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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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ショウシキュウの秘密・8


 ここは江戸城大奥かというほどだだっ広いお座敷のド正面には仰々しい祭壇のようなものが飾られ、両側の壁には長い半紙に招待客の名前がでかでかと書かれ、その前にそれぞれ座布団が用意されてあった。


「式が終わったら、このままここで披露宴になるから」


「……なんかちょっと想像と違うんだけど……」


 なにかで見たことあるような光景に、誠志郎の戸惑いは動揺に変わりつつある。気にしてないのか気づいてないのか、匠海の笑顔には曇りがない。


「ちょっと堅苦しく感じるかもしれないけど、式はすぐ終わるから」


 いや、そうではなくと誠志郎は言いたかったが、立ち働く人が多い中、なかなか切り出せずにいた。


 匠海の家が裕福であることはなんとなく聞いていた。よくある田舎の地主だよと匠海は笑っていた。固定資産税は安いけど維持費がかかる山ばっかりと。まあまあいいとこのお坊ちゃんなんだろうなとは思っていたが、どうやらそれだけでは済まないらしい雰囲気に誠志郎の顔色が若干青ざめ始める。


「誠志郎さん」


 匠海は誠志郎の指先をぎゅっと握ってこちらを向かせた。


「絶対幸せにするからね」


 誠志郎は戸惑いに眉をひそめ匠海を見る。人々が自分たちのために慌ただしく結婚式の用意で立ち働いているなか、今さら何を言い出したのか。嫌な予感と共に息を呑んでいると、匠海はしっかりと目の中に誠志郎を捕らえた。


「結婚するよ」


「今言う!?決定!?」


 いや、決定でしょうけれども!とも思いながらも、逃げ腰になっていることを見透かされていたことにこっぱずかしさがある。

 

「おじいちゃんになるまで、死ぬまで一緒だからね」


 もう匠海は笑っていない。真剣なまなざしでぎゅっと手を握って来る。


 誠志郎とて今ここで匠海に恥をかかせるような真似をするつもりはない。だが、どうなるかわからない未来に手放しでほほ笑むことができない。いつもの自分ならその場しのぎに軽く誤魔化せたであろう若者の約束に、どうしてこうまで正直な態度が出てしまうのか。やはり子供がいるからか、結婚の話だからか。それともここまで大袈裟に奇妙な結婚式の準備が進んでいるからなのか。


「プロポーズが遅いのよ、匠海さん。式が始まる直前だなんて、お相手が戸惑われるのも当たり前ですよ」


「おばあちゃん!」


 輝くように笑う匠海の視線を追うと、黒留袖を着た美しい老婦人がいた。涼し気な顔立ちと艶やかな存在感。まっすぐに立つその姿は紅く咲き誇る彼岸花のようで思わず誠志郎は見とれてしまった。


「こちら僕のパートナーの鍵崎誠志郎さん」


 嬉々として紹介する匠海と頭を下げる誠志郎に近づくと、祖母は切なげな目で誠志郎に語り掛けた。


「ありがとう、誠志郎さん……。あなたの命がけの誠意、決して無駄には」


「あ。死なないから」


 速攻匠海が遮った。


「元気に出産して、元気に子育てできるから」


「そうなの?」


 祖母は軽く目を見開いて匠海を見る。


「今はいいお医者さんがいるから」


「よかった~!」


 祖母はたちまち破顔すると誠志郎の手を握りぶんぶんと振り回した。


「よかった!本当に良かった!心置きなく元気な赤ちゃんを産んでちょうだいね!必要なものがあったら遠慮なく言ってちょうだい!子育ても手伝えるわ!なんてったって4人の息子を育てたんだから!ひいおばあちゃんだからって舐めないちょうだい!まだまだ元気ですからね!いっくらでもお孫ちゃんのお相手できますよ!」


 腕まくりをして力こぶを見せる祖母の腕は細いが、満面の笑顔が頼もしすぎて誠志郎も思わず釣られて笑顔になった。


「ありがとうございます。あの、妊娠のこと……」


 そこまで言ってくれるのだから知ってはいるのだろうと思いつつも、誠志郎は恐る恐る訊いてみる。祖母は笑いながらも眉を下げて誠志郎の肩を優しく叩いた。


「不安よね。信じられないし、これからどうなるのかただただ心配よね。でもね、大丈夫。良いお医者様がついているのならとりあえず命の心配はないわけだし、産後のことは私たちも付いてるから、何も心配しなくていいですからね。あなたは自分の身体と赤ちゃんのことだけ考えてちょうだい」


 祖母の言葉が身に染みるのは、子供を生み育てたことがある人の言葉だからだろうか。誠志郎は祖母の目を見たまま深く頷く。今に至るまで何も納得できないままここにやって来た。医者に妊娠していると言われても、当たり前だが信じられない。いくら愛している匠海の言うことでも、納得したふりしかできない。匠海の父や祖父にどう歓迎されても、男の妊娠など、男同士の結婚など、信じられるわけがない。だが、なぜ今この人の、目の前にいる老婦人の言葉は信じようと思ったのか。


 いや。自分が妊娠していることを信じたわけではないと誠志郎は考える。たぶん身ごもった相手を慮る老婦人の言葉に感銘を受けただけなのだと誠志郎は思った。思うことにした。




「え~?まだなの、お父さん。まだ、目開けちゃだめ?」


「だめだめ。もうちょっと待ってね。あと……、10歩ぐらい」


 能天気な声と共に、後ろから匠海の父の手に目隠しされた女性が入って来た。


「いち、にい、さん、しい、ごお、ろく、しち、はち、くう、じゅ」


「あと3歩……」


「あーー!匠海くーん!」


 父が言い終わる前に早々父の手を引き剝がした母は、ずいぶん手前から見つけた匠海に向かって上機嫌に駆け寄って来た。


「おかえりー!帰って来てるんならうちに、ん?」


 ようやく目の前の祖母、および周囲の慌ただしさに気づいた匠海の母は、ぐるりと回りを見回して目をしばたかせる。


「どうしたんです?お義母さま、これ」


「匠海君の結婚式ですよ、お母さん」


「はあ!?」


 肩に手を置かれ、大きな声を出しながら匠海の母は父を振り返った。


「結婚式!?匠海くんの!?」


 そして匠海を振り向き確認する。


「匠海くんの!?」


「うん。急でごめんなんだけど、こちら僕のパートナーの鍵崎誠志郎さん。よろしくね」


「!?」


 匠海の母は目を大きく開いたまま誠志郎を指さして見上げる。誠志郎は噴き出る冷や汗もそのままにひたすら頭を下げた。


「本当に突然申し訳ありません。鍵崎誠志郎と申します。匠海さんとお付き合いさせていただいていて、なんと言いますか、本当に突然なんですけども、なぜかあの、急に結婚……」


「赤ちゃんできたんで急いでるんだ」


「赤ちゃん!?」


 いけしゃあしゃあと言う匠海に母は変な音程で絶叫する。


「赤ちゃん!?」


 今度は尻上がりの音程で誠志郎を指さした。


「いや、あの、でも、まだはっきりとは」


「双子ちゃんだからすっごい大変になると思うんで、お母さん協力よろしくね。僕たち新人パパパパなんで」


 しどろもどろになる誠志郎など差し置いて、匠海は先へ先へと母を促す。母は促されてはいないが。


「え!?女の人だったの!?全っ然そうは見えなかったけど!あら、ごめんなさいね!こんな言い方失礼だわね!いやでも!でもやっぱり、ええ!?匠海くん、男の人好きだったんじゃないの!?こういうガタイのいい人だったら女の人でも良かったの!?あ、ごめんなさいね!女性にガタイがいいなんて!いや、でも、すっごいいい身体!なになに格闘技とかやってるの!?」


 言いながら興奮を隠しきれない母は、誠志郎の身体をべたべたと触りまくる。怒っても良さそうなものだが、妊娠のことより結婚式のことより、今はこの母の人となりに戸惑って誠志郎は声が出せない。


「失礼ですよ、七海(ななみ)さん。少しお話を聞いて」


「お母さん、お母さん。ちょっと説明するから、ね?待って、ね?」


 祖母に窘められ、父に引き剝がされ、爛々と目を輝かせたまま匠海の母はようやく匠海と誠志郎と向き合った。




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