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第16話

「そういえば聖ちゃんとはどれくらい前からの付き合いなの?」


 お茶の用意ができて対面に座る麻倉さんからの、はっきりした質問が飛んできた。思った以上に直球の質問に、私より彼女の隣に座る轟さんの方がぎょっとした顔で麻倉さんの方を見ていた。


「香奈子、さすがにそれは」

「えー、だって気になるじゃない? それに、聖ちゃんが変わったなぁ、って思い始めた期間とかの答え合わせだってしたいじゃない」

「だからっていきなりすぎるって……」


 爆弾発言のようにとらえた轟さんが私の方を見てすみません、と謝る姿はなんとなくこの二人の関係性を理解させてくれているような気がしたし、私もここまで来たら隠す必要はないのかもと思うと同時に、聖の日常を聞くためには必要なコストだとも思った。


「いいのよ別に。お二人も気になるでしょう?」

「そりゃもちろん」

「ならなおさらね。んー……大体半年くらい前、だったかしらね」

「半年前……あぁ、先輩が仇討したって言ってた頃ですかね」

「おそらくね。聖がその始末をしようとしたときに、私が偶然そこを通りがかってしまったの」


 彼女たちに下手なごまかしは必要ないと思った。ありのままにあった出来事を話していれば、二人はそのころのことを思い出しているのか少し考えてからなるほど、とうなずいた。


「先輩があの事件のことについて、やたら周囲の情報を気にしていたのは金杉さんのことだったんですね」

「そうじゃない? 聖ちゃんのことだし、赤の他人を巻き込んだ、って思ってそうだもんね」

「そうなの?」


 早速知らない話が出てきて聞き返すと、二人はこくりと頷いた。


「暴力団のトップだって言っても、結構そういうのは別物だって思ってるみたい。自分たちと敵対していたり、牙を剥いてくる組織には容赦ないけど、それ以外にはむしろ聖ちゃんの方から近づいてこないでくれ、って思ってると思うわよ」

「それは言えるかもしれませんね。むしろ私は声をかけられて驚いたくらいですから」

「あれは琴音があんまり周りに馴染んでないから私の方から声をかけた、ってのもあるけどね」

「香奈子が話しかけてきてくれて、そこから先輩とも仲良くなった、って感じですからね」


 彼女たちの話しぶりからして、それが嘘だとは思えない。そうなればやはり聖は昔から自分たちとは異なる人たちとの接触は最低限にしていたのだろうな、とは思ったしそれくらい周囲に目を配っているのは昔からなのだとしみじみと伝わってきた。

 思えば出会ったあの日にも一般人を巻き込みたくない、としきりに言っていたことを思い出し、本当にその通りねと笑ってしまった。


「私もね、聖と出会ったその日に似たようなことを言われたわ。自分たちと関わらないでくれ、って」

「やっぱり?」

「えぇ。だけどその時は怪我もしてたし、色々放っておけなかったから言いくるめたのよ」

「あはは……先輩、変に暴力より口喧嘩がうまい人の方が苦手ですからね」

「あら、そういう割にはあなたたちとは長い関係だなとは思うのだけど」


 少し話をしているだけでも、この二人は言葉に関しては聖より達者な気がする。聖には申し訳ないとは思いながら、それでも彼女たちの評価を素直にするならそうなって、轟さんの言うことが正しいのなら、一般人であり口達者な彼女たちと交流があるのは少し不思議に感じてしまう。


「んー……少なくとも私は聖ちゃんとは小さい頃からの付き合いだし、口が上手くなったのはそれこそ仕事をするようになってからだから、聖ちゃん的に私はそういう対象じゃないんだと思うわ」

「私に関しては恐らくですが、香奈子さんが気になったからちょっかいをかけている人、ってくらいの認識なんだと思います。二人の幼馴染としての関係の副産物のようなイメージでしょうかね」

「副産物って言い方はないんじゃない? 出会いは確かにそうかもしれないけど、聖ちゃんは結構人間関係については厳しめに見てる人だと思うもの」

「それは確かにいえてるかもしれないわね。私に対しても初めの方はかなり警戒していたし、心を開いてくれるようになったのも割と最近だもの」


 思い起こしてみれば、私たちの出会いの時から数回の逢瀬では心のどこかに壁を感じていた。少しずつ心をほどき始めて、そんな頃に今回の一件があったわけだ。私の恋心はそんな経った数回の逢瀬で育ったわけだけど、きっとこれは間違いじゃないと思いたい。

 それにきっと、これは私自身の現実逃避にも近い気もするけれど、


「要ちゃんもいなくなって、結構神経尖らせてたから心配してたけど、金杉さんと出会ったあたりから急に空気が柔らかくなったのよね」

「それ、さっきも言ってたわね。そんなに変わったの?」


 要さんのことについては穂波さんから軽く聞いていたとはいえ、実際時間を多く過ごしている彼女たちから見た聖の変化についてはやはり気になってしまう。私の疑問について麻倉さんは少し考えて轟さんの方を見てから、うん、と頷いた。


「大分変わったと思うわ。昔はそれこそ要ちゃんと二人三脚で、って感じで色んな事を半分にしてたけど、それを全部背負ってたここ一年くらいはかなり根詰めてたみたいだから」

「それについては私も同じ感想ですね。無理している気がして声をかけても大丈夫だ、としか言われませんでしたし……他の組員の皆さんも気にしてはいたけれど、自分たちが指摘するなんてできない立場だから、って誰も指摘できませんでしたし」

「だけどそれが今では一気に毒気が抜けたような感じ? まぁ、多分組員さんたちには見せてないでしょうけど」

「まぁ先輩、結構見栄っ張りなところありますから……」

「それ、本人に言ったら怒られるわよ」

「だから言わないじゃないですか……」


 二人のやり取りを聞きながら私もうんうんと頷く。私の見えている聖の側面とはまた違う一面は、しかしどこか私にも少しだけ垣間見せてくれているような気がした。それに、この感覚は私だけのものではなく、彼女たちのような近しい人間にも同じように見えているのだと思わずにはいられない。

 お茶を含み、麻倉さんが持ってきた茶菓子を少しずつ開けながら話をするのは楽しくて、どんどん話は膨らんでいくのもまた面白い。


「あっ、この羊羹美味しい」

「結構甘いけど、お茶にちょうどいいですね」

「聖ちゃん結構好きかもね。甘いものには目がないけど、こういう和菓子の方も明るいし」


 聖が甘いものが好きなこと。そんな気がしていたものが確信に変わることも。


「琴音って聖ちゃんが大泣きしてるところとかって見たことある?」

「さすがにないよ。先輩、そういうところはさすがに私に見せてくれないでしょ」

「だよねぇ。怖い話とか昔めっちゃ苦手だったんだよ」


 案外臆病で泣き虫なことも。子供の頃の話なんて彼女から聞けることはきっとないだろうから、麻倉さんが話す内容には強く耳を傾けた。


「そう言えばだけど、多分聖ちゃんの初恋って金杉さんなんじゃないかな」

「え?」


 そんな話の折に、麻倉さんが唐突に言ってくるものだから思わず聞き返してしまう。しかし彼女は少し考えてからうん、と頷いたし轟さんも確かに、と頷き返した。


「先輩の心情的にどうなのかは定かじゃないですけど、恋愛的な方面の話は聞いたことないですね」

「結構モテてたけど、シンプルに極道の娘だからって全部断ってたしね」

「そういう相手はいらない、みたいな空気もありましたし……そういう意味では、もし金杉さんの気持ちがあるのなら、きっと初恋だと思います」

「……それ、本人以外から聞くと結構信憑性高いわね」


 だからといってそれを敢えて本人以外から聞くとは思わなかったし、それ以上に聞いてはいけないような気もした。何より聖の気持ちの真偽は聖にしかわからない。すべてを鵜呑みにするのは自惚れになる気がした。


「だから私たち的にもびっくりしてるけど……うん、金杉さんみたいな人だったら大丈夫だと思うわ」


 麻倉さんは私の方を見てから、微笑んでそういった。


「どうしてそう思うのかしら?」

「んー……なんとなく、って言ったら怒られそうだけど、直感ね!」

「それは言い方が違うだけ……」

「いいじゃない、こういうのは第三者のフィーリングってのも視野に入れてたって怒られないわよ」


 そう言ってけらけら笑う彼女に、私と轟さんは目を合わせて苦笑いを浮かべる。これだけのことを豪語しても嫌味に聞こえないのはきっと、麻倉さんからにじむ人の好さからくるものだろう。そしてきっと、それは轟さんも知っている。


「何はともあれ、先輩に素敵な人ができたことはおめでたいことではありますよね」

「ほんとほんと。全部一人でどうにかしようとするし、なんだかんだどうにかしちゃうのが聖ちゃんだから。そういう意味でも金杉さんみたいな拠り所ができたのはほんとにありがたいくらいよ」

「そう……」

「だからね、金杉さん――これからも、聖ちゃんのことよろしくね」


 彼女たちの目は、先ほどまでと変わらないのに言葉に重みを感じる。聖はきっと彼女たちからも慕われていて、同時に自分たちにはどうしようもできないもどかしい部分もあったのだろう。

 そして私は、その部分を託されたから。


「……私のできる範囲でね」


 私にできることなんて限られていて、現状表に立つなんてできるわけもない。私が持っている様々な面倒ごとは山のようにあって、それを思い出すだけでもげんなりしてしまう。

 だけど、それ以上に彼女と一緒にいたいと思う気持ちにはもう、嘘をつけない。


「さて、そろそろいい時間だし帰ろうかしらね」

「そうだね。貴重なお時間ありがとうございました」


 時計を見ればあっという間に時間も過ぎていて、こういう時間は本当にあっという間だ。普段の真斗さんとの時間の経過の遅さと比較してしまいそうになって、悲しくなるだけだからすぐに考えるのをやめた。」


「こちらこそありがとう。今度はうちでお茶会でもどうかしら」

「いいわね。お酒は飲める方?」

「うーん……あまり得意ではないわ。ごめんなさいね」

「いいのいいの。そういうのは聖ちゃんとやるから」


 他愛ない会話をして、笑顔を浮かべる。

 こんな穏やかな時間が生まれるなんて思いもしなかったし、それが織田聖という一人から生まれたというのも不思議な縁だ。

 それならば、その不思議で大切な縁をこれからも続きますようにと願うことは、間違いでないと信じていたい。

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