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金玉の土用干し。  作者: 萬田ぷぷっぴどぅ


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ショウシキュウの秘密・9


「えー?うそ、ホントに~?キンタマで~?」


「せめて睾丸って言って、お母さん」


「陰嚢とおっしゃい、七海さん」


 嬉々としながら誠志郎の両手を持ち、ぶらぶらとさせながらまじまじと股間をみつめる匠海母を、匠海父と祖母は渋い顔で窘める。


「いや、あの……」


 いたたまれず腰が引ける誠志郎を引き寄せ、匠海母は目を輝かせた。


「信じられないよね?でも、私も信じられないから、とりあえず10カ月お父さんたちの言うこと聞いといて、生まれなかったら、ほーらね、で。生まれたら万々歳でいいんじゃない?」


 匠海母は晴れやかに笑う。


「とにかく匠海はあなたと結婚したいんだよ。お義父さまとお父さんも喜んでるし、犬に噛まれたと思って、先のことは気にしないで幸せになって」


 ちっとも幸せになれそうにない説得に誠志郎は苦笑いする。


「それにしてもキンタマだと……」


「睾丸」


「陰嚢ですよ」


 困ったように誠志郎の股間に目を戻す匠海母に、匠海父と祖母が訂正を要求する。しげしげと股間を注目された誠志郎はにわかに腰を引く。


「大きくなったかどうか触りづらいわね。こう、いろんな人にお腹触ってもらうと元気な子が生まれるっていうから、お母さん、匠海くんがお腹にいるときいろんな人に手をあてて話しかけてもらったんだけど、キンタマだとなかなか……」


 匠海母はう~んと首を傾げて真剣に悩む。


「動き始めたら、中から蹴ったりぐいーんって伸ばしたりしてるのがわかって楽しかったんだけど、キンタマだと易々と確かめられないわねえ……」


「そういうのは親の特権だから。お母さんは別に気を揉まないで」


 キンタマキンタマと本気で悩んでいる匠海母とそれをあっさりと一蹴する匠海を、父と祖母は幾分白い目で見守っている。誠志郎はとにかく居たたまれなくて見るからに腰が引けていた。が。


「ああ、でも、キンタマって皮に余剰がいっぱいあるから、赤ちゃん動いても外からわからないかもねえ。突っ張らからないんじゃない?皮」


「いや、でも40センチぐらいなるって先生言ってたよ。結構パツパツになるんじゃないかなあ」


「40センチ!?」


 これにはさすがに匠海母も父も祖母も、声を合わせて叫んでいた。

 


 誠志郎が妊娠していると匠海父から聞いて、匠海母は当たり前だが最初笑って信じなかった。だが、祖母からの「父は実はもうひとりのおじいちゃんから生まれた子」という話を聞いて、にわかに口を噤んだ。信じ切ったわけではないだろう。だが、ここは祖母の言う通りに動いた方が良いのだろうと思わせる不思議な説得力があった。この祖母という人には、存在だけで人を納得させる空気があった。


 おおむね準備が整った座敷に車椅子を押されて祖父がやって来た。


 目が合った祖母は静々と祖父の傍へと来る。


「おひさしぶりです、匠蔵(たくぞう)さん」


「変わりないか、瑠璃子さん」


 表情も変えないままにふたりは言葉を交わす。祖母は車椅子を押していた男と代わり前へ進めた。


「お陰様でなに不自由なく過ごさせていただいております」


 祭壇の前に着くと、祖父は離れようとする祖母にぽつりと言った。


「必要な時は、すぐに言いなさい」


 祖母は立ち止まり、だが振り返ることなく肩越しに言った。


「ありがとうございます」



 匠海の祖父と祖母は違う高齢者向け住宅にいるのだと誠志郎は匠海に聞かされていた。匠海も最初は不思議だったらしいが、熟年離婚とまではいかなくとも別居はよくある話だ。それほど気にしていなかったものの、父の出生の秘密を聞かされたときに腑に落ちたという。離婚をしていないのは、父が自分の母として人生を全うして欲しいと祖母に泣きついたからだという。だがその裏には、死んでも返しきれない恩を祖母に感じている祖父がいると、祖母も理解しているからだろうと匠海の父は言った。



 事情をどこまで知っているのか3人の匠海の叔父たちは飄々とふたりを「おめでとう」と祝福した。そして「これで跡取りは安泰」などと笑っていたから、もしかしたらすべてわかっているのかもしれない。匠海自身にもこの土地の人間が、この家の人間がどこまで男性妊娠のことを知っているのかわからない。だが、こうしていきなり匠海と誠志郎が結婚式を挙げると言っても素早く準備したり、あらゆる予定を見合わせて駆け付けたり。祖父と父の威光もあるのだろうが、もしかしたら匠海が聞かされてないこの土地の歴史が関係するのかもしれないと思った。




 祝詞が上げられ、盃を交わす。


 祝いの唄が朗々と流れ、手拍子を打つ。


 厳かに、粛々と、式は終わった。




 祭壇はそのままにテーブルや椅子が運び込まれる。白いテーブルクロスがかけられ、あらかじめ美しく活けてあった花が飾られる。テーブルセッティングも素早く進められ、料理が運ばれて来たときだった。


 疲れてないかと誠志郎を気遣う匠海の前に料理が置かれた瞬間、一斉に各テーブルの花が爆発した。


 咄嗟に誠志郎の上に覆いかぶさった匠海は、テーブルの上からフォークを掴む。


 給仕していた男が誠志郎から匠海を剥がそうとした瞬間、匠海は振り向きざまにフォークを男の肩に突き立てた。そして腹を蹴り飛ばす。


 別の男が誠志郎に襲い掛かろうとしているのが目の端に入ると、匠海は身体を捻らせ誠志郎を飛び越え男に襲い掛かった。


 煙が立ち込め騒然とする座敷の中、人を殴る鈍い音や唸り声が聞こえる。


 何が起こっているのか状況に着いて行けない誠志郎はしばし呆然とする。しかし、もしかしてこれが楢崎や匠海の言っていた危ない状況なのか、それともこの家に関係する諍いなのかと思い、どちらにしろ身を守らねばと身構える。そしてはたと匠海の祖母や母のことを思い出し、彼女らのいた方向へ目を凝らすと、ようやく収まり始めた靄の中に匠海の父の姿が見えた。


「お義父さん!」


「誠志郎さん!離れないで!」


 堪らず叫んで加勢しに行こうとした誠志郎を匠海が腕で遮る。


「大丈夫」


 襲ってきた男を杖でなぎ倒した祖父が悠々とふたりのもとへ車椅子を進めてきた。


兼匠(けんしょう)がいれば心配ない」


 匠海の父は割れたビール瓶を男に2~3度刺すと、落ちていた皿を拾い直し相手の突き出した拳で叩き割って破片で目を切る。何もなければ頭突きで黙らせ鼻を折り、頸動脈を握り潰す。急所しか狙わず短時間で相手を倒していく様は、さっきまで見ていた礼儀正しいお父さんの面影が全く消えていて、誠志郎は映画でも観ているような気持ちだった。


「お父さん!県代表にもなれなかったんじゃなかったのかよ!」


 だいぶ伸びてる相手をさらに踏みつけながら叫ぶ匠海に、血だらけになった父は不敵に笑いながら近づいた。


「お父さんはルールさえ無けりゃ無敵なんだよ」


 よろよろと立ち上がりかけている男たちを拳と足で立てなくしてから父は祖父の傍に来た。


「お父さん、お怪我は」


 祖父は黙って頷く。


「お父さん、お父さん!」


 スマホを耳にあてた匠海の母が父のもとへ駆け寄って来た。同じく早く警察を呼ばねばと思っていた誠志郎は安堵する。


「工場、今から稼働できるって。明日は休みにするって」


「さすがお母さん、手回しがいい」


 匠海の父と母はハイタッチする。


「工場……?」


 怪訝な顔をする誠志郎に父は「ああ、うちのね」と口ごもると、母はあっさりと言った。


「食肉加工工場。ジビエも扱えるんだよ」


 匠海の母はにこにこと笑っているが、何故今食肉工場なのか誠志郎にはわからない。わかりたくない。


「あとはやっておきますから、兼匠さんたちはもう本宅へお戻りなさい」


「ありがとうございます。お願いします」


 血だらけの匠海の父は祖母に頭を下げると、匠海たちに外へ出るよう促した。その背に叔父たちから「兄貴、あいかわらず強いねえ」などと冷やかしの言葉がかけられる。「明日、漁出られるって」という別の叔父の言葉を聞いた祖母は頷くと、誠志郎を見た。


「落ち着かなくてごめんなさいね。またゆっくりお食事しましょう」


 この状況で次の食事の話ができる祖母はやはりただものではないのだろうなと誠志郎は思った。


 そして促されたので一応現場はそのままに立ち去ろうとはしているが、気になる誠志郎は振り返ってしまった。


「あの……」


「ああ」


 屈託ない匠海の父の笑顔は、今となっては怖い。


「だからここ、海が近いの」


 なにがだからなのかは訊けなかった。

 



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