートナーができると足は遠のくものである。周りにもふたりが付き合っていることは周知されていたので、無理にお呼びがかかることもなかった。


「久しぶりに来たってことは、とうとう別れたか!?」


 来店早々粉をかけられまくったものの、匠海は左手薬指の指輪でしっしと追い払う。なんだつまんねーだの別れろだののヤジに混ざって「おめでとうー!」という祝福も受けるなか、件の写真を見せびらかしたのだ。「やっぱ今どきの生成AIはすげえな」と皆が一様に感心するなか、匠海は笑いながら「いやいや、本物だって!本当本当!我が子我が子!」と否定した。



「お店の皆んなに見せてきて」


 写真を撮るだけではない。それが誠志郎からわざわざ呼び出された理由だった。


 本気にされないのはわかってる。信じても貰えないだろう。でも、紛れもなくこれは真実で、知っておかなければならない現実なのだ。国が隠すと言うのなら、当事者が詳らかにしてしまえばいい。差別されるともバカにされるとも思っていない。気持ち悪がられても、これは事実だ。子供が宿る性に決まりはなくていい。誰が生んでも命は平等だ。


「……怖くない?」


 仲間内に知られる分には良いだろう。酸いも甘いも噛み分けた百戦錬磨の仲間たちだ。そっと応援してくれるだろう。だが、万が一世間にこの写真が流出したら、見せ物になること間違いなしだ。


「その時は一緒に見せ物になろう」


 くすくすと誠志郎は笑った。でも匠海カッコいいから人気出ちゃったら少しイヤだなぁなどと笑いながら。



「誠志郎ってこんなキンタマしてたんだ……」


 誰かが画面をズームしてまじまじと凝視する。周囲からも「おお」と歓声が上がった。


「おい、やめろ、変なとこ見んな」


 匠海がスマホを取り上げようとすると、くるりと背を向けられる。


「アレ写ってるのないの?写してるんでしょ?どーせ」


 匠海にスマホを渡すまいと背を丸める客に「見たい見たい!」「探せ探せ!」と外野から声援が飛ぶ。


「ねーよ!見んなこら!返せ!」


 本当はあるが、こんなこともあろうかとクラウドに移してスマホの中のは消して来た。内心ほっとしつつもとりあえずスマホを取り返そうと匠海は客にのしかかる。のしかかられた客はサクサクと画面をスクロールしてひとつの動画をタップした。誠志郎が生まれてくる子に向けて喋っている動画だった。


 店内に流れる音楽に負けないほど音量を大きくする。久しぶりに聞く誠志郎の声に客たちは静かになった。


「……声もAI?凄いね……」


 しばらくの沈黙ののち、誰かが言う。だがその声には少しの疑いが入っていた。釈然としないものを感じながらも、他の客たちも「うん、そうだね……」と頷いている。


「ちょっといい?」


 店主に呼ばれて匠海はカウンターの席へ戻った。差し出された手にスマホを乗せる。誠志郎の写真をまじまじと見た店主は、何度か口を開いたり閉じたりしてためらったあと、匠海を見据えた。




 一体どれくらい外出していないのか。部屋の中はごみ屋敷の惨状だった。その中で睾丸だけ異様に大きく、身体は枯れ木のように瘦せこけた男が横たわっていた。救助に来た松室の声掛けにも答えず、辛うじて息をしているのがわかる程度だった。急いで楢崎の研究所へ運び込む。妊娠10ヶ月。栄養状態が悪く小さな胎児だったが、いつ生まれてもおかしくない状態だった。



 店主の古くからの友人だった。独身で一人暮らし。あちこち遊び歩いている男だったが、最近姿を見なくなった。共通の友人から聞いた話によると、睾丸の病気にかかったらしい。「病気で睾丸取ってしまうくらいなら死んだ方がマシ」と、ずいぶん睾丸が大きくなるまで遊んでいたらしい。だが、そのうち気持ち悪がられて誰にも相手にされないようになり、いつの間にか姿を見なくなったという。「病院に行きな」とメッセージを送ってもなんの返事も返って来ない。自宅を訪ねても出てこない。もしかしたらもうすでに病院に行って入院しているのかもと、心配だったがそのままにしていたという。


「もっとお節介焼いてればよかった……」


 研究所から来た救急車で運ばれる男を見ながらつぶやく店主に、匠海は誠志郎の写真を待ち受けにしたスマホを振りながら言った。


「お客さんたちに言っといて。他にもいるかも」



 古いバーのママから睾丸が腫れて実家に帰った客がいた話や、突然消えた客の話なんかをいくつも聞いた。孤独死して骨になって見つかった客の傍に、飼っていなかったはずの猫の骨が2匹分あったなんて話も出てきた。正直どこまで本当で、どれが男性妊娠の話なのかはわからない。だが、『男性も妊娠する』という話を流せば、いろんな話が集まってくる。


 そして研究所にも診察希望の患者が集まって来た。



「なんか、盛況みたいだね」


 職員と入院している勝臣、誠志郎ぐらいしか通らなかった中庭を、たまに知らない人物が通るようになった。


「結局妊娠してる人は今のところ2人しかいなかったみたいだけど」


「ここもにぎやかになるかな」


「どうかな~。生むかどうか微妙みたいよ」


「じゃあ、いったん家に帰るんだ?大丈夫なのかな」


 匠海はふんと鼻で笑って、窓の外から誠志郎に視線を移した。


「界隈は大騒ぎだよ。あの人数全部マークしようったって、あいつらも大変だろう」


「界隈だけなら、まだ足りないかなあ」


 何かを思案するように天井を見る誠志郎の頬を匠海が両手で挟む。写真を撮れと言われたときはただの出産記念だろうと思っていたのに、それを皆に見せて来いと言われた日にゃあさすがの匠海も動揺した。誠志郎は本来あまり目立つことを好まない性格だ。あの店に行っても匠海の横でにこにこしながら、喋るよりただ雰囲気を楽しんで呑んでいる。わざわざ自分が妊娠している姿を晒すようなことは好まないはずだし、何より匠海があまり人前に誠志郎の姿を見せたくなかったのだ。もちろんキンタマも見せたくなかったし、妊夫姿の可愛い誠志郎さんは独り占めの予定だった。嫉妬に頬を膨らませながら匠海はぶうたれた。


「そんなこと言って!オイタが過ぎるんだよ!誠志郎さん!」


 誠志郎ははははと笑った。





『やってくれますね、あなたの伴侶は』


 ビデオ通話の向こうで表情を変えずに匠海の父は言った。


 SNSに『#男性妊娠』で投稿された誠志郎の写真をタブレットで見ながら、匠海は青くなっていた。


『生成AIとでも思われているのか、まだ全然話題にはなっていませんが、こちらではまあまあ騒動になっていまして』


 これを見つけた匠海の故郷の人間が、匠海の父のところに駆け込んだという。ただでさえ戦争、もといカチコミ準備を進めている最中に大丈夫なのかと。


「戦争!?」


『カチコミ』


「カチコミ!?」


『若干武力を伴う交渉』


「なんにしろ、なんでそんなことお父さんの会社の人間でもない近所の人が心配してんだよ!!情報ダダ洩れじゃねーか!」


『まあ、とりあえず誠志郎君のおかげで多少の修正はありましたが、方針は固まりました。行けますね?匠海君』


 まあ、行くけど、と匠海は不満げに答えた。




 一部界隈で話題になったところで世間一般に知れ渡るわけではないのか。それともただの生成AI画像だと思われているのか。あるいは国が情報を操作しているのか。


 研究所への診察希望者が増えても、『男性妊娠』という類稀な話題を取材しようとするマスコミはひとつもいなかった。


 マスコミも来ないが、『楪』がどこかに出たという形跡もなかった。


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