ショウシキュウの秘密・7
「匠海!」
「お父さん!痛っ!」
空港に迎えに来ていた父に手を振り駆け寄ると、とりあえず頭を一発はたかれた。
「あれほど言ったのに!おまえはまた大学入ったばっかりで!」
「いや、妊娠したの僕じゃないし」
「させる方がなお悪い!」
「お父さん。すみません。僕が……」
誠志郎が慌てて割って入ると、父は深々と頭を下げた。
「このたびは誠に申し訳ありません。こんなことに巻き込んでしまって。あなたにも人生設計というものがあっただろうに、本当に不甲斐ない息子で大変申し訳なく思っています。ですが、どうか」
父は顔を上げるとすがるように誠志郎の手を握った。
「どうか息子を、匠海を見捨てないでやってください!子供を生んでくれる以上、こちらは全力であなたに協力します。一生、あなたが困らぬよう面倒見させてもらいます。だからどうか、どうか!」
そしてもう一度父は深々と腰を折った。
「匠海と結婚してやってください……!」
一気にまくしたてる父に気圧され誠志郎が呆気に取られていると、匠海が横でのほほんと言った。
「いや、お父さん。僕より先にプロポーズしないでよ」
「おまえ!まだ求婚もしとらんかったんか!?」
烈火のごとく怒った父は逃げる匠海を殴りながら追いかけまわし、そのまま3人は駐車場へと向かって行った。
「匠海……」
海に近い場所にある豪奢な高齢者向け住宅に匠海の祖父は住んでいた。
見事な白髪に長い白いひげ。車椅子に座っていながらも威厳のある佇まいに誠志郎が背筋を伸ばしていると祖父は匠海を呼び寄せた。
「ただいま戻りました。おひさしぶりです、おじいちゃん」
祖父の前に跪き、その手を取って匠海は見上げる。祖父は長い眉毛の奥の目を細めると、匠海の手を握った。
「よくやった……!よくやったぞ……!赤ん坊は大事に育てる……!おまえの犠牲は無駄にはせんからな……!」
「あ、いや、おじいちゃん」
匠海は祖父の手を離して手を振った。
「妊娠したの僕じゃないんだ」
「え?」
「ん?」
祖父も匠海もきょとんとした。
「おまえじゃなくて?」
「僕じゃないんだよ」
「本当に?」
「本当に」
祖父はかがんでいる匠海の頭のてっぺんからつま先まで見ると、さらにまじまじと匠海の顔を眺めて言った。
「その顔で?」
「ありがとう。でも、この顔で」
匠海はしゃあしゃあと頷いた。そして後ろにいる誠志郎に視線を促す。
「こちらが僕の子供を宿してくれた、恋人の鍵崎誠志郎さん」
振り返った匠海と目が合うと、誠志郎は恭しく頭を下げた。
「初めまして。鍵崎誠志郎と申します」
「おお……」
祖父は誠志郎に向かって手を伸ばした。
「匠海が選んだ人だけあって、好青年だな。しかし……」
祖父は誠志郎の手を握りながら涙ぐんだ。
「すまない……。匠海と子供のことは心配しなくていい。君の気高い志は決して忘れない……。せめて残された時間を匠海と心置きなく過ごして……」
「お父さん、お父さん」
「おじいちゃん、おじいちゃん」
父と匠海が同時に祖父を遮った。
「死なないから。大丈夫だから」
「今はもう安産できるから」
暗算?と指を弾きながら首を捻る祖父の横で、「安産できるって言い方、正しい?違うんじゃない?」と父が首を捻っている。匠海は構わず祖父を見上げたまま瞳を輝かせた。
「男性妊娠を診てくれる病院があるんだ。そこでは妊夫も赤ちゃんも死なないように産ませてくれる」
祖父は父を厳しい目で睨みつけた。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です。楢崎博士のお孫さんの研究所です」
匠海の父は姿勢を正して答えた。
「楢崎君の……。続けてくれていたのか……」
「思ったほど救えていないと謙遜なさっていましたが、すでに5人の男性妊夫を救っていらっしゃいます」
「5人も……」
目を細めた祖父は握った誠志郎の手に力を込めた。
「君は大事なうちの家族だ。末永く匠海とこの家を頼む」
返事をしようとして「この家」のところで引っ掛かる。誠志郎は「え?」と祖父の顔を見たが、祖父は満面の笑みでうんうんと頷くばかりだった。
出産まで時間も無いし、誠志郎の身体にも負担はかけられないということで、結婚式は簡易的に家族だけの顔見せとなった。場所はそのままおじいちゃんの住まう高齢者向け住宅の一角。催し物などに使う奥座敷を使うという。こんなところで結婚式ができるとはと、職員も入居者も色めき立って準備を始めた。食事は近所の高級ホテルから仕出しを頼んでいた。
「結婚式……?」
さっき空港に着いたばかりだというのに、あまりの展開の速さに「ちょっと待って」という隙もない。戸惑うばかりの誠志郎に「疲れたでしょう、座って」と匠海は気遣いを見せた。
「匠海。ちょっと着いて行けてないんだけど……」
「うん。わかるよ。人生で1回こっきりの結婚式だものね。本当は僕も誠志郎さんとゆっくり打合せしてプラン練ってやりたかったんだけど、ちょっともうそんな悠長なこと言ってられない状態じゃない?だからとりあえず僕の家族だけでも顔見せして認めてもらっとこうと思ってさ。あ。誠志郎さんのご家族は敢えてお声がけしなかったんだけど、した方が良かった?ご弟妹だけでも……?」
気遣うように顔を覗いてくる匠海に強くは出られず「それはいいんだけど……」と誠志郎は小さく答える。
「そうだね。妹さんや弟さんご家族とは、うちの子供が生まれてから顔合わせしてもいいしさ。とりあえずうちだけでも親戚と顔合わせしといてもらえないかなと思って」
「親戚……?ご家族だけじゃなかったの……?」
「僕、一応この家の跡取りでさ。ちょっとばかり田舎の大きい家だから、一応叔父さんたちには挨拶しとかないといけなくて。あ、叔父さんたちしか来ないから。叔母さんとか従兄とかは来ないから気楽にしてて」
「……田舎の、大きい家……?叔父さん……?」
「おばあちゃんは事情を知ってるからそんなに驚かないと思うんだけど」
「事情を知ってる……?」
おばあちゃんよりももしかしたら誠志郎の方が驚いているかもしれない。
匠海は渋い顔で首を傾けた。
「お母さんがねえ。わかってるようで、たぶんわかってないから、どうなることか……」
母親の存在が出てきたことで、にわかに誠志郎は慌てた。
「いや、それは。お母さんにはもっと落ち着いた場所できちんとご説明した方が。いきなり結婚式なんてそんな、不意打ちみたいなことは。せめて式前にご挨拶を……」
「お母さんにはサプライズがあるからって言ってあるから大丈夫だよ。うちのお母さんはね、なんにも動じない人だから大丈夫」
誠志郎の傍にやって来た父が、にこにこしながらお茶を渡す。「サプライズがある」と言われた時点でもうすでにサプライズではなくなっているので動じないのでは?と誠志郎は思ったが、お茶が熱くないかどうか気遣ってくれる父に言い辛い。
「お母さんは匠海が男の人しか好きになれないことを知ってるから。まあでも、さすがに彼氏が妊娠してるってことは理解できないだろうけど」
はははと声を上げて父と匠海は同時に笑ったが、「笑ってる場合ですか!」と匠海は父にはたかれた。
「君に節操が無くてこんな慌ただしいことになったんでしょうが。きちんと誠志郎君に謝っておきなさいよ」
気遣ってくれているようで、誰も誠志郎の戸惑いには寄り添っていない。
そんな結婚式は夕方から始まる予定だった。




