セイシの真理・1
「どうも。パパ友です」
後部座席でにっこり笑う美丈夫の纏う着物は、ひざ掛けがかけてある股間部分が妙に盛り上がっていた。
声も出せずに驚いている勝臣をそのままに、車は研究所へ向かった。
すぐにエコー検査へと通され胎児の無事を確認しようとするが、正気に返った勝臣が抵抗を始める。妊娠を認めた覚えもないのにそうたびたび下半身を剥かれてはたまったものではない。たしかに先週より腫れてはいるが、腫瘍です!緊急手術をしましょう!と言われるならともかく、赤ちゃんは無事ですか!?とか言われるんだったら冗談じゃない。もうそんな嘘には付き合っていられない。
「そりゃー、信じられないですよねー」
検査室で暴れている勝臣を見かねて、誠志郎と匠海がドアから顔を出した。
「よかったら、僕らの赤ちゃん見てみます?」
誠志郎が自分の股間を指して見せる。
「え?」
声を失う勝臣の後ろで、楢崎医師が戸惑った顔をする。
「よろしいんですか?」
「僕はよろしくないんですけど」
誠志郎の後ろで匠海はぶうたれるが、誠志郎は笑う。
「いいですよ。下半身部分だけでも衝立で見えないようにしてもらえれば」
楢崎は頷くと、ベッドの脇にパーテーションを設置した。モニターを勝臣が見える場所に移動させ、誠志郎の準備に入る。
勝臣の横で本当にここから誠志郎の下半身が見えないか確認していた匠海だったが、誠志郎がベッドに移動しようと立ち上がったとき、慌てて彼の介助に向かった。
しばらくしてモニターに画像が映る。てっきり白黒でざりざりとした画面を予想していた勝臣は、あまりにもはっきりとしたピンク色の赤ん坊の顔に「うわっ!」と声が出てしまった。
「ホラーじゃないですか!」
絶対これAIだと確信した勝臣は断言する。匠海がパーテーションの向こうから飛び出てきた。
「失礼だぞ、おい!」
「失礼なのはどっちだよ!ここまでして俺のこと騙してどうする気だよ!」
勝臣とていい加減頭に血がのぼっている。自分よりずいぶん背の高いイケメンに凄まれたところで尻込みしている場合ではない。
「えーと、多田さん?」
柔和な誠志郎の声がした。
「よかったら、触ってみません?」
「ちょっと、なに言い出してんの誠志郎さん!」
匠海は焦り、勝臣は「触るってどういうこと?」と青くなる。
誠志郎の目配せを受けた楢崎は大判のタオルを用意した。
「どうぞ」
「誠志郎さん!」
誠志郎に促され勝臣はパーテーションを回り込もうとするが、匠海に阻まれた。
「タオル掛けてるから大丈夫」
「触らせるのはいくらなんでも!」
誠志郎は匠海に手を伸ばしてその手を握る。
「僕には匠海がいたけど、多田さんはひとりで受け入れなきゃいけないんだよ。少しぐらい協力してもいいんじゃない?」
なんともやるせない顔をした匠海は、しぶしぶと身体をずらし勝臣へ道を作った。
ベッドに横たわる誠志郎の股間にはバスタオルが掛けてある。恐る恐る近づく勝臣は、その異様に大きく膨らんだ股間に眉をひそめた。
「この辺がわかりやすいかな」
誠志郎は右の陰嚢の側面に手をあてる。勝臣はそろそろとそこに手を伸ばした。
「嫌なら触んなよ」
触れる寸前匠海に言われ、勝臣の手が止まる。
「匠海」
誠志郎が「めっ」と叱る。そして勝臣の手を取って引き寄せる。
「え……」
タオルの上からでもわかる。硬く、そこには何かの形が存在する。陰茎でも睾丸でもない、確固たる何か。
「わっ!」
突然動いたそれに、勝臣は慌てて手を引いた。
「動いたね」
笑う誠志郎に勝臣は唖然とする。
「うそ!待って!僕も僕も!」
匠海が焦って勝臣を押しのけてきた。
「ベイビー、お父さんだよ~。こっちが本当のお父さんだよ~。今の人は偽物だよ~」
言いながら手をあてるが沈黙している。焦れた匠海はもう片方の側面に手をあてる。
「ほ~ら、お父さんだよ~。お返事して~」
何度言ってもすっかりシカトを決め込まれた匠海は、振り返ってキッと勝臣を睨みつけた。
「なんでお前が挨拶してもらえんだよ!」
「いや、別に……」
「動いた!」
勝臣がイケメンの眼力にたじろいでいると、匠海が突然叫んだ。
「お父さんだよ~、本物のお父さんだよ~」
両手で睾丸を包み愛おしそうに話しかける匠海に、誠志郎は苦笑いする。
「友達のお父さんをいじめないでってさ」
「……いじめてないよ……」
肩越しに勝臣を見ながら恨めし気に匠海は言う。
「納得できました?」
誠志郎は勝臣に優しく微笑みかける。
「男も妊娠するんですよ。本当に」
自分でしてても信じられませんけどね、と誠志郎は笑った。
絶対にコントだと思いたかった。何かの芝居だと思いたかった。だが、勝臣の心はすでに、男は妊娠するという事実に揺らぎ始めていた。
ベッドに横たわり、ズボンも下着も下にずらした。陰茎は腹部へぺたりと倒されタオルを掛けられる。陰嚢の下にもタオルを敷かれた。暖かいジェルが塗られ、プローブがあてられる。医師とはいえ、正直女性に陰茎や陰嚢を触られるのは激しく抵抗を感じるのだが、いろいろ言える状態でもないので勝臣は飲みこむ。ぬるぬると何かを探っていた楢崎はモニター画面を勝臣に向けるとにこやかに言った。
「よかった。元気ですよ」
白黒の画面の中。真ん中にある白い小さな存在。うっすらとわかる目鼻は確実に何かを主張しようとしている。
「まだまだこれから、ちゃんとした赤ちゃんの形になっていきますからね」
画面に釘付けになっている勝臣に楢崎はおっとりと言う。
「本当に……」
勝臣は呆然としたまま呟いた。
「本当に、ここに……?」
「はい。多田さんの睾丸の中に」
「本当に、こんなところに赤ちゃんが……?」
「はい。3か月です。週で言うと、もう、11週目に入ってます」
「赤ちゃん……。3か月……。11週目……」
本当に、妊娠している……。のだとしたら……。
勝臣にどっと不安が押し寄せる。
どうしたらいい?これから何をしたらいい?身体はどうなる?仕事はどうなる?出産準備ってなに?なにをどうすればいいんだ?親には?親父にはどう説明したらいい?会社だってどうなる?休むの?産休?ていうか親父も会社も信じてくれる?俺が妊娠したとか言って信じてくれるの?子供の母親は?え?俺が生むから俺が母親なの?父親は?父親も俺?え?じゃあ戸籍は?そもそも戸籍なんて作れんの?誰の子になんの?待って。生まれたらどうすんの?育てるの俺?ひとりで育てるの?え?無理じゃない?子育てなんてやったことないよ。想定してなかったよ。結婚も考えてなかったのに、いきなり出産育児?待って待って待って。出産もひとりよね?俺。泣いてる赤ん坊抱えてひとりでどうやって生きてくの?会社は?保育園?え?俺が?保育園に子供預けて?シングルファザー?え?
「……すみません……」
勝臣は震える声を絞り出した。
「堕ろしたいです……」
楢崎は静かに勝臣をみつめていた。




