28.公爵夫人と異界の平民は、やむなく打ち解けて話す
こよりがキルエット師に話を通して、明日はサブサイダーズとともに公爵家に来るという日。
レンは公女をケイに任せて乗馬練習に追い出し、この世界で母となったジャンヌマリーア・サスキント公爵夫人とお茶会という名の話し合いをしていた。
場には、公爵夫人、レン、公爵夫人付き筆頭侍女のマイア。
レンは、ジャンヌマリーアが防音結界を張ったことに気が付いた。
「かあちゃん、忙しいとこ、ワリーな」
「いえ、よろしい。お話は入れ替わりのことでしょう?」
「やっぱバレてた?」
結界を張ったのはこのためであろう。
「いえ、確信したのは昨日ですよ。神の改竄ですね」
「うーん、さすがサスキント家」
「サスキントとは関係ありません。
オクタビア王女がおいでになるとのことでしたね。その関連で、実家のデュラック侯爵家から極秘の連絡が来たのです。
ミリカンジャのモンスコンデ伯爵家当主からデュラック侯爵家経由で、王女は神の改竄であるとのことでした」
「はぁ、侮りがたいなぁ、さすがは上位貴族家同志というところか」
「そうでもないのですよ。
王女殿下が現れたのは、ミリカンジャのモンスコンデ伯爵家の飛び地だったそうですね」
「ああ」
「飛び地は、帝国のデュラック侯爵領とは山ひとつ越えたところにあります。あの辺りは国境線が曖昧でしてね。
我が父が十代のころ、山で訓練中魔獣に追われて崖から落ちたことがあるのです。その時、飛び地の管理者に助けられたのです。
それからのご縁ですよ」
「なるほど、いろいろ情報を融通しあっている、と」
「その通りです」
「それでかあちゃんはどこまで知っている?」
「ジュリエッタとなっているのが、本当のジュラルディンであろうということです」
「正解だ」
「推測でよろしいのなら、シュレディンガー侯爵家自体が改竄でしょうか」
「ああ、わかりやすいよな。
姫ひとり以外、家ごと全部存在しないもんな。全部神サマが作ってくれた。
まあ、それはどうでもいい。シュレディンガー家は、オレが身代わりを終えてジュリエッタになった時の為に神サマが準備してくれたんだ。ジュラルディンが皇太子妃になった時にも、侍女として仕えることができるように身分と資産もモリモリだな、かあちゃんも知ってる通りだ」
「ああ、そうだったのですね。ありがたいことです」
「いや、それがそうでもないんだ」
「はい?」
「なかなか難物なんだよ、公女さまはなぁ」
「なるほど?」
「オレが送られてきたとき、公女は皇太子や侍従、皇宮から付けられた侍女のセミノとメイドたちにいいように引きずりまさされて、マイッテいた。もう限界だった」
「その通りです」
「かあちゃんは心身症って言葉わかるか。精神が状況についていけなくなって、食べられなくなったり、理論的に考えられなくなって、何て言うのかな、まともに日常生活がおくれなくなる」
「ええ、それはこちらでも把握していました。
実は、ジュラルディンは皇太子妃を辞するために病気で寝込み、わたくしの母方の祖父母に預けて、書類上死なせるつもりでいました」
「やっぱりそうか。神サマはそれは困ると考えていたんだ」
「困ると言いますと?」
「神サマは、ジュラルディン公女に生き延びて娘を産んでもらいたい、それがこの星にとって重要なんだ、と言ったんだ。戸籍上死ぬとなると、相続問題が発生しないように恋人とか結婚とか許されないだろ?」
「そうなります。ですが、娘? 息子でなく?」
「ああ。結論だけ言えば、女子には女子だけが引き継ぐ資質があるってことだ。
子は両親から半分ずつ資質を受け継ぐ。男親に似ている女の子なんてたくさんいるだろ?
ジュラにも、公爵夫人から半分、サスキント閣下から半分、血が引き継がれている。更に、公爵夫人にも閣下にもその親から半分ずつだ。ジュラの中には代々引き継がれた血の中の、何か失えない資質が引き継がれている、そんな風に考えてほしい。
娘を残してほしいということは、ジュラの中に女の子にしか引き継がれない何かがあるってことだな」
「神様にはそれが見えるのですね?」
「もちろんだ。オレたちの世界でも次第に見えるようになってきていたところだ。だから、オレは神サマの話がわかったわけだな」
「そうですか。そなたは異界渡りをしたのですね。わたくしは神に感謝しなくてはなりません」
ジャンヌマリーアは、しばらくレンの言葉を反芻して、自分の中に取り込もうとしていた。
デュラック侯爵家の母が産んだ娘はふたり、自分と姉だ。
姉が産んだのは息子3人だ。
母には姉妹がいなかった。
祖母はどうだったろうか、にわかには思い出せない、この後調べてみよう。
レン、あるいは神が正しければ、ジュラルディンが女の子を産まないならば、女系は絶えるのかもしれない。だが、なぜ女系? 普通は男子の血統が重視されて、女子は時として”借り腹“とまで言われるではないか。
レンは話を進めることにした。
「それでなぁ、困ったことになってるんだ」
「ジュラルディンですね」
「ああ。これは一部オレのせいでもあるんだがなぁ。
ジュラは、公爵家が決めていたように、書類上死ぬこともできる。だが、オレと入れ替わって皇太子妃になることもできる。
神サマは、ジュラが女の子を産めばいい、子の父親は誰でもいいと言っていた。どちらにせよ、オレはジュラが女の子を産むまで付き添うことになる」
「ええ」
「で、決められねぇんだ、公女サマは」
「あるでしょうねぇ、女というものはそうなりがちです。自分で決めて責務を遂行するのは苦しいことです。誰かに決めてもらってそれに従っていれば、何かあった時にも少なくとも心の中では責任を転嫁できますから」
「いや、かあちゃん。いや失礼、公爵夫人、そりゃ偏見だろ。
そういうのは男女カンケーねぇ。それはそれで上手な生き方ではあるんだ」
「かあちゃんで結構ですよ。あなたがどこの出身でもわたくしの娘に違いありません」
「それそれ、それだよ。かあちゃんが持っているその強さがジュラにはないんだなぁ。いや、オレが身代わりになりに来たことで、どこかに迷子になっているのかもしんねぇ。
だが、ジュラは自分で決めなくちゃなんねぇ。決められないまま婚姻式の日が来たら、オレが皇太子妃だな」
「それでよろしいですけどね、わたくしとしては」
「勘弁してくれ」
「ジュラルディンは、ジュリエッタ・シュレディンガーのままにしておいて、適当な夫をあてがって女子を産ませるという手もあるでしょうに。
ただ、その場合あなたの負担が大きくなりすぎますから、こちらで協力して早めに皇太子妃を引退させてさしあげますよ」
「うーむ。それも選択肢と言えば選択肢か。状況が複雑になりすぎてジュラが圧力に耐えられねぇ可能性は高いがなぁ。
とにかくかあちゃんには事情を話すしかねぇしなぁ。母親を騙しきれるもんじゃねぇ、元の世界でもそうだった」
「大変殊勝です。あなたを産み育てた異界の母君に敬意を表して、あなたの苦労が少しでも減じられるよう、入れ替わりの話はわたくしが握り潰しましょう。
レン、すばらしいおかあさまですね。お会いしたかったわ」
「いや、オレはもう親不孝ばかりでね。母が聞いたら喜んでくれるよ、ありがとな。
まあ、それはともあれだ。
オレはただの助っ人だかんな、サスキント家のことはかあちゃんの職分だ」
「実に賢いですね、我が娘よ。
ジュラルディンは、一番苦しい時にそなたに、あ、名は何というのですか?」
「ああ、オレの名? レン」
「では、レンと呼びましょう。
ジュラルディンは、一番苦しい時にレンに身代わりになってもらいました。
レンは、公女に代わって侍女セミノを退け、皇太子の侍従を追いやり、皇帝家の目の前で皇太子を追い詰めました。追い打ちに、異界の知識で、皇帝の治世に一石を投じたと言えるでしょう。
それは、現在すべてジュラルディンの成果となっています。
ジュラルディンは、本来レンに感謝して、一時も早く肩代わりさせている役目から解放しなくてはなりません。それが恩恵を受けた者の責務というものです。
ジュラルディンのやっていることは、恩を知らないことで、公女の態度ではありません」
「まあ、客観的にはそうなんだろうけどなぁ。
なかなかそういうものでもないだろう? ついひと月前は心身症一歩手前まで追い詰められてたんだ。今でも、対応できなくなって過呼吸・失神だ」
「確かにその通りではありますが」
「かあちゃんにも思うところはいろいろあるだろうなぁ、親友はあの王妃陛下だしな。悩みも苦しみもわかっているだろう。
だがなぁ、さすがに16歳は早すぎねぇか。同情の余地は十分あると思うがなぁ」
「その点については同意します。もう2年ほど欲しいところです」
「だよなぁ。どれが正解なのかねぇ」
「正解などありませんよ。その場に置かれた者が周囲にすがりながら決めていくしかないのです」
静かな部屋に、公爵夫人の苦しみを伴う声が漏れた。
ただひとりの立会人となったマイアが、若き日の主の苦悩を思い涙を拭う。
「かあちゃん、許可をもらいたい。オレはジュラを連れてミリカンジャの女性騎士団に体験入隊させてもらおうと思う。
あそこの副団長殿は、オレのダチなんだぜ。
ジュラに公爵邸や皇城以外での生活ができるかどうか、自分の身で試してもらおうと思う」
「よろしいでしょう。
オクタビア殿下ですね、もしかして故郷は同じですか?」
「だな」
「とりあえずジュリエッタの別荘に行って、そこから転移陣でミリカンジャに連れて行ってもらう。
そこで、そうだな、5日ほど?
それで、ジュラが生きて行けるようなら、オレはジュラと一緒に神隠しに遭ってもいい」
「わかりました。わたくしの肚はとうに決まっております。
娘ふたりが帝宮で皇太子妃とコンパニオンになるよりも幸せならば、喜んで娘を失った母を演じて見せましょう」
「すまねぇ、かあちゃん」
「任せなさい」
おお、これは「根回し」とか言うやつ?
女子にしか引き継がれない資質というのは、ミトコンドリアを意味しています。
男子のみに性染色体Yが引き継がれるように、女子のみからミトコンドリア(酸素呼吸に関係する)が引き継がれるのですね。
えーっと、高校の生物I「細胞」のところです。
精子は非常に小さくて、父から子へ運べるのはほぼ染色体のみです。
これに対して、卵子は大きな細胞で、その中にミトコンドリアを含んでいて、そのまま子の体細胞として増殖していくのですね。
ミトコンドリアを調べると、100万年以上前まで女系を辿れるそうです。骨さえ残っていれば、そこに必ず骨細胞があって、ミトコンドリアも残っているから、現生人類との関係性がわかるらしいです。
いやー、ロマンだよね~、うちの1万世代前のおばあちゃんがどこに住んでいたかわかるとか、いいよね~~




