セイシの真理・3
堕胎手術は明日。今日は検査だけとなった。血液検査も尿検査も、肺も心電図もついこの間やったばかりではないかとうんざりしていた。それでも「手術中に万が一のことが起こってはいけないので」と言われては、勝臣も従わざるを得なかった。
睾丸の中に育った胎児は精子を栄養にして育つという。だったら射精でもすれば子供も流れるのではないかとも思ったが、もし万が一無くなった胎児がおしっこと一緒に尿道から出てきたらそれはそれで恐ろしくて、自慰すらできなかった。出てくるんだったらまだいい。途中で引っ掛かりでもしたらと想像すると、恐ろしくてかなわない。つくづく男の妊娠なんて厄介な病気にかかってしまったもんだと勝臣は舌打ちした。
あらかた検査も終わり病室へ戻っていると、見慣れない家族が中庭を横切るのが見えた。小学校低学年ぐらいの双子の男の子を連れた男性ふたりと、歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まりする双子を連れた男性ふたり。勝臣は何となく気がついた。
「経験されたご家族に、定期的に来ていただいてるんです。今日は鍵崎さんが入院していると知って会いに行ってくださってます」
後ろから楢崎に声を掛けられても、勝臣の心には小さな波紋すら立たない。
「そうですか。僕には関係ないんで」
立ち去る勝臣の背中に楢崎は静かに言う。
「あと3人、ここで出産された方はいます。その方たちは皆養子に出されました。決して珍しいことではありません。気に病まないでください」
勝臣は足も止めずに口元をゆがませた。
ほーら。男が妊娠なんてするもんじゃあない。半分以上、捨ててるじゃないか、我が子を。だったら最初から生まない方がいい。ていうか、妊娠なんかしない方がいい。土台男が妊娠なんて。やっぱり変だ。無理なんだよ。男に母性愛なんて、あるわけないじゃん。母親にだって無い奴いるのに。
上の者が下の者の面倒を見る土地柄で育った匠海はそもそも子供に抵抗が無い。というか好きだ。誠志郎も保護者的な気質があるので、子供が寄ってくると自然と目尻が下がる。しかも同じく男性妊娠から生まれた子供たちともなれば親近感はなお一層で、睾丸の中の胎児がこれほど育ってなければ抱っこしてあげたかった。
「ほんとだ。おっきーい!」
無邪気にひざ掛けの上から誠志郎の睾丸を触ろうとする子供たちをその親たちが慌てて止める。誠志郎は笑って「大丈夫だよ」と触らせてやっていた。
「おまえら子供だから許してやってんだからな。大人だったらこうはいかねーぞ」
ぷんすかと脅しをかける匠海を誠志郎が「おい」と優しくけん制する。親たちは「すみません」と笑った。
「ぼくたち、ほんとにこうやってひろパパからうまれてきたんだ」
子供が目を爛々と輝かせている。
「家に帰ったら、ひろパパが妊娠してるときの写真と動画見せてやるよ」
「あるの!?」
「あるよ。……本当はね、内緒のものだから誰にも言っちゃいけないよ」
父親はしゃがんで子供と目線を合わせると、唇を人差し指で押さえた。子供たちも真似して押さえる。
「うん!わかった!ないしょ!」
「どうかな~、内緒にできるかな~。タクマもカズマも幼稚園で『お父さんが生んだ!』って言って『嘘つき!』ってお友達に言われてケンカになっちゃったからなあ」
ひろパパが苦笑いして言うと、タクマもカズマも同時にぷっと頬を膨らませた。
「だってほんとのことじゃん!」
「うそなんかついてないもん!」
「そうだね。でもだからってケガするまで殴っちゃいけない」
ひろパパはふたりの頭を撫でる。
「今はまだ、お父さんが生んだって言っても誰も信じてくれない時代なんだ。だから、無駄なケンカをしないためにも、誰から生まれたとか、聞かれても無いこと言わなくていいから」
「とはいえ母の日とか余計なイベントあるからなあ、この国」
渋い顔をして腕を組む匠海に誠志郎は不思議になって尋ねる。匠海と母親の関係は良好のはずだ。
「余計なの?」
「あそこのケーキ食べたい、あそこのチョコ食べたいって毎年なんかねだられる」
「可愛いもんだ」
誠志郎も父親たちも笑ったが、匠海は「高級なやつだぜ!?」と憤慨していた。
「母の日ぐらいは俺たち二人の顔でも描かせとけばいいんですけどね」
幼稚園の頃から「お母さんの似顔絵を描きましょう」などというイベントごとは少々頭が痛かったという。それでも昨今は片親や同性夫婦に配慮してか、そんな時間も学校では減って来た。
「最初はうちも誰から生まれたとか内緒にしとこうと思ったんですけど……」
ひろパパが言い淀むと、もうひとりの父親が掬い上げた。
「ヒロキが命がけで生んだのに、それ隠すのって変でしょ。だから本当のこと教えようって」
「でも、子供たちが言っちゃうわけでしょ?他の人に。それ不安にはならなかったんですか?」
眉を寄せる匠海に父親は笑って言う。
「子供が言っても結局誰も信じないんですよ。ただでさえ男同士の夫夫ですから、まあ、あそこの家の子供ならそういうことも言うだろうなで終わってます」
「……国の干渉は怖くないですか……?」
一層眉をひそめる誠志郎に父親は言った。
「それが、不思議と何も無いんですよ。さんざんここで脅されたわりには、この子たちが生まれてからは後をつけられるとか盗聴されたりとか、そんなことされた覚えないんです」
「うちもそうなんです」
タクマとカズマより小さい双子を連れた夫夫が声を挟んだ。
「まだ小さいからすごく警戒してるんですけど、何にも異常がなくて。むしろなんかそう思って気が緩んだ隙に誘拐されるんじゃないかってビクビクしてはいるんですけど」
匠海の実家和源家とはえらい違いである。何故そんな差があるのか。匠海の祖父と父が好戦的過ぎてかえって敵を呼んでいるのか。誠志郎と匠海は顔を見合わせたが答えが出るはずもなかった。
もうひとり男性妊夫が入院している。誠志郎も匠海もそう言いたかったがプライバシーに関わる。偶然にでも外を通ってくれないかと思っていると、楢崎がやって来た。
誠志郎と目が合うと首を小さく横に振った。
「おひさしぶりです」
「楢崎先生!」
二組の夫婦は笑顔で振り返る。子供たちは「ならさきせんせー!」と駆け寄って抱きついた。
「大きくなったねー。んー、かわいいかわいい」
「かわいいんじゃないよ、かっこいいんだよ」
美人に頬ずりされてまんざらでもない顔をしているくせに生意気なことを言う。楢崎は笑いながら「んー、そうだったね、ごめんごめん」と4人の頭を撫でまわした。
「体調にお変わりはありませんか?注射は?」
元気ですよという声の間に誠志郎の「注射?」という疑問が混ざった。
「男性ホルモンの注射です。定期的に打ちに来てるんです」
ひろパパの言葉に誠志郎は楢崎の話を思い出す。出産の際睾丸を取り出すと男性ホルモンの分泌が減るので、性欲の減退や男性型更年期などといった症状をはじめ、身体も中性的になるのだそうだ。抵抗があれば男性ホルモンを定期的に注射できると説明を受けた。そう言われてみればひろパパには何も思わなかったが、もう一組の父親のひとりはとても線が柔らかい。
「僕、もともと痩せてるんで別にいいかな~と思って受けてなかったんですけど、最近ちょっと太りやすくなっちゃって。やっぱり打った方がいいのかなって」
歳じゃない?と笑うもうひとりの父親に、そうかもしれないけど、と笑う。楢崎もほほ笑みながら「試してみましょう」と快諾した。
「どうするの?」
匠海が誠志郎の目を見ながら問うてくる。
「どうしてほしい?」
男性ホルモンを打って欲しいか欲しくないかである。決めるのは誠志郎自身ではあるのだが、一応訊かれたので訊き返してみる。
誠志郎から少し距離を取り、頭の上からつま先まで舐めるように見たあと、匠海は大真面目に言った。
「一回、筋肉の無い誠志郎さんも楽しみたいから、しばらく注射しないで」
「なんだそれ」
誠志郎の拳が匠海の鳩尾に入った。




