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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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セイシの真理・5


 麻酔から目覚めた勝臣は、なんの痛みも感じなかった。睾丸の手術なんてこんなもんか……と白い天井をなんともなしに見上げていると、楢崎が視界に入って来た。


「……なんか、あっけなかったなかったですね……」


 子供を堕ろしたなどという自覚はまるでない。男が妊娠するはずなどないのだから、やっぱりあれは何かのできものだったのだろう。痛みも罪悪感も無くて、今までの慌ただしさも現実感がない。なにもかも気のせいだったのだと勝臣は再び目を閉じながら思っていた。


「多田さん。聞こえますか?」


 楢崎の声がいつもより硬かった。今度こそ本当に悪い病気でも見つかったのだろうか?だとしても妊娠よりは全然良いと勝臣は鬱陶しく思いながらも目を開けた。


「……はい」


「堕胎手術は行いませんでした」


「……はい?」


 一瞬何を言われたのか理解できず、眉を寄せて考える。そしてその顔を楢崎に向けた。


「え……?」


 力の入らない右手を無理矢理動かし、なんとか股間を探ってみる。そこには、昨日と変わらず片方だけが大きく腫れた睾丸が鎮座していた。


「な……!?なんで……!?」


 起き上がろうとして肘をついた勝臣を、看護師と楢崎が支える。高くした枕を背中に当ててもらいながら勝臣はできる限りの大きな声を出した。


「なんでまだあるんですか!?」


 腕を掴んでくる勝臣の手をそのままに、楢崎はその目をじっと見つめた。


「落ち着いて聞いてください。お父様が、誘拐されました」


「……は?」


 勝臣は大きく目を見開く。


「お父様が、国から依頼を受けて男性妊夫を集めている機関に連れ去られたんです」


「なんで……、なんで親父が……」


「単為生殖が出来る多田さんの遺伝子の素として調査するためです」


「な、なんで……」


 妊娠したことなど、当たり前だが父親には告げていなかった。言ったところで信じやしなかっただろうし、変に心配かけるのも申し訳なかったからだ。そもそも狙われるのが妊娠している自分ならわかる。なぜ親だからと父まで連れて行かれなければならないのだ。もし妊娠のことを告げておけば少しは父も警戒しただろうか?いや、こんなことになるとは自分すら想像していなかったのだ。父親はもっと、男性妊娠の話すら意味不明で、とりあえず日頃と同じ生活をしていたに違いない。防ぎようがなかったはずだ。勝臣ははたと気がついて楢崎に縋り付いた。


「親父は!?無事なんですよね!?その、調査とかが終わったら、すぐ帰してもらえるんですよね!?」


 楢崎はゆっくり勝臣の手を離すとベッドに置いた。


「男性妊夫を集めている機関は『(ゆずりは)』と言います。国から依頼を受け、男性妊夫を探し捕らえ、子供を生ませて、生まれた子供を兵士として育てる仕事をしています」


「え……。なにそれ……」


 呆然とする勝臣に、淡々と楢崎は続けた。


「男性が妊娠することは公には隠匿されています。なので男性妊夫は衆目に晒される前に『楪』に収監され出産させられます。男性妊夫は出産と共に亡くなり、残された子供は『楪』によって兵士として育てられ海外、主に同盟国に派遣されます」


「それって……、人身売買じゃ……」


「男性妊夫などという、存在しないものから生まれた子供など、彼らにとっては道具程度の認識なのです」


 楢崎は珍しくわずかに鼻白んだ。


「男性が妊娠するきっかけは、男性同士の性行為だと思われていました。ですが松室先生のお父様の出現で、男性の単為生殖の可能性がつまびらかになってしまった。単為生殖が可能ということは、間の『性行為』という手間を省けるということ。相手を見つけ、お互いの情愛を確認し、性行為をするという手間が省けるということは、子供の量産が可能だということです。単為生殖の仕組みさえ解明してしまえば、男性が一人だけで最高ふたりの子供を生むことができる。兵士の増産の可能性がでてきたわけです」


「そんな……、べつに子供産むのなんて……普通に女の人がやってるわけだし……」


 途方もない話に勝臣は混乱する。


「生まれるはずもないところから生まれてきた子供は、存在するはずの無い子供。『楪』はそれをチャンスと捉えたんです。妊娠する可能性のある彼らを早くから兵士として戦場に送る。そこで妊娠し、出産して死んでもふたりの新しい兵士を残すことができる。その子たちももしかしたら妊娠できる遺伝子を継いでいるのかもしれない。永遠と戦場での地産地消を繰り返す優秀な遺伝子。さらには単為生殖までできるとしたら」


 話が大きすぎる。大きすぎるというか頓珍漢過ぎる。男の妊娠だの堕胎だのでいっぱいいっぱいだったのに、何を言われているのか全然理解が追い付かなくなって、勝臣の口は開いたままになる。ただ、ひとつだけ絶対に確認しておかなければいけないと勝臣は楢崎に縋った。


「親父は!?親父は帰って来るんですよね!?検査だけなんですよね!?そんな、戦場とか、途方もない話じゃないですよね!?」


「多田さんと引き換えに返してもいいと言われました」


「え……」


 勝臣の身体が止まる。苦しくなった胸もとを掴む。


「多田さんが、お父様の代わりに『楪』に協力してくれるのなら、お父様はご自宅へお返しすると連絡がありました」


「おれ……、おれが……」


 ただの検査に協力しろというのならすぐにでも行けただろう。だが、先ほどの楢崎の話からはそれだけでは済まないような恐ろしさを感じる。


「……あるいは、多田さんのお子さんをと」


 勝臣は楢崎を見上げた。楢崎は見透かすように勝臣を見ていた。


「多田さんが、堕胎を決心なさったお子さんを『楪』に渡せば、お父様は返していただけるそうです。ただし7ヶ月後。お子さんを無事に出産なさってから、お子さんと引き換えだそうです」


 7か月。あと7か月も睾丸に子供を入れておかなきゃならないのか。7か月間、今よりもっと大きくなる睾丸に耐えなければいけないのか。あんなグロテスクな睾丸をあと7か月もぶら下げておかなければならないのか。車椅子に座りっぱなしで、立ち上がるのにも人の手を借りねばならない。身体の自由なんてほとんどない。身体の自由どころか、妊娠している間はこの研究所から出ることもできない。


 だが、父は。父は今頃どうなっているのか。


 自分も、その『楪』とやらに行ってしまえば、どんな扱いを受けるのか。


 勝臣は胸を、シーツを握り締める。


 どうせ堕ろそうと思っていた子供だ。生まれてすぐに渡してしまえば、生んだ自分のことなど全く覚えていないはずだ。『楪』に行ったら行ったで、その場所に合った生き方をするだろう。そこから先は自分が気にしてやることではない。


「……生みます」


 勝臣は声を絞り出した。


「堕胎、止めます。生んで、親父を返してもらいます」


 楢崎は勝臣の目に頷き返した。




 出産までの住居は誠志郎のいる住居棟を勧められたが、勝臣は拒否した。すぐに捨てる子供を生むのに、幸せそうな誠志郎の近くには居たくなかった。どうせ子供を無事に出産するためにと、毎日何かしらの検査はあり、看護師たちの出入りも激しい。研究施設のある入院棟の方が職員たちにとっては便利なので、楢崎も了承した。


 男性妊夫が生まれた子供を養子に出すことは珍しいことではない。訊かれたら養子に出すことにしたと答えればいいと言われたが、それで納得できる勝臣でもなかった。嘘とも嘘でないとも言える。嘘が全部悪いとは子供でもないので思ってはいない。それでも、自分自身が釈然としなかった。



 たぶん。幸せそうな人が苦手なのだ。妊娠しててもしてなくても。


 きっとどこか別のところで別の出会い方をしても、誠志郎たちとは接点はなかったように勝臣は思った。

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