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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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セイシの真理・6


「多田さんとはどう?仲良くしてる?」


 誠志郎に剥いてもらったりんごを匠海は頬張る。週末、誠志郎に食べさせようとお見舞いに持ってきたが、匠海のナイフ捌きが危ないと取り上げられた。しゃくしゃくと口の中でりんごを咀嚼しながら中庭を見下ろす。研究所の中庭に患者の姿は無い。職員が何人か往来しているだけだ。


「……もう退院されたんじゃないかな」


 匠海は誠志郎を振り返る。


「なんで?」


「堕胎するって言ってたよ」


 りんごから目を離さないまま誠志郎は答える。


「……ショック?」


 匠海もまた誠志郎から目を離さずに訊くと、誠志郎はふと笑った。


「そりゃあ、ショックといえばショックだけど。人には人の事情があるからね」


 また剥いたりんごをひとつ、フォークに刺して匠海に差し出す。匠海は受け取って、また窓の外に視線を移した。




「!?」


「堕胎、やめたんだそうですね、多田さん。なんで?」


 ドアを開けると机に匠海が腰かけていた。研究所内の楢崎の部屋はいつも鍵がかかっている。一瞬驚いたものの、楢崎はすぐに平静を取り戻した。


「……養子に出されることを選択されました」


「なんで?」


 机を回って椅子に座る楢崎を匠海は視線で追う。


「わかりません。罪悪感が湧いたのではないですか?」


「男が?するわけない妊娠で出来た子供に?男なのに?」


 ニヤつく匠海に楢崎は、露骨に嫌悪のまなざしを向ける。


「俺だったら、人身売買組織に子供渡す方がよっぽど罪悪感持つけどね」


 楢崎は何も言わずに眉をひそめた。


「変だと思ったんだよな~。親父も俺もまあまあつけ回されてた方なんだけど、ここ最近、そうだな~、誠志郎さんが妊娠してからとんとご無沙汰なんだよね、『楪』?っての?そいつら」


 言いながら匠海は机から下りて、目の前のソファーにドスンと腰を下ろす。


「ここに世話になり始めたから諦めたのかな~とも思ったんだけど、それにしても、なんでここに来たら?って話だよね。併設してる病院もこの研究所も楢崎先生の私設じゃん。そんなところに駆け込んだからって、なんであいつら諦めるのかな~って。ねえ?まさか、早いもん勝ちの世界です~、先に妊夫囲った方に権利があります~とか言うんじゃないよね、先生」


 匠海はニヤニヤと楢崎を見るが、目はまるで笑っていない。楢崎は眉をひそめたまま匠海と見合った。


「データ。渡してるね?あいつらに。ていうか、繋がってるよね?」


 つんと顎を上げて言い放つ匠海の人差し指ではUSBがくるくると回っていた。


 楢崎は目を瞑り、大きく息を吐いた。


「妊娠できる男性の傾向や特徴などがわかれば、早期に避妊や出産の計画が立てられます」


「特徴見つけたらすぐ攫うってことか。まだ妊娠してなきゃ攫ってから種付けすればいだけだしね」


「……突然妊娠して戸惑うのは男性です。国家が秘匿する以上、知っているものが対策を立てるのは当然のことです」


「認める気の無い国家に情報提供するって、どんだけヤバい交渉だよ」


「少なくともこの研究所に関わった男性妊夫の皆さんには手を出さないと約束させました」


「それ以外は?それ以外は見捨ててんだろ?ここに来た人以外の方が多いんじゃねーか?」


「それでも!ここで救えた人たちが多くなれば、いずれ世間も男性妊娠の現実に気づきます。世間にたくさんの、子供を生んだ男性が、男性から生まれた子供たちが増えれば、いずれ社会の方が動くはずなんです!それまでに私たちができることは、ひとりでも多くの男性妊夫を戦場ではなく社会に送ることなんです!」


「まだ5組しか救えてないのに?」


 珍しく熱くまくしたてる楢崎をシラケた目で匠海は見る。


「この1年だけで鍵崎さんと多田さんのお二組を保護できました」


「うち、多田さんの子は『楪』に送られちゃうけどね~」


 ニヤつく匠海に楢崎は鼻白む。


「誠志郎さんとうちの子供たちの情報はどこまで?」


「……健康状態や遺伝子情報など」


「ダメだよ~、個人情報保護法に反しちゃってる。まあ、そもそもそんなの気にしてないか」


 カラカラと匠海笑う。


「で、そのうち俺の情報も送るつもりなんだ?こないだ会った先輩夫夫が言ってたんだよな~。なんか生んだお父さんだけじゃなくて、絶対夫夫で健康診断受けさせられるって」


「……健康状態だけです。それさえ渡しておけば決して手は出してきません」


「どうだか」


 いつも冷静な楢崎が不愉快さを隠さない顔を見せる。


「彼らは男性妊夫とそこから生まれた子供たちを使い捨てにすることに、なんの躊躇もありません。元気であれば兵士、死にかければ臓器。存在することのない人間であれば物と変わらない扱いをします。私たちだって、いつまでもそんなところと協力するつもりは無いんです。でも現実的にお金は足りないし、彼らと戦う術もない。社会に男性妊夫を周知させるだけのデータも説得力も足りないんです。まだ、時期じゃないのが現実です……」


「まあねえ。本当に妊娠してんのか睾丸見せろって言われても堂々出せる場所でもないしねえ」


 匠海はしかつめらしく腕を組む。先日も着物の上からとはいえ子供たちに誠志郎の睾丸をペタペタと触られ、伴侶の匠海の方がイラついた。「男性が妊娠します」はともかく「睾丸で妊娠します」がとにかく公表しづらい。きっと誰もかれも地面に引きづるタヌキのキンタマしか思い浮かべないことだろう。


「とはいえ、『養子』の名を騙る人質交換はいかがなものかと思うのよ、先生」


 腕を組んだまま楢崎を盗み見るように、匠海は片目を開けた。


「……多田さんはお父様の無事を願っていらっしゃいます」


「まあ、そりゃまあ作った覚えのない我が子より、育ててくれた親の方が大事だろうな」


 そりゃわかる、と頷きつつも、匠海は楢崎を見る。


「でも、後味悪くない?」


「……仕方がありません。多田さんが決められたことです」


「それって、単為生殖の記録がひとつでも欲しいからって唆したわけじゃあないよね?」


 感情を読ませない目をして匠海が楢崎を見る。楢崎もまた平坦に答えた。


「違います」


「よし!」


 匠海はぽんとひとつ膝を叩くと立ち上がった。


「とりあえず誠志郎さんになんかあったらただじゃおかないからね、先生。よろしく」


 突然思い出したように匠海は楢崎に言う。


「データなんて適当なもん偽造して渡したりできないの?」


「あちらから来るデータと擦り合わせるとバカにならない結果が出たりするので、偽造は結果としてお互いのためにも子供たちのためにもならないんです」


 わかったようなわからないような顔をして「ふ~ん」というと、匠海はドアノブに手を掛け振り返る。


「もう一個確認なんだけど先生。夫夫が別れて養子に出されたっていう双子たちは、本当はどこに『養子』に?」


「……すでに戸籍が用意されていた子供たちは、素性のきちんとしたご家庭に迎えてもらっています」


「ふ~ん……」


 奥歯に引っ掛かる楢崎の物言いに何かを感じ取りながらも、匠海は一応見逃してやる。だが少しだけ付け加えた。


「多田さんがさ、やっぱ無理って言い出したら、うちで面倒みるから。子供。伝えといて」


 楢崎は眉をひそめたが、匠海は後ろに手を振ってドアを閉じた。




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