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第18話

 時間の経過にして一時間ほど、聖と穂波さんの会話をただ黙ってみていた私だったが、穂波さんが一息をつくとこちらに振り向いた。


「うん、これで大丈夫そうだ」


 彼女の言葉の後に聖の方を見れば、痛みも少し落ち着いたのか私に向かっていつもより力なくはあれど笑顔を向けていた。聖もまた大丈夫、と言っているようだ。


「まだ少し安静に、だけどね」

「それはそうでしょう。わかっています」

「すまない、迷惑と心配ばかりかけて」

「そう思うなら早く良くなって」


 私の言葉に返す言葉も見つからないのだろう、聖は苦笑いを浮かべて穂波さんは聖の様子ににやにやと口角を上げて眺めていた。


「聖はゆっくり休んで。私も少し休むから」


 聖の体調を考えれば私がこれ以上いるのはきっと違う。話をしていたいという気持ちはもちろんあるけれど、それ以上に彼女の回復が最優先だと思えばここにいるのはきっと聖のためにはならない。それに先ほど穂波さんにも言われたが自分の体調、というか体力的にも限界が近づいているのを自覚していた。彼女が目覚めてくれたことで一気に緊張が解けたせいだろうか。


「あぁ、由良もゆっくり休んでくれ。――隈もひどいから」

「!」


 何事もなく部屋から出ようと踵を返したのに、背中越しの言葉に肩が思わず震えて足が止まった。隠し通せているとばかり思っていた目の隈は、聖にはお見通しだったのだ。思わず振り返って聖の方を見たけれど、彼女はそれ以上何かを言ってくるわけでもなくただ心配そうな表情でこちらを見るばかりだ。

 心配しているのはこっちなのに、聖はいつだって自分のことより他人である私のことを気にしてくれる。


「……えぇ、ありがとう」


 何とか絞り出した言葉は多少なりとも震えていた。聖に伝わっていなければいいが、と思ったけれど、彼女は目を細めてから眉を下げた。


「本当にありがとう」


 まっすぐで、素直な言葉。私に向けられたそれを果たしてきちんと受け止められただろうか。うまい返事なんてできないまま、私はその部屋を後にした。



***



 聖が目を覚ましてから一週間が経った。彼女の経過は良好で、あと数日もしないうちに穂波さんの病院から無事退院できるとのことで、ようやく様々なことが落ち着きつつあった。

 あとから聞いた話――というか目覚めた聖が教えてくれたことだが、私をさらった集団はもちろん壊滅、生き残った人間は彼女の幼馴染が管轄しているという人身売買の部門か人体実験の対象になったのだという。どちらかはっきり言わなかったのは私のためかと思ったが、どうやら聖も知らないらしい。「あいつに任せておけばいくらでも悪いようにするだろうから」と笑って話していたが、そういう話を聞くとやはり彼女はこちら側の世界の人間ではないのだと改めて実感してしまう。

 そんな後日談を話せるようになった聖に一安心して、ようやく次の行動に移す心づもりができた私は、世羅のところまでバイクを走らせた。来る前に連絡をしたらちょうど休みだったらしく、私の来訪をいつも通りに出迎えてくれた。


「やぁ由良、珍しいじゃんそっちから来るなんて」

「そうかしら。うーん、確かにそうだったかも」


 思えば彼女と会うのも向こうからの連絡からが多い。世羅の職業柄、休みが不明瞭なこともあるからとはいえ、さすがに少し不義理な気もしてごめんなさいね、と謝ればいいってと笑って返される。


「それで? 由良の方から連絡があるってことは何か話したいことでもあるんだろ?」


 慣れた手つきで用意した紅茶を手渡しながら聞いてくる世羅に、私は思わず苦笑いをしながら紅茶を受け取る。さすが幼馴染だけあって、私の考えていることなんてある程度はお見通しなのだろう。


「世羅に対して変にもったいぶるのも違うわね」

「そうそう。もったいぶるだけ期待値上がるよ、こっちは」

「そうね……うん、単刀直入に言うとね、好きな人できたのよ」


 色んな言葉を考えて、浮かんだのは何ともシンプルな話だ。しかしそれに世羅は目を大きく見開いて真ん丸にした目で私のことを見つめる。きっと彼女の想定外な返事に一瞬思考がショートしたようで、珍しく言葉に詰まらせていた。


「え……それマジ?」

「えぇ、マジも大マジ」

「……一応聞くけど、まさかあの、あれじゃ、」

「あの人じゃないわよ、さすがに」


 歯切れ悪く自分の兄の話をする世羅の言葉に、少しかぶせるように否定した。間違ってもあの人に抱く感情と同じだと思いたくもない。真逆の感情を抱いているから、それくらい少し強めになってしまうのも仕方ないと思ってほしい。


「そりゃそうよな、さすがに」

「えぇ……もしもすらないわ」

「婚約者なのに随分な言い方だよなぁ、由良」

「当然じゃない。貴女にいくら愚痴っても足りないくらいよ」


 一瞬だけでもよぎった自分の婚約者の顔に、わかりやすくも嫌悪の表情を隠せない。そもそも世羅の前で隠す必要もないのだけれど。


「えー……じゃあ誰さ。あたし知ってる人?」

「どうかしら……面識はないかもしれないけど、名前は知ってるんじゃない?」

「ますますわからんねぇ……その言い方的に、本家周りじゃなくてどっちかっていうとあたしの仕事周りの人って感じ?」

「ご名答。さすがね」


 世羅のそういう勘の良さは昔から変わらない。紅茶を一口含んで微笑むと、世羅はさらにえーっ、と声を上げた。


「そっちの方!? そもそも由良にそういう知り合いなんてできる要素なくない?」

「そうね。普通じゃありえないわ」


 まるでクイズの正解を考える世羅に、すぐに答えを出すのは面白くない気がして、敢えて言葉を濁していく。こうなった彼女は下手にすぐ答えを出すと面白くないと不満を漏らすのを私は知っている。


「普通じゃありえない出会い方……なんかあった?」

「何かはあったわよ。そうじゃなかったらこうもなってないでしょ?」

「それもそうだ。うーん……」

「しいて言うなら、ここ一年でこの近くであった出来事を思い出すといいんじゃないかしら」


 私のヒントに世羅はまたうなる。世羅の周りの人たちの出来事までは把握しているわけじゃないけれど、私の周りで起こった出来事を考えて――え、と声が上がる。ついでいや、まさか、と世羅の顔が一気にひきつった。それは彼女がどうやら一つの答えにたどり着いたのだと私にもわかるくらいの顔で。


「あら、何か思いついた?」

「……いやぁ、そんなことある?」

「世羅がもったいぶっても仕方ないじゃない。答え合わせのしようがないわよ」

「そうだよなぁ……」


 普段は達観したようにふるまう世羅の玉に見せるこういう表情は私の心をくすぐる。子供っぽい彼女のそれを引き出せるのは、少なくとも今は私くらいなものだろう。


「……一応聞くけど、半年近く前に由良の家の近くであった殺人事件とかって関係してる?」

「関係してるわね」

「そうだよな、関係してな――してる!?」


 今度こそぎょっとした顔をする世羅に、堪えきれずくすくすと笑いをこぼしてしまう。そこまで来たらもう答え合わせをしたって彼女の機嫌が悪くなることはないだろう。


「世羅の思ってる人ね。織田組の人」

「マジ?」

「ほんとよ。あの時はごまかしたけど、あの現場に私いたの」

「でもあれ、話で聞いたけど織田組の人、って言うか――」

「えぇ、組長の織田聖さん。彼女の相棒を殺した相手への復讐の決行日」

「……で、由良はその現場にいたわけで? それで、今さっきの話的に、由良の好きな人ってのは、」

「うん、織田聖さん。色々あって今も関係は続いてるわ」


 笑顔で頷いて紅茶を一口。世羅の顔は今まで見たことがないくらい驚いた顔をしていて、目なんて飛び出してくるんじゃないかしらと思うくらい見開いていた。大声を出さなかったのがすごいと思うくらいで、それ以上に衝撃的過ぎて声も出なかったのかもなんて思ってしまった。

 絶句、なんて言葉がぴったりなくらい驚いて見せた世羅はしばらくそのままだったけれど、ようやく状況をかみ砕けたのか、フリーズしていた表情をゆっくりと動かし始めた。


「それはつまり、由良は織田さんが好きってことで、オッケー?」

「えぇ。言ってもきちんと自認して、好きって気持ちを言葉にできるくらいになったのは最近なんだけど」


 思い返せば出会ったその日から一目惚れをしていた気もするが、立場や関係をいいわけにその事実から目を背けてきただけだった。あの日穂波さんに打ち明けた日から胸に淀んでいた霧が晴れたような気持ちで、今となってはこうして世羅にも堂々と自分の気持ちを伝えられるほどになっていた。


「へぇ……なるほどねぇ。そういえばこの間、なんか織田さんが小規模な団体を一人で壊滅させたとかって言う話あったけど、それも由良関係してるの?」


 世羅の質問に少し驚きながらも、ゆっくり頷いた。


「私ね、聖の弱点だって思われてたみたいで、誘拐されたのよね」

「……マジ?」

「えぇ。だから聖が暴れてるのも目の前で見たわ」


 さすがにその時のことを詳細に話すつもりはない。特に重傷を負って危うく死にかけていたなんて話をしてしまったら、世羅の情報のカードにもなってしまうから。

 そんなことを知ってか知らずか、世羅はへぇ、と興味深そうにうなずく。私の性格をよく知る彼女も、きっとこれ以上は離す気がないこともお見通しだ。


「こりゃたまげた。織田さんとは思わなかったよ」

「そうでしょうね。私もまさか暴力団の組長を好きになるなんて思いもしなかったもの」

「そりゃそうでしょ。そもそも普通に生きてて織田さんみたいな人と接点を持つ方がおかしいって」


 そんなことを言いながら、彼女は椅子に座り直す。まるでこれから続きを詳しく聞くために、と言わんばかりの表情とともに。


「で? まさかこれで話が終わり、なんて言わないよな?」

「もちろん。もう少し聞いてほしい話があるのよ」

「いいよ、そんな面白そうな話、聞かない方がもったいない」


 にんまりと浮かべた彼女の笑顔は、悪だくみを考える子供のように純粋だ。純粋悪ほど厄介なものはないのだけれど、と頭の片隅で突っ込みつつ、私も本格的に話をするために座りなおした。



「――私のこれからの方針について、少し貴女に相談したいの」



 だってこれは私にとって、初めての反抗の計画なのだから。

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