24.坂下こより、ひさしぶりにレンに会う
「はっろー、鷺洲君、元気だった? ってか、すっごい美人だねぇ」
「坂下、全部おまえのおかげだ、あ・り・が・と・よ・っ!」
「いやいや、礼を言われるほどのものでは」
「そうじゃねぇだろ!」
坂下こよりは、レンからの手紙に応え、高坂真由先輩の大師匠にあたるキルエット師に名目上の護衛を頼んだ。
ミリカンジャの女侯爵・実質的な王女という身分がある以上、ひとりで他国をうろうろすることはできない。が、護衛兵を引き連れて出歩きたくはない。
そこで、簡易移動の手段である転移陣には、(慎重な考慮の末わざわざ設定した)人数制限があることを利用した。その人数は5名。
こよりの転移陣へチームを率いて転移してきたキルエット師は、最敬礼する女性騎士団に「お任せくださいね」と微笑みを送り、イェシーバ帝国帝都の冒険者ギルドまでこよりを連れて転移した。
「ありがとうししょー、用事が終わったら、公爵家に来てねー」
「いいわよ」
という簡単な打ち合わせを後に、こよりは迎えに来ていた公爵家の馬車に気軽に乗ってサスキント公爵家一の姫の常のお居間に案内された。
護衛や従卒を連れ歩くのは、現代日本に生まれたこよりにとっていまだになかなか鬱陶しい。だから、単独で行動できるチャンスは逃がさないようにしている。
残されたキルエットは苦笑いして、SS級冒険者チーム、ストーム・サブサイダーズ、“嵐の調停者”の再稼働を告げるために、4人のメンバーとともに冒険者ギルドの責任者を訪れた。
再稼働するストーム・サブサイダーズの初活動として、ミリカンジャ王国女性騎士団副団長の護衛は悪くない。
坂下こよりは、転移してきたこの世界では、ミリカンジャ王国第二王子の長女オクタビアとなり、双子の妹という設定のエレクトラとともに隠れ里で育てられた、ということになっている。
(このストーリーは、シリーズ第二話「もう帰っていいですか」で語られている)
一の姫のお居間は、ケイに至るまですべての余人を排して、ジュラルディン(レン)、ジュリエッタ(本物の公女)、オクタビア(こより)の3人だけで、ゆったりとソファに座っている。
「ジュリ、この人が坂下だ。こいつがなぁ。
なあ、坂下、本当はお前が来るはずだったんだろ?」
「え?」
「最初に神の依頼を受けて、おまえの侍女になってやってほしいと頼まれたのは坂下なんだよ、な、坂下?」
「ま、ね。即座に断ったけど」
「お断りになったのですか?」
「ん、そう。皇太子とかキモワルすぎない? ジュリちゃん?でいい? ジュリちゃん、存在自体がキモチ悪い奴とよくぞ結婚など。いっそ拝む!」
坂下は、まじめに手を合わせている。
レンは、心からグワハハハと笑った。久しぶりだ。
「いやー、ジュリ、ワリーワリー、坂下はこういう奴なんだ。
オレらの住んでた日本じゃな、もう貴族制度がなくてなぁ、今は天皇家が残っているだけで、すでに立憲君主制ともいえない、共和制なんだ。だから俺たちには、政治権力のある王とか貴族とか実感がないんだなぁ。
坂下は読書家で、ってか、オレらはふたりとも入院生活が長くて、本読むくらいしかできることがなかったからなんだけどな、歴史上の王制とか貴族制度については妙に詳しいわけよ。
で、この坂下ヒメはな、大嫌いなんだよ、複数の妻を持つ男がな。
簡単に言えば、ただそれだけで皇太子が嫌いなんだよなー、なあ坂下」
こよりはぷんぷんしながらも、一応回答した。
「よろしい、教えてあげましょう。
日本にも後宮制度はありました。確かに。
最後は大正天皇だったから、2023年マイナス1924年で、ほんの100年前まであったわよね。
主な理由は正当な血を必ず残すため。あとは権力の分散かしら?」
「でも、血を残すためなら、色々なやり方があるでしょ? 一番確実なのは、女性王族に子を産んでもらって、後継ぎは王の姉なり、妹なりの子から選ぶことよ。絶対確実!
もっとも、現代になってわかったように、Y遺伝子を継ぐ、つまり始祖のYを必ず残すという意味ではやむないことともいえるけど、この概念がない時代、どこかでYが失われている可能性は非常に高いわけよ」
「え?」
「おーい、坂下ー、ジュリにはわからんぞー」
「そっかー、遺伝子とか知らないもんねぇ」
「うんじゃ、こういうのでいこうね。
男子には、無精子症ってのがあるの。これは簡単だから。
幼少時に高熱を発すると、時として精子の数が足りなかったり、受精に足るだけの精子が作れなかったりして、妊娠させることができない症状ってのがあるの。別にその人の人格とは関係ないのよ? 単なる後遺症、気の毒よね。
これが皇太子に起こると、何人の妃を迎えても絶対に後継ぎはできない。でも、それを理由に皇太子を交代させられない、普通は女性が悪いことになる。王になってからも更に妃を迎えて子ができるように努力していただくわけ」
「実例はたくさんあるから、普通は王政には必ず公爵家があって、王家に子ができないときは公爵家から後継ぎが出るでしょ?
で、結局どうなるかというと、貴族が真似をするし、そういう道徳律、つまり後継ぎが必須、そのために複数の妻を持つことが許される、という考え方が「王家がそうだから」という理由で許される。王への批判が許されない以上、やむないことだよね。
子ができない場合限定だったはずの妾妃制度や複数妃制度は、あっという間に前提条件が崩壊よね。正妃に子がいる皇太子も、単なる欲望で愛人持ち放題、どうしてくれんの、バカじゃないの」
「まあまあ、坂下。キモチはわかる。単純にキモワルだ」
「そうよー、昨日違う女を抱いた男に、今日抱かれる妻の気持ちをどうしてくれるの! 人生を共にする妻だよ、仕事でやってるわけじゃないし!」
「うん、うん、もっともだ。坂下は正しい、ドウドウ」
「な、ジュリ、こういう訳だ。
坂下に皇太子なんか会わせてみろ。存在自体が嫌悪の対象だからなぁ、そいつが本当はどういう奴なのか問題じゃないんだよ。
皇太子というだけで嫌なんだ。別にここの皇太子じゃなくても、とにかくすべての皇太子という存在自体、いや、なんての? 正確に言うと、その地位自体が嫌なんだよ、な、坂下?」
「まあ、そゆこと」
「おまえ、よくミリカンジャの王太子我慢したねぇ」
「あ、それイケた。皇太子じゃなかったから」
「ああー? 王太子ならいいのか!」
「うん、そうみたい」
「おまえねぇ、あれだけ力いっぱい批判してて、結論がいい加減すぎね? ワガママか?」
「だーってぇ、嫌いなのが、ダイアナの婿と、エリザベートの婿と、マリーの婿なんだもん、仕方ないじゃんねぇ」
「そうかぁ、全員皇太子か、確かになぁ。
先に嫌いな奴を集めておいて、それから主張を組み立てたんだなぁ、アリアリか? なまじはっきりしていたばっかりに、なんか意味がありそうな気がしてたオレがバカだったよ。
要は、皇太子でも後宮やら愛人やら持ってなきゃいいんだよな、本来は。そこに逆矢印がはいったわけだ。
坂下、おまえ中学の関数からやり直しだ。イコールってのは、左右の集合が同じってことだ。
おまえの理論だと、皇太子で後宮を持っていない奴を嫌う理由がわかんないじゃないか、十束ひとからげってのはお前の論理構成のことだ」
レンががっくりとうなだれた。
これでなんとかこよりが侍女を断った理由が公女自身とは関係ないというところだけはわかってもらえたということになった。
気を取り直して、話を進める。
「ま、つーわけで、坂下はミリカンジャで妹と一緒に頑張ってるわけだ。
で、おまえはどうする、公女ジュラルディン」
「ん?」
「ああ、坂下よ、説明してなかったなぁ、こいつはな、まだ決められねぇんだよ」
「皇太子妃になるかどうか?」
「ああ」
「悪いけどさ、鷺洲くん、説明よろしく。来る前の話し合いからスタートして、今日までで」
「だな。長いぞ」
「いいよ、でも、師匠のチームが来るまで待てる?
たぶん協力してもらうことになるから。話長そうだし、1回で済ませたいよ」
「わかった」




